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ASMR以降の音声トレンド
YouTubeをきっかけに広く知られるようになった「ASMR」。IKEAがASMRコンテンツを公開し、300万回以上再生されるなど、これまで様々な試みがなされてきた。
ASMRを含め「音声」の可能性に対する関心は、パンデミックをきっかけにさらに高まっているような印象だ。
そんな中、2021年以降の音声トレンドの1つとして注目されているのが「Spatial Audio(空間オーディオ)」と呼ばれる分野だ。音響技術の進歩とともに、立体的に音を再現することが容易になってきており、生活の様々な側面に活用され始めている。
たとえば、アップルは2021年5月にアップル・ミュージックサブスクリプションで、Dolby Atmosによるロスレスストリーミングと空間オーディオを導入することを発表。Dolby Atmosとは、立体的に音を記録する方式のこと。アップルミュージックでは、この方式で記録された音源をAirPodsやBeatsヘッドホンで立体的に聴くことが可能になる。
コロナ禍で関心増加した「自然音」
この空間オーディオ技術の進化と普及は、他の研究領域の成果と相まって、今後一層加速することが見込まれる。
その1つが「自然音」や「サウンドスケープ」の領域だ。
多くの人々がメンタルヘルスの悪化を経験したコロナ禍、YouTubeの自然音やサウンドスケープコンテンツに癒やしを求める人が急増した。
YouTubeが昨年発表したコロナ禍の視聴トレンドレポートでは、ヨガや瞑想と並び「Nature Sounds(自然音)」動画の人気が高まったことが示されている。
この自然音/サウンドスケープに関しては、ストレス解消などメンタルヘルス改善に役立つことを示す最新研究が発表されており、そうした科学的知見をもとにした新しい取り組みも増えている。
自然音が持つヒーリング効果に関する最新研究
自然音/サウンドスケープは、人間にどのような影響を与えるのか、最新研究の成果を見てみたい。
学術誌・米国科学アカデミー紀要で2021年4月6日に掲載された論文「A synthesis of health benefits of natural sounds and their distribution in national parks」では、米国の68の国立公園の251カ所で録音された自然音を使用し、 それが人にどのような効果をもたらすのかを分析した。
この論文に携わった研究者の1人、カナダ・カールトン大学のレイチェル・バクストン氏はUSニュースで、自然音を聴くことで、ストレスや痛みの軽減のほか、気分の高揚や認知能力の向上も見込めることが分かったと語っている。
同論文では、自然音の中でも要素ごとに効果が異なることも分かった。たとえば、小鳥のさえずりはストレス軽減で最も効果があったという。せせらぎなどの水の音は、気分を高揚させたり、メンタルヘルスの向上に影響するとのことだ。
2019年に発表されたカナダ・リジャイナ大学の研究でも、自然の効果に関して同様の効果が報告されている。
この論文は、特に自然に触れる時間の長さとポジティブな感情の相関を分析したものだ。分析の結果、人間は5分だけでも自然の中に身を置くことで、前向きな感情が高まる傾向があることが判明した。
病院が自然を体感できる空間オーディオルームを開設、患者・家族・医療従事者のメンタルケアを実施
自然や自然音が人間にポジティブな影響を与えることが科学的に証明されつつある中、その効果を最新の空間オーディオ技術で増幅させ、価値を生み出そうとするスタートアップが存在する。
米カリフォルニア・エメリービルを拠点とするスタートアップSpatialだ。
Spatialは、カリフォルニアの医療機関Henry Mayo Newhall Hospitalとカリフォルニア芸術大学と提携し、この医療機関の中で、患者やその家族、そして医療従事者向けの「自然音癒やし空間ルーム」をつくり、その効果を分析しているのだ。
この取り組みでは、2種類の自然音癒やし空間ルームが用意されている。
1つは「Tranquility Room(静寂ルーム)」。特に、末期患者の家族のメンタルケアを目的とする部屋だ。もう1つは、医療従事者向けの「Resilience Room(回復ルーム)。患者が亡くなったときの医療従事者のメンタルケアを目的としている。
Spatialは同社の空間オーディオ技術と映像を使い、それぞれの部屋に自然空間を再現し、あたかも利用者が自然の中にいるような感覚をつくりだす。これによって、辛い経験や感情を緩和できるという。
Henry Mayo Newhall Hospitalでは、これらの空間オーディオルームを作る前、同病院の500室にスマートTVを導入し、病室で患者が山や海を擬似体験できる取り組みを行ったところ、患者から非常にポジティブな反響があり、本格的な空間オーディオルームをつくる運びとなった。
現在、ビジネス界隈では、クリーンテックやブルーカーボン、カーボンクレジットなど、地球環境や自然の保全・再生を目的とする取り組みが急ピッチで増加し、SDGsやESGへの認知も高まっている。自然音をブランディングに取り入れ、人々を魅了しようと考える企業が出てきても不思議ではない状況だ。
空間オーディオ技術の進化、そして自然や自然音が持つメリットに対する認知の広がりで、企業ブランディングや消費者行動はどのように変化していくのか、非常に興味深いところだ。
[文] 細谷元(Livit)