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デザインを通じて暮らしや社会をよりよくしていくために、総合的なデザイン評価・推奨の仕組みとして、1957年に創設されたグッドデザイン賞。
多種多様な受賞作のなかでも、特に近年、ビジネスをはじめとして、社会に存在する課題をデザインで解決しようとする取り組みに注目が集まっている。この連載では、日本、そして世界が抱える課題の解決に貢献しているグッドデザイン賞受賞作と、それに関わる人々を取り上げ、どんな人が、どのようにして社会を「グッド」にするデザインを生み出したのかを紹介していく。
今回紹介する「MIENNE(ミエンヌ)」は、学校で着る制服や体操服の「白シャツの透け」という誰もが経験したことのあるセンシティブな課題に対して、新しい生地を開発し、防透け性を高めることで解決したシャツシリーズ。
課題解決への優れた提案性と高い技術力が審査委員からの評価を集め、2020年度グッドデザイン賞の特別賞であるグッドフォーカス賞[地域・伝承デザイン]を受賞した。
このMIENNEの開発に携わったのが、菅公学生服株式会社 カンコー学生工学研究所の山田彩加さん。体操服の開発をメインに行うスポーツ開発課に所属し、商品のディレクションを担当する山田さんに、プロジェクト開始の裏側にあった問題意識から、制服・体操服への想い、そして在籍している研究所の掲げる「多様性のある制服づくり」というテーマについて伺った。
- 菅公学生服株式会社 山田彩加氏
- 学生工学研究所(スポーツ開発課)所属。今回の受賞作である「MIENNE」や高級感を追求した同社の体操服ブランド「KANKO PREMIUM」の開発担当者として、学校現場のニーズに対応した商品開発に携わっている。
透けない、見せない、安心ウェア
ーMIENNEを一言でいうと、どんなものですか?
山田:「圧倒的な透けにくさをコンセプトにしたシャツシリーズ」です。元々は開発した素材をMIENNEと名付けたのですが、その素材を使った商品をMIENNEシリーズとして展開するようになりました。
最初は体操服の半袖・長袖シャツから始まって、今では制服用のポロシャツも含めて全部で10種類くらいのアイテムを販売しています。
ー「MIENNE」という名前は、特徴をわかりやすく表したネーミングですね。
山田:この名前を決めるために、まず社内で候補を広く募集しました。その後、チーム内での検討を重ねて「(下着が透けて)見えない」というコンセプトを、メインターゲットである女子中高生に合わせて親しみやすくアレンジして「MIENNE(ミエンヌ)」という名称を採用しました。
ー商品の開発は、どうやってスタートしたのでしょうか。
山田:そもそも、制服にしても体操服にしても、着用者と購入者と決定者がすべて違うという大きな特徴があります。一般的な商品であれば買った人と使う人は同じだと思うのですが、学校制服では、着るのは学生、買うのは保護者、この体操服にしようと決めるのは教員であることが一般的です。
そして、その3者のニーズを知るために調査を行った結果、「透け」という問題に着目して商品開発を行うことになりました。
ーいろいろな問題がある中で「透け」に着目したのは、どういう理由からですか。
山田:調査結果から、3者すべてに共通した悩みだとわかったことに加えて、個人的にも体育の時のシャツ下のインナーにはすごく気を使った経験がありましたし、当社の中でも常に課題として上がっていたので、今回「透け」対策という問題に取り組むことになりました。
山田:また、ヒアリングなどで分かったのは、女子学生が男性教員から指摘されて嫌な思いをしたという問題もあれば、逆に男性教員が女子学生に言いづらいという実態もあるということです。
ーこの商品が生まれて、みなさんの課題を解決できたという手応えがあったのではないでしょうか。
山田:そうですね。学生のみなさんにアンケートをしたところ、「白色のシャツでここまで透けないということにびっくりした」「インナーに気を使わなくてよくなった」などの喜びの声をいただいています。
制服の「透け」問題を解決するために
ー開発にあたって、苦労した点・工夫した点はどのあたりですか。
山田:透けを解決するもっとも簡単な方法としては、白ではなく濃色のシャツにすればいいというやり方があります。ただし基本的には、まだ「体操服のシャツといえば白色」という意見が大多数です。その中でどこまで透けにくい商品を提供できるかということを課題として捉え、素材メーカーと協力して新たな素材を開発しました。
具体的にいうと、MIENNEでは糸の中に酸化チタンを練り込ませています。
この方法自体は、糸の防透け性を高めるためのベーシックな手法なのですが、練り込む方法を工夫し、粒子を中心部に凝縮させることで、光の透過をより抑える効果のある糸になります。
山田:それから、密に編み込むことでも光の透過を抑えるようにしたのですが、あまりにも高密度に編んでしまうと通気性が悪くなったり、汚れが落ちにくくなってしまうというデメリットもあるので、そのバランスには苦労しました。
ー販売開始後の売り上げはどうでしたか。
山田:これまでの当社の商品では、一番よいスタートダッシュを切ることができた商品になりました。発売から4年ほど経つのですが、まだ継続的に新規の採用もいただいていて、売り上げ的にも好調をキープしています。
これほどMIENNEが求められているということは、それだけ多くの方々にとって「透け」は大きな問題だったのだと感じました。
―MIENNEをグッドデザイン賞に応募することは、どのように決まったのでしょうか。
山田:グッドデザイン賞という消費者の方に広く認知されている賞を取ることで、この商品自体のアピールにもつながりますし、今回はMIENNEがセンシティブな課題に対して取り組んでいることをどうやって評価してもらえるかがすごく楽しみだったので、応募しようということになりました。
ー最終的には、特別賞のグッドフォーカス賞[地域・伝承デザイン]に選ばれました。反響はどうでしたか。
山田:営業担当からは、グッドデザイン賞、さらに特別賞を受賞したことでお客様に安心を与えることができていて、商品に対する見る目が変わるので、販売活動の支えになっていると聞いています。
個人的にも、今年の春にMIENNEを採用してくださった学校のホームページで、グッドデザイン賞を受賞したシャツだと紹介してくれていたのを見て、本当に嬉しかったです。
ーMIENNEシリーズとして、今後の課題や目標などがあったら教えてください。
山田:採用校が増えれば増えるほど様々な意見を集められるので、それを改善に活用していきたいと思っています。実際に、今の透けなさをキープしながら、もう少し生地が薄く軽くならないかという声をいただいているので、それに合わせて新しい素材の開発をしているところです。
「自分らしく」という生き方を応援する
ーここからは、山田さんの所属しているカンコー学生工学研究所についてお伺いしたいと思います。学生を分析する「学生工学」という名前を掲げられていて、面白い取り組みだと感じたのですが、どのような問題意識からこの組織が生まれたのでしょうか。
山田:「学生にとって本当に価値あるもの」を創出するために立ち上げられた組織で、まず調査を行い、課題を抽出し、それに基づいて学生のみなさんに寄り添った商品開発をしています。制服と体操服の開発チームも、この研究所の中に組み込まれている形です。
―ウェブサイトを拝見すると「”かわいい“と制服の関係”」「日陰を着る体操服」「LGBTQについて考える」というようなさまざまなテーマの記事が上がっていますが、これは研究所のみなさんが作られているのですか。
山田:そうですね。我々メンバーが一人一担当して、持ち回りで記事を作っています。
ー取り上げる題材はどうやって決めているのでしょうか。
山田:もともと会社で研究していたり、知見を持っているテーマの場合もあれば、ウェブサイトで先行して発信をすることで、意見を集めるのに利用することもあります。自社だけの活動ではなく、大学や専門研究機関、一般企業とパートナーシップを結んで研究していることも多いので、意見は広くいただくようにしています。
ー研究所では、「国籍・障がい・アレルギー・体型・成長など多様な学生たちにとって快適な制服づくりを目指し、実践している」ということですが、やはり実際に学校の現場では、そういった問題意識を抱えているということなのでしょうか。
山田:最近は多いですね。教員の方からそれらの課題について何か取り組むことはできないか、とお声がけいただく状況はすごく増えています。
私たちは、学校生活の中で、例えば自認する性と違う特徴のある制服は着たくないとか、体型やアレルギーによってみんなと同じ制服が着られないということが問題にならないように、「自分らしく」という生き方を応援し、サポートするということが使命だと捉えて、解決に向けて取り組んでいるところです。
―今後取り組んでいきたいテーマはありますか。
山田:いま“ウェアラブル”に興味があって、制服や体操服に測定機器をつけて、学生の健康状態や位置情報をモニターすることを検討したりしています。例えば、運動中に心拍数を測ることで、数値を見て、早期に熱中症を発見するような使い方ができればと思っています。
ただ、体操服は3年間着るということが前提なので、別の価値を付加することで耐久性が損なわれると、今度は体操服としての価値が失われてしまいます。MIENNEの場合もそうなのですが、透けにくさに加えて、快適さを維持しながら、3年間の製品保形を担保する必要があります。その上で、価格もより抑えたものにすることに配慮しています。
ーーなるほど。みなさんはそのバランスを取るというところにすごく苦心されているということなんですね。
山田:そうですね。さまざまな面でバランスをとる必要があるというのが、一般のアパレルとの一番の違いかなと思います。
個性を持ちつつも、等しくいられる
―仕事をするうえで、新しいものを作るにあたって大事にしていることや心がけていることはありますか。
山田:どういう人がどういう場面で何のために使うものなのかということを真剣に考えて、商品開発を行っています。もちろん保護者や教員に配慮しなければいけないのは当然ですが、まずは着用する学生の方々の気持ちに寄り添った商品開発をしていきたいと思っています。
―最後に、今後の目標を聞かせてください。
山田:学校の中ではみんなが等しくいられる。その中で自分らしさを出せるためのものが制服そして、体操服だと思っています。
今後もこのような課題解決に貢献する新しい商品を開発して、またグッドデザイン賞を受賞できれば嬉しいです。
この記事はグッドデザイン賞事務局の公式noteからの寄稿記事になります。