企業におけるAIの導入が進む中、社内外の問い合わせ業務における「AIチャットボット」の活用が注目を集めている。カスタマーサポートやヘルプデスクがその代表例であるが、総務、人事、営業支援、販売促進、情報システムなど、チャットボットがカバーする業務内容は幅広い。チャットボットにAIを導入する試みは、オペレーターの人件費削減はもちろん、人材不足の解消や生産性向上、さらには顧客満足度の向上といった、企業のあらゆる課題解決にもつながる。
国内外でニーズが高まるAIチャットボットだが、実装の段階になると、導入に成功した企業は一握りにとどまっているのが現状だ。AIの回答が希望に一致しないことを体験した読者も多いのではないだろうか。品質の向上には、膨大なデータ収集とAIを学習させるための人員が必要となり、結果として業務効率の改善につながらないケースも多い。また、AI業界では希少となるエンジニアの獲得が障壁となるなど、課題は多く残されている。
これらを解決するため、高度な自然言語理解AIでソリューションを提供しているのが、Allganize Japan株式会社だ。同社を代表するプロダクトであるAIチャットボット「Alli」は、最小限の作業でFAQなどの自動応答を可能にし、日本、韓国、米国を中心に世界中で導入が進んでいる。
自然言語理解によるAIソリューションが実現する生産性最大化の向上や、『Microsoft for Startups』参画によって生まれるシナジーについて、代表取締役の佐藤康雄氏(以下、敬称略)に話を聞いた。
絵空事だったAI導入を、現実に落とし込む
――企業のAIの導入は現在、どこまで進展したでしょうか。
Allganize Japan 代表取締役 佐藤康雄氏
佐藤 ビジネスへのAI活用が本格化したのは2015〜17年頃でした。導入する企業から最も期待されていたのは、業務の効率化やリソースの最適化です。
しかし、いざ実装する段階になると、AIが思った以上に効果を発揮しないことが多かったんです。一方で、品質を向上しようとすると、導入や運用の負荷が高くなり、コストが上がってしまいます。それでは本末転倒で、商用AIの存在意義がなくなってしまう。こうした課題が、日本のみならず、アメリカや韓国でも生じていたのが、当時の業界シーンでした。
――Allganizeが立ち上がったのは、ちょうどその頃ですね。
佐藤 Allganizeの本社は米国にあり、私は日本支社の代表として、日本での事業展開を担っているのですが、現在の米国CEOとは以前立ち上げていた別の会社において、アプリケーション向けのグロースハックツールの事業に取り組んでいました。LTV計測や退会予測など、ユーザーの動向を分析しながらマーケティングを支援するといった事業で、当時から初歩的なAIも使用していました。2010年代前半の頃です。
この時代、スマートフォンが普及し、AIの学習に必要なデータ群が揃うようになりました。AIを事業の中核にする道が開けたことで、次なるステップとして自然言語理解をメインの商材にしようと、2017年に設立したのがAllganizeです。スタートからグローバル展開を念頭に動きたかったので、米国に本社を置きました。
立ち上げ間もないAllganizeが真正面から挑んだのが、商用AIの課題となっていたパフォーマンス向上やコスト削減です。導入や運用のプロセスを極限まで簡易にしつつ、コストも抑えられるソリューションを目指しました。AIによる自然言語理解を中心に一連の事業を展開し、最も商用で活用が進んでいるのがAIチャットボットの「Alli(アリィ)」です。
Alliの概要(Allganize資料より)
――現場では、AIチャットボットの導入にどのような障壁があったのでしょうか。
佐藤 テキストや音声を通じて会話を自動的に行うチャットボットは、AI以前からあった技術です。あらかじめプログラムされたシナリオをベースにした会話から始まったわけですが、現在はAIが入力された言語を自動で理解し、登録されている回答群から最適解を抽出することが可能な段階にまで到達しました。
しかしそれは、あくまで技術上の話。実際の現場では、想定していたパフォーマンスに至らず、精度を上げるためにはタグ付けや一つひとつ辞書登録のような作業を行い、AIをトレーニングする必要がありました。このプロセスを徹底的に省こうと、先端テクノロジーを駆使し開発したのがAlliです。
「いいね」感覚でAI学習を推進、ボタン一つで社内リソースを最適化
――Allganizeのソリューションは、どのように企業に貢献するのでしょうか。
佐藤 ここ数年、人口減少による労働力不足に悩む日本の企業にとって、AI導入によるリソースの最適化は、避けて通れない道になったと思います。
一方、自然言語処理で必要になるのは、AIの学習の素材となる膨大なデータです。それぞれの企業は、このデータを豊富に蓄積しています。しかし、それらを上手く活用できていなかったのが実情でした。
例えば、過去の事例に対する解決策のデータが蓄積されていても、検索結果が100件、200件と出てしまった場合、限られた時間の中で人がアクセスできるものではなくなります。冊子化された営業ツールなども同様で、それが何百ページもあると必要な情報にたどりつくことはむずかしいでしょう。
それに対し、当社のAIを導入した場合、ユーザーは目の前で起こっている問題に対し、自分の言葉を入力するだけで、最適解を瞬時に得られます。人間が考えるような質問を、AIが意味や意図を読み取って回答することがポイントで、例えば、「〇〇社に〇〇な提案をしたい」といった抽象的な質問を入力しても、過去の膨大なデータから近しい回答を得ることができます。
実際のAlli画面
他にも、「有給休暇の取得方法を教えて」と入力すると、「有給休暇の残日数を教えてほしい」など、いくつかの質問候補が出ますが、その中には「夏季休暇の取得方法を教えてほしい」といった「有給休暇」というキーワードが入っていないものも表示されます。つまり、AIが質問者の意図を予測し、自ら質問を提案しているわけです。このプログラムは、顧客対応だけでなく、人事、労務、販売促進など、あらゆる業務に対応できますし、業態も選びません。社内に溢れる膨大なマニュアルから、人間が解放されるのです。
――なぜそんなことが可能になるのでしょうか?
佐藤 Alliを例にとると、「自己教師学習」と「転移学習」などのコア技術があります。自己教師学習とは、これまでAIのトレーニングのために費やしていた膨大な情報を、少量化する技術です。簡単にいうと、基礎だけを教えれば、AIが自分で自問自答しながらどんどん学習し応用問題を解いていく仕組みですね。
もう一つの転移学習は、開発者がベースモデルを用意して、その上に利用者となる各企業のデータを重ねるような仕組みで、これによって初期段階からAI精度の向上を実現できます。
コールセンター業務で当社AIソリューションの導入を進めていた三井住友フィナンシャルグループさんが、実装前に行った検証があります。トレーニングをしていない、初期段階での正答率は、同社の既存のシステムが50.4%であったのに対し、Alliは76.0%を達成しました。さらに、トレーニングを行った後の正答率において、Alliは93.4%に到達しています。トレーニングにかかる工数自体も、既存システムに対して1/3の量に抑えられたとの報告がありました。
――実際にはどの程度、生産性を向上させられるのでしょうか。
佐藤 カスタマーサポートで月間約1万件の問い合わせがある企業で、約60%を自動応答に切り替えられたという報告がありました。ヘルプデスクで月間約1,000人の問い合わせがある企業では、約51%の自動応答化を実現しています。どちらも導入後4カ月の結果で、半分以上の人的コストが削減されている計算になります。
こうした事例から、「初期段階からパフォーマンスが高いこと」と「簡易に導入ができ、導入後の運用でも大幅にコストを削減しながら品質の改善ができること」の2点が、当社のソリューションの強みだといえます。
――品質改善のプロセスでは、導入企業にどのような作業が必要なのでしょうか。
佐藤 当社のサービスでは、導入企業のエンジニアが作業することは一切ありません。それぞれの担当部署の方が管理者になることが多いですが、専門的な知識も不要です。
では、どのようにパフォーマンスが向上するのかというと、AIの導き出した結果に対してユーザーと管理者が、SNSでいう「いいねボタン」を押すだけです。あとはAIが勝手に学んでいきます。
Alliのダッシュボード画面
このプロセスは、一つの質問に対してだけではなく、類似した意味の質問も合わせて学習するので、精度向上のスピードも高まります。管理者は、ユーザーに表示される画面を自身の管理画面に表示させることができるので、ユーザーと同じようにフィードバックをすることもできます。管理者の方が、ボタンひとつで、アナウンス前にテストをしたり、運用をしながらチューニングしたりできるわけです。
―生産性を向上させる以外にも、得られる価値はあるのでしょうか。
佐藤 問い合わせ内容をデジタル化できるのは大きいと思います。AIが対応できなかった内容もログとして残し、自動でFAQに反映するプログラムを搭載しているので、次の問い合わせでは対応できるようになります。こうした品質向上の流れは、スピード感含めデジタル化ならではといえます。
――Alliによって、どのような社会課題が解決されていくとお考えですか。
佐藤 コロナ禍でテレワークが進み、あらゆる社内業務がデジタル化されました。Microsoft Teamsをはじめとしたweb会議ツールなど、新しいシステムを導入すると、「どのように使うのか」という質問がどうしても急増してしまい、その回答に対するリソースが必要になります。こうした課題も、AIチャットボットがカバーすべき領域です。
現在Alliは、Microsoft Teamsほか、様々なプラットフォーム上に搭載できるようになっています。Alliがプロジェクトメンバーの一人として参加するようなシンプルな仕組みで、ヘルプデスクの役割を担うことができます。こうした取り組みを通じて、社会変化に伴うワークスタイルの変革をサポートしていきたいですね。
スタートアップ目線が生む、柔軟な対応力とサービスへの理解力
――マイクロソフトの『Microsoft for Startup』プログラムに参画された経緯を教えてください。
佐藤 大手金融機関さんが当社のAIソリューションの導入を検討されている際に、Azureをプラットフォームとしたいというオーダーがあり、マイクロソフトさんと同席することがありました。その際に、マイクロソフトさんに当社の先進性を評価していただき、Microsoft for Startupsを勧めてくれたことから参画を決めました。
――スタートアップ企業として、Microsoft for Startupのどのようなサービスが役立ちましたか。
佐藤 顧客がAzure上で当社のプロダクトを動かしたいとなると、どうしてもテストが必要になります。しかし、スタートアップ企業にとって、テストのような先行投資は大きな出費です。Microsoft for Startup によって、Azureを無償で使用できたことは、力強い支えになりました。
また、実装の段階では、金融業界に経験のあるマイクロソフトのアーキテクトの方に、商品の設計や、コスト、環境、パフォーマンス、セキュリティなどの課題を完全に理解した上で、柔軟に提案をしていただきました。有能なパートナーにチームに入ってもらえることは、ビジネスを進める上での安心感にもつながります。
技術面だけでなく、マイクロソフトからはエンタープライズに対して営業面でのサポートをしていただけるということも、スタートアップにとって大きな魅力です。
1990年代からマイクロソフトを利用している私世代からすると、どこか巨大で、形式的・閉鎖的なイメージがあったのですが、実際に協業をしてみると、現実的で柔軟な対応をされるので驚きました。エンタープライズしか相手にしないような、勝手なイメージもあったのですが(笑)、全くそんなことはなく、スタートアップと同じ視点で物事を考えていただいています。マイクロソフトのようなグローバル企業がそういった視点に立っているということは、海外進出を考えているスタートアップに対して、ベストな伴奏者になりうるのではないかと思います。
マイクロソフトも、Microsoft Teamsなどのプラットフォームの上に有用なアプリケーションを搭載することで、パフォーマンスを高めていきたいと考えているので、同じ目標を持つパートナーとしても魅力的です。今後も、テクノロジーの最先端をリードする上で、フラットに意見を交わしながら事業を進めていきたいです。
人間が未来を創る仕事に専念するために
――今後、どのような自然言語理解やチャットボットのソリューションを生んでいきたいですか?
佐藤 チャットボットは、シナリオの選択から、FAQ登録、AI活用と進化してきたわけですが、その先にある段階に挑戦したいです。
例えば、ドキュメントをシステム上に置くだけで、AIが中身を理解し、自動でFAQを生成していくような技術ができれば、質問と回答という形式にする必要すらなくなります。また発電所のような複雑・膨大なドキュメントのある企業を例にとると、「溶接検査の実施状況」といった個別なケースを抽出することができれば、使用頻度の低い、細分化された問い合わせニーズにも応えられるはずです。
この技術領域では当社が最も進んでいる一社だと自負しており、既にβ版の提供を始めています。本格的に実装されれば、それぞれのスタッフに個別のコンサルタントがいるような細かなサポートが、いつでも受けることができるでしょう。
――Allganizeという会社、サービスを通して、作っていきたい世界やビジョンとはどのようなものでしょうか。
佐藤 私たちは、AIによって全てのビジネスのワークフローを自動化・最適化するというビジョンを掲げています。機械が行うべき作業は機械が行い、人間が人間にしかできない仕事に集中できる未来がゴールです。例えば、何か新たな仕事をスタートする時、「この仕事をするために人を雇う」ではなく、「どのAIを使ったらいいか」と考える。そのような世界を実現したいです。そして、人間はもっと生産性が高く、未来を創造するような仕事にシフトする。そのためにこそ、AIの導入が必要になるのではないでしょうか。
文:相澤 優太