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最悪水準、米国の人材不足問題
この10年、世界各地でデジタル化が進み「スキルギャップ」や「人材不足」問題が多くの国々で顕在化してきた。
これらの問題は、パンデミックによるデジタル化の進展によってさらに悪化しているようだ。
人材サービス企業マンパワーグループが2020年2月に発表したレポートによると、米国労働市場では人材不足がこの10年で最悪の水準に達していることが明らかになった。
米国企業2000社に聞き取りを行ったところ、人材不足が課題と答えた企業の割合は69%と10年前の19%から3倍以上に膨れ上がっていることが分かったのだ。2014~18年まで40%前後で推移していたが、2019年69%に跳ね上がった格好だ。
また、この数字はパンデミック前のものであり、リモートワークによるデジタル化の浸透で2021年はさらに深刻化している可能性が考えられる。
同調査は、どのようなスキルセットを持った人材の確保が難しくなっているのかもあぶり出している。
確保が難しい人材として挙げられているのは、電気工事士など専門技術者、サイバーセキュリティなどのIT人材、営業・マーケティング人材、エンジニア、会計・ファイナンスなど。
人材を確保できないということは、モノやサービスの需要はあるが供給できないということであり、機会損失は大きくなる一方だ。
デロイトと米製造業団体the Manufacturing Instituteによる2018年のレポートは、米国だけで人材不足による経済損失額は2028年単年で4540億ドル(約50兆円)に上り、2018〜28年の10年間の累計損失額は2.5兆ドルに達する可能性があると警告している。
一方、米コンサルティング企業コーン・フェリーの推計では、グローバルでの人材不足による経済損失額は、2030年には単年で8.5兆ドル(約930兆円)に上る可能性もあるという。
ディズニー社やウォルマート社も導入する社員のリスキルプラットフォーム
スキルギャップ問題は多くの企業で認知されており、対策が取られてこなかった訳ではないようだが、問題解決の決定打が打ち出せていない。
そんな中、スキルギャップ・人材不足問題の切り札になるのではないかと目されるサービスが米国で登場し、関心を集めている。
それが社会人向けの学習・リスキルプラットフォーム「Guild Education」だ。
リモートで資格や学位が取れるいわゆるオンライン学習プラットフォームだが、企業との連携やビジネスモデルでの差別化が奏功し、現在ディズニーやウォルマートなどの大手顧客を多数抱える注目株となっている。
クランチベースによると、Guild Educationの創業は2015年で、これまでの累計調達額は3億7850万ドル(約414億円)。
CNBCによると、Guild Educationはこのほど1億5000万ドルを調達し、企業評価額は前回の10億ドル(約1100億円)から37億5000万ドル(約4100億円)と4倍近く跳ね上がった。現在、大手企業の社員300万〜400万人が同プラットフォームを利用しているという。
Guild Educationのビジネスモデル
Guild Educationのビジネスはどのような仕組みになっているのか。
Guild Educationは大学などの教育機関と提携し、同プラットフォームで学習コンテンツの販売を行う。一方、企業はGuild Educationと提携、その企業の社員がリスキル・アップスキル学習を行う仕組みだ。
企業や社員から教育機関に支払われる学費の数割がGuild Educationの取り分となる。教育機関にとっては、広告費抑制効果が期待できるようだ。
Guild Educationのユニークな点の1つは、同プラットフォームで学習する社員に対し企業がその学費の大半をカバーするというところにある。同プラットフォームでは、専門資格から修士学位まで様々なプログラムが用意されており、学費はおよそ年間5000〜8000ドル。
たとえば、米国のレストランチェーンChipotleの社員は、ベルビュー大学の学士号コースを受講することができるが、Chipotleはその学費のうち、5250ドルを支援。一方、社員は米連邦政府が提供する学習支援金を活用することも可能という。
企業が社員のリスキル学習を支援するメリット
リスキル・アップスキルに関して、他にも多数のオンライン学習プラットフォームが存在するが、企業がここまで手厚い支援を行うケースは少ないのではないだろうか。
なぜ企業は多大なコストをかけ、社員のリスキル・アップスキルを支援するのか。その理由は、コスト以上のリターンが見込めるからにほかならない。
上記Chipotleでは、社員のほとんどにGuild Educationでの学習を推奨している。なぜなら、Guild Educationで学習する社員の定着率と企業への寄与率は高くなる傾向があるからだ。
Chipotleのレイチェル・カールソンCEOがCNBCに語ったところでは、Guild Educationで学習する社員の定着率はそうではない社員に比べ3.5倍高く、マネジメント職に昇進する社員の数に至っては7.5倍の差が生まれたという。
社員定着率の高さは、仕事での満足度が高いことを示唆するものでもある。
ハーバード・ビジネス・レビュー2016年3月に掲載された論文によると、社員の満足度が高い企業の株式パフォーマンスは、そうではない企業に比べ年間2.3〜3.8%高くなる傾向があり、それは20〜30年ほどのスパンで見ると89〜184%の差になるという。
冒頭でも触れたが、米国の人材不足問題はこの10年で最悪の水準だ。しかしIMFの予測によると、2021年米国の実質GDP成長率は5.1%(日本は3.1%)になる見込み。米国は人材不足問題を抱えつつも、経済成長を実現できる力があるということを示している。
もし、Guild Educationなどの活用と米国人材のリスキル・アップスキルが進み、人材不足問題が緩和されるとすると、米国と日本の経済格差は一層拡大することになるのかもしれない。
文:細谷元(Livit)