「スタートアップ」や「ベンチャー投資」の世界トレンドを知る上で、シリコンバレーやニューヨークなど米国の動向は外せない。

一方、今後は欧州における動きも米国と並び世界に大きな影響を及ぼすものとなってくる公算が大きく、無視できない。

現在欧州では、国を挙げたスタートアップ育成イニシアチブが立ち上がり、それに呼応する形で大量のベンチャー投資資金が流れ込んできているのだ。

欧米主要メディアもその動きをこぞって報じており、関心が関心を呼ぶ状況となっている。

2021年半年で昨年超えのベンチャー投資

スタートアップ情報サービスDealroomのデータによると、2021年上半期の欧州におけるベンチャー投資額は、490億ユーロ(約6兆3510億円)だった

この数字を様々な角度から比較すると欧州ベンチャー投資の活況ぶりが浮き彫りとなる。

まず、欧州域内の前年同期比。2020年上半期、欧州のベンチャー投資額は170億ユーロ(約2兆2000億円)だった。今期の490億ユーロと比較すると約2.9倍という驚異的な差となる。パンデミックの影響で、2020年上半期のベンチャー投資額は前年比でマイナス成長を記録していた。

また、2020年通年のベンチャー投資額と比較しても、490億ユーロという数字の驚異度が明確となる。昨年通年のベンチャー投資額は、385億ユーロ(約4兆9900億円)。つまり、2021年は上半期だけで、2020年1年分の投資額を上回った計算となるのだ。

世界のベンチャー投資と比較しても、欧州の活況ぶりを知ることができる。

2021年上半期の世界全体のベンチャー投資額は、2640億ユーロ(34兆2179億円)、前年同期の1140億ユーロ(約14兆7759億円)と比較すると、約2.3倍の伸びとなる。欧州での伸びはこれを上回る2.9倍だ。

2021年欧州の中でも、特にベンチャー投資が活発だったのは、英国、フランス、ドイツ、スウェーデン、オランダ。これらの国々のスタートアップは、同期比で過去のどの時期よりも、多くの資金を調達したという。また、投資額は上半期だけで通年の水準を超え、史上最多となった。

全体的には、スタートアップ1社あたりの調達額が増えており、評価額も上昇傾向にあり、評価額10億ドル(約1100億円)以上のユニコーン企業も増加している。

Dealroomのデータによると、ユニコーン企業が拠点を置く都市の数は、世界中に170カ所存在する。地域別に見ると、最多は欧州で65都市。これに米国42都市、アジア23都市、中国23都市と続く。欧州では、ユニコーン企業が誕生するエコシステムが一極集中するのではなく、広く拡散していることを示す数字だ。

希少性薄れたユニコーンからデカコーンへ

現在、世界中にユニコーン企業は約1600社ほどある。最多は米国で853社、次いで中国の280社となっている。これに欧州が268社で猛追している状況だ。

その希少性から、ユニコーンという名が付けられたが、ユニコーン企業は上記の通り世界中に1600社以上あるのが現状。希少性はすでになくなったといってもよいだろう。

そんな中、ユニコーンに取って代わるキーワードとなっているのが「Decacorn(デカコーン)」だ。評価額100億ドル(1兆1000億円)以上のスタートアップのことを指す言葉だ。

このデカコーンという視点で世界のベンチャー動向を見ると、興味深い状況が見えてくる。デカコーン数世界最多は米国で134社。これに37社の欧州が続くのだ。中国は36社と欧州の後塵を拝する状況となっている。

欧州デカコーン企業の1つは、スウェーデンのフィンテック企業Klarnaだ。2021年6月には、ソフトバンクなどから6億3900万ドルを調達、評価額は456億ドル(約5兆390億円)に達したと報じられている

GAFAMへの対抗意識鮮明、欧州の10兆円企業構想

中国当局による地元テック企業の締付けなどで株価暴落が続き、いわゆる「チャイナ・リスク」が顕在化する中で、欧州ではデカコーン企業の創出を狙った取り組みが加速しており、テック企業の勢力図は大きく塗り替えられる可能性も見えてきた。

欧州での注目すべき取り組みの1つがフランス政府主導で2020年12月に開始された「Scale-up Europe」イニシアチブだ。域内のスタートアップ/ベンチャー投資環境を改善するために、起業家・投資家・政治家などによる投資・人材・テクノロジーの議論や提言などが行われている

この取り組みの目標は、2030年までに評価額/時価総額1000億ドル(約11兆円)を超える欧州テック企業を10社誕生させるという大胆なもの。GAFAMを意識したものであるのは明らかだろう。

中国関連株への不信によって、今世界のマネーの流れは大きく変わりつつある。欧州からGAFAMに並ぶ巨大テック企業は誕生するのか、今後の動きに注目していきたい。

文:細谷元(Livit