ポスト・サステナブルの世界

SDGsの認知拡大にともない、以前は国連やNGO界隈でしか使われていなかった「サステナビリティ」という言葉が広く一般にも知られるようになった。

サステナビリティとは、持続可能性を意味する言葉。SDGsの文脈では、主に自然環境の持続可能性という意味合いで用いられている。

しかし、環境破壊が加速する昨今、このサステナビリティという考えだけでは、問題の悪化を食い止めることができず、持続可能性の達成は難しいのではないかとの声が増えてきている。

そんな中、注目を集めているのが「リジェネレーション」や「ネットポジティブ」という考えだ。

サステナビリティや最近よく聞かれる「ネットゼロ」という言葉は、これまでのマイナスをゼロに戻すというもので、どちらかと言うと受け身的/守りの発想だ。

一方「リジェネレーション」や「ネットポジティブ」は、破壊された自然環境の再生に積極的に取り組み、価値を生み出そうという攻めの発想である。

「リジェネレーション」や「ネットポジティブ」は世界経済フォーラムなどの国際的な議題の場でもキーワードになることが増えており、今後サステナビリティに代わる言葉として、日本でも広がっていくことが見込まれる。

2030年に1100兆円の経済効果、リジェネレーションの可能性

「リジェネレーション」や「ネットポジティブ」に関心が集まる理由の1つは、その経済規模にある。

サステナブルという守りの姿勢ではなく、リジェネレーティブという攻めの姿勢で環境への取り組みを進めていく場合、その経済価値は10兆ドル(約1100兆円)に上り、4億人近い雇用が生まれるといわれているのだ。

世界経済フォーラムによるレポート「The Future of Nature and Business 2020」によると、「食料・土地・海洋」「インフラ」「エネルギー・採取産業」の3分野でリジェネレーティブ・シフトした場合、2030年には年間の経済規模は10兆ドル以上となり、それによって3億9500万人の雇用が生まれるという。

経済規模の内訳は、「食料・土地・海洋」が3兆5650億ドル、「インフラ」が3兆150億ドル、「エネルギー・採取産業」が3兆5300億ドル。雇用数の内訳は、それぞれ1億9100万人、1億1700万人、8700万人となっている。

リジェネレーティブ・シフトは、生物多様性の保護という観点からも無視できない。

現在、森林破壊など気候変動の影響で生物多様性の損失が進んでいる。しかし、世界経済フォーラムによると、生物多様性の損失のうち、気候変動の影響によるものの割合は11〜16%。残りの85%は他の要因によって損失している。特に、土地・海洋における無謀な食料計画によって、多くの土地と海洋で生物多様性が失われているという。

たとえば、肉などの動物関連の食品生産では、供給できるカロリーは全体の18%にとどまるものの、農地全体の80%が使われ、温室効果ガスの排出においては、食品関連の排出全体の58%を占めている。このような非効率でバランスの悪い状況によって、世界の食料・土地・海洋システムは、約12兆ドル(約1319兆円)の隠れコストを負っている。

5000万人の雇用を生むリジェネレーティブな海洋ファーミング

サスティナブルではなく「リジェネレーティブ」なビジネスとは具体的にどのようなものなのか。

GreenWaveの海洋ファーミングの取り組みがわかりやすい事例だ。

この取り組みは、海洋で海藻や貝類を育成し、それらを二酸化炭素の吸収、食料生産、護岸、肥料、飼料、バイオプラスチックの生産などに役立てようというもの。

GreenWaveは、海藻・貝類の育成で得られる5つのベネフィットを挙げている。

1つ目は、二酸化炭素と窒素の吸収だ。

カリフォルニア大学サンタバーバラ校の研究によると、カリフォルニア沖の領海3.8%の面積で海藻・貝類を育成した場合、カリフォルニア州の農業部門が排出するのと同じ量の二酸化炭素を吸収することができる。また、世界銀行の推計によると、米国の領海5%の面積で海藻を育成した場合、1000万トンの窒素、1億3500万トンの二酸化炭素を吸収できるという。

ベネフィットの2つ目は、雇用創出効果だ。

世界銀行の推計によると、世界の海の0.1%の面積で海洋ファーミングを行った場合、5000万人の雇用を創出することが可能だ。20エーカー(約8万平方メートル)の面積で海洋ファーミングを行うと、海藻9万トン、貝類9万トンを生産することができ、その価値は10万ドル(約1100万円)に相当する。

ベネフィットの3つ目は、海洋の水質改善。

たとえば、牡蠣は水を浄化する能力があり、海藻は海中の酸化濃度を下げる働きをする。1匹の牡蠣は1日あたり約190リットルの水を浄化する能力を持っている

ベネフィットの4つ目は、陸上の温室効果ガスの削減効果だ。

現在、世界中で約15億頭の牛が飼育されているが、その牛が放出するメタンガスは温室効果ガスとして問題視されている。しかし、海藻を飼料に混ぜた場合、牛が排出するメタンガスを60%、羊が排出するメタンガスを80%も削減できるとの試算がある。

ベネフィットの5つ目として、プラスチックを含めた様々なモノへの海藻の応用が挙げられている。

海藻を原料として、ストローや紙、バイオプラスチックパッケージを生産することは技術的に可能で、すでにNotplaやOceaniumといったスタートアップも登場、プラスチック削減を謳う大手ブランドによる注目度も高まっている。

「サステナビリティ」から「リジェネレーション」へ、世界の動きは日本にどう波及していくのか、今後の動向に注目したい。

文:細谷元(Livit