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独自のソリューションでスピーディーな成長を目指すスタートアップと、大きな社会的責任のもとで変革を遂げようとする大企業。双方がリソースを必要としている一方で、スムーズなマッチングが実現しないことは、日本社会においてイノベーションが遅れる大きな原因となっている。
両者の協業における問題を解消するため、“グローバル”かつ“意外”なテックカンパニーが支援を進めているのをご存じだろうか。世界でも最大級のネットワークを持つ、マイクロソフトである。
そのマイクロソフトが行うスタートアップ支援プログラム「Microsoft for Startups」は、テクノロジーにとどまらず、スタートアップのビジネス全般をサポートするものだ。Azure 無償利用枠の提供などを実施しているほか、多くのスタートアップ支援が用意されている。そこには大手企業、スタートアップ、マイクロソフトの3社協業によって、あらゆる業界の変革を目指すという壮大な構想があるようだ。
Microsoft for Startupsとはいったい何か。実際にどのようなスタートアップが活用し、大手企業との協業を実現しているのか。その実態に迫るべく、物流領域にフォーカスしたオンラインセミナー「マイクロソフト×スタートアップ 〜大企業・スタートアップ・マイクロソフトの3社協業の実態とは〜」を取材した。
なぜ、マイクロソフトがスタートアップを支援するのか
スタートアップ企業と大企業の協業が難しいとされる大きな理由の一つが、接点を作る機会の少なさだ。スタートアップ企業からすると、1から大企業との関係性を構築していくことはハードルが高く、大企業からすると無数にあるスタートアップ企業のなかからどの企業と関係性をつくればいいのか判断に困る、というのがその要因だろう。しかし、目まぐるしく変化する社会課題への対応を迫られる大企業にとって、技術革新によるソリューション獲得は不可欠な要素だ。外部リソース、とりわけ新たなテクノロジーの開発に挑むスタートアップ企業とのパートナーシップは、競争力を高める上でも重要視されている。
こういった課題を解消するための支援を進めているのが、マイクロソフトだ。あらゆる企業の技術インフラともいえるマイクロソフトは、その接点から各業界の課題を集約し、世界中に広がるネットワークと高度なテクノロジーによってソリューションを提供している。
ここでまず、マイクロソフトが業界の中でどのようなポジションを築いているのか。イベントのテーマである物流領域を例に見ていく。
物流業界では近年、新型コロナウイルスの影響によりサプライチェーンの強化が喫緊の課題となっている。加えて、ますます顕著となる人材不足、再配達に代表される効率性の問題、ワクチン運搬などでカギとなる輸送品質管理など、ニュースの見出しを飾るような課題が山積みだ。
これらは物流のみならず、製造業や小売業にも影響するが、「マイクロソフトも他人事ではない」と、日本マイクロソフト株式会社のMaaS & Smart Infrastructureソリューション本部で専任部長を務める清水 宏之氏はいう。
清水氏「SurfaceやHoloLensなど、多くの端末を世界中で生産、流通、販売するマイクロソフトは、サプライチェーンを自ら開拓してきました。そうした経緯から、物流領域の課題は自分事として捉え、グローバルな知見とデータを集約して、物流業界の改革に取り組んでいます」
なかでも重要度が高まっているのが、機械学習や予測分析の領域だ。アフターコロナにおける物流は、DXが一気に加速し、データ分析から自動化、プラットフォームソリューションにおける、最新テクノロジーの理解と活用が必須となる。受発注、在庫管理、運送車両、交通情報といったさまざまなデータを連携し、物流インフラを最適化する「インテリジェント・ロジスティクス」の実現がカギだと、清水氏は考える。
清水氏「インテリジェント・ロジスティクスが提供するソリューションは、Azureによるデジタルサプライチェーンの基盤構築、ビジネスにおけるエンドツーエンドの接続と自動化・視覚化、ビッグデータ・機械学習・IoTを活用したサプライチェーン管理の事後対応型から予測型への移行など、多岐に渡ります。テクノロジー領域の課題について、物流事業者をはじめとした顧客企業と対話を進め、ビジネスの最適解を導き出すのが、私たちの立ち位置です」
では、その協業体制の中で、スタートアップ企業はどのような役回りをするのだろうか。
清水氏「マイクロソフトが手がけるのは、クラウドサービスという要素技術です。それをプロダクトとして仕上げ、顧客企業のもとに届けるためには、さまざまなパートナー企業の協力が必要になります。現在、『コモンデータモデル戦略』という取り組みを進めていますが、これはビジネスで使用されるための共有データフォーマット。われわれの持つPower Platformのような開発基盤、DynamicsやOffice365といったプロダクトに、あらゆる企業のプロダクトをデータ連携させて構築する、共通のモデルです。これにより、製造、物流、小売の各事業者のデータを連携させ、サプライチェーンを強化するようなことが可能になります。このパートナーシップで重要な位置を占めるのがスタートアップ企業です」
コモンデータモデルという壮大な戦略を共有し、グローバルネットワークの力で業界を変えていく。こうしたマイクロソフトのパートナーシップの中で、スタートアップ企業への期待値が高まっているようだ。
大手企業とスタートアップ、マイクロソフトの協業体制
次に、スタートアップ企業側はマイクロソフトとつながることで、どのようなメリットを得られるのか、協業の仕組みとともに見ていきたい。
「Microsoft for Startups」は革新的なテクニカルソリューションを持つBtoBスタートアップを対象とし、140カ国以上で展開されている。加入したスタートアップ企業は、Azureなど創業〜成長期に必要となるインフラのバックアップ、大企業への販売支援などの事業サポートを受けられる。
ただし「マイクロソフト傘下に入るための条件」のようなものではなく、協業するスタートアップ企業の成長を促進させる仕組みに近い。マイクロソフトは他にもさまざまな方法でスタートアップを支援しているが、こうした未来を見据えた連携によってパートナーの門戸を開いている。
清水氏は、マイクロソフトのパートナー協業には、スタートアップをサポートできる3つのポイントがあると話す。
清水氏「1つ目はテクノロジーです。マイクロソフトが持つあらゆるテクノロジー、国内外の技術エンジニアのノウハウは、パートナーがリソースとして活用できます。
2つ目が、営業・マーケティング領域。スタートアップ企業の皆さんが、マイクロソフトの営業・マーケティング担当とともに活動することで、KPIを共有しながら大企業の課題解決に取り組むことができます。
3つ目が、インダストリーのエキスパートです。日本マイクロソフトには、あらゆる業界の大手企業にソリューションを長期間提供し、リレーションを構築してきた“インサイダーとしての深い知見”を持つ人材が多数在籍しています。スタートアップ企業が大企業にアプローチする際、こうした人材が各業界の課題解決について助言をするなど、強いバックアップを提供できます。また、『Industry Prioritized Scenario』というグローバルで定義された業界のアプローチ用のシナリオも活用していただけるので、顧客企業へのより精緻な提案が可能になるでしょう」
実際の現場では、3つのポイントが関連し合う形で、スタートアップとマイクロソフトが顧客企業と共にビジネスを進めていくようだ。物流業界の場合、スタートアップ企業の技術が事業者へダイレクトに提供されることが多いが、コンサルティングを通じて協業が進むケースもあるという。
清水氏「マイクロソフトはコンサルティング機能も備えているため、例えば、顧客企業の課題を一つ一つヒアリングしたり、全社的なDXを支援したりすることもあります。そうした流れの中で、パートナー企業のプロダクトを活用し、課題解決に取り組むケースは多くあります。スタートアップ企業と顧客企業のマッチングは、積極的に進めていきたいと考えています」
一方向的ではないパートナーエコシステムによって、大企業とスタートアップが接点をつくり、継続的に事業活動を展開していく。単なる技術支援にとどまらない、一連の事業サポートこそが、マイクロソフトのスタートアップ支援の特徴だといえよう。
スタートアップに求められているのは、業界のニーズに応える技術力
イベントでは、マイクロソフトと協業するスタートアップ2社が登壇した。
ラピュタロボティクス株式会社は、スタートアップ創出の拠点としても知られるスイス連邦工科大学チューリッヒから発したベンチャー企業。クラウドロボティクス・プラットフォーム「rapyuta.io」、協働型ピッキングアシスタントロボット「ラピュタAMR」など、多くのロボットソリューションによって物流業を支えている。ビジネス統括の森 亮氏は、Azureの利用からマイクロソフトとの協業が始まったと振り返る。
森氏「当社のクラウドロボティクス・プラットフォームは、クラウドとロボティクスを組み合わせ、クラウド側で重い演算処理やデータストレージを捌くことによって、ロボットが高性能でありつつ、安価になることを目指すものです。高度なクラウドコンピューティングが要となるわけですが、BtoB領域でビジネスを展開する上で、中立的にソリューションを提供し、テクニカルな専門性と海外マーケットとのつながりを持つマイクロソフトが、パートナーとして最もふさわしいと考えました」
スタートアップが事業展開する上で難題となる、大企業との信頼構築。森氏はこの点のバックアップを期待していたという。
森氏「マイクロソフトが持つ大企業とのコネクション、それにマイクロソフト自体の“信用度”に期待するところは非常に大きかったです。“マイクロソフトの紹介”となれば信用が付与された上で、そのネットワークから適切な提案先をマッチングしてもらえます。当時はPMF(プロダクトマーケットフィット)のために奔走していたのですが、大手との取引実績を一つ一つ積み上げられたことで、ビジネスを加速させることができました。現在は多くの顧客企業と直接コミュニケーションをしていますが、随所でマイクロソフトさんが援護してくれています」
もう一人の登壇者は、Telexistence株式会社の代表取締役CEO・ 富岡 仁氏。遠隔操作の多関節ロボットをハードウェアとして開発する同社は、多関節ロボットを工場の外で使う際に障壁となるハードウェアの構造や軌道計画作成時のティーチングの改良に挑んでいる。2020年には小売業界におけるAugmented Workforce Platform(拡張労働基盤)の構築を可能にするロボット「Model-T」を開発し、商品陳列業務の遠隔化・自動化を前進させた。
富岡氏「マイクロソフトさんは、機械学習領域でロボットの軌道計画における研究を進めていて、以前から協力してもらえないかと考えていました。また、クラウド領域の技術基盤、グローバルな大企業と組むことによる自社の企業価値の向上にも関心があり、協業に至りました」
ディープラーニング領域でロボットのビヘイビアにアプローチするエンジニアは、日本においては希少な存在だ。人材獲得という点では、マイクロソフトとTelexistenceは競合関係にある。そうした中で、BtoBビジネスの流通・営業というフィールドで協業しつつ、技術面での連携を進めようとしたのが富岡氏の考えであった。
富岡氏「実際に協業をしてみると、映像伝送にかかるコーデックをどのように高速で処理するか、その構造をAzure上でどのように実現するかなど、多くのシーンでアドバイスをもらいました。海外を含む優秀なエンジニアチームの知見にアクセスできたのは大きかったです。一方で事業サポートも手厚く、物流の事業者を紹介していただき、ヒアリングの際には物流業界に知見のあるマイクロソフトのメンバーに同席してもらうこともありました」
両社に共通するのは、テックカンパニーであるとともにセールスカンパニーでもあるマイクロソフトから、自社に不足しているリソースを提供してもらうことでシナジーを生み出していったことだ。では、マイクロソフト側から見た場合、どのようなスタートアップ企業をパートナーとしていきたいのだろうか。
清水氏「私たちの手がけるクラウドサービスはあくまで要素技術。これをプロダクトとして顧客企業に提案できるスタートアップを重要視しています。ロボットのような市場側のニーズやトレンドに応えるプロダクトを開発している企業は1つの分かりやすい例ですが、既存ソリューションではカバーできない領域に対し深く踏み込んで解決を目指されているスタートアップとは是非協業させていただきたいですね。“個”としてのソリューションもですが、マイクロソフトが有する多くのパートナー企業のソリューションとも組み合わせることで“面”としてより深く顧客企業の課題の解決に繋げていけると考えております。」
成長を加速させる最強のパートナー「Microsoft for Startups」
大企業との協業における、強い味方となるマイクロソフト。スタートアップ支援の一つである「Microsoft for Startups」の魅力は、Azureの無料クレジット提供にとどまらないことがわかった。技術サポートにおいては、実務をスムーズに行うためのテクニカルな支援が用意され、事業サポートでは、さまざまな業界の大企業との連携においてバックアップを受けられる。今回のイベントのテーマとなった物流はその一例に過ぎず、多くの業界においてサポートを実施している。
テクノロジー系のスタートアップにおいて、クラウドサービスは欠かせない存在だ。世界中で導入されるAzureは選択肢の一つであるが、技術基盤としての性能だけでなく、幅広い事業支援までを視野に入れると、その汎用性の高さに気づかされる。
今後、マイクロソフトのパートナーシップによってどのようなイノベーションが生まれていくのか。新時代のスタートアップに注目したい。
文:相澤 優太