映像や音楽、ソフトウェアなど、今日、私たちは多くのウェブサービスやコンテンツを無料で享受している。その舞台裏にあるのは、クリエイターたちによる新たな価値の創造だ。彼らのほとんどは、広告収益や寄付、クラウドファンディング、投げ銭などによって資金を得ている。
しかし、支払う側の善意に依存するこれらの収益源は、長期的なマネタイズ方法になりづらい。この問題はクリエイターの活動そのものに影響し、世界全体のイノベーションにとって大きな障壁となっている。
そうした中、ブロックチェーンを活用した新たなコミュニティによって持続的なマネタイズを可能にしたのが、日本発のプロトコル「Dev Protocol」を開発するFRAME00(フレームダブルオー)だ。世界でも類を見ないエコシステムはどのように実現されたのか、また、『Microsoft for Startups』参画によって生まれるシナジーについて、FRAME00株式会社CTOのaggre氏(以下、敬称略)、Developer Relationsの川上氏(以下、敬称略)に話を聞いた。
イノベーティブなクリエイターが生まれづらい構造
――FRAME00が指す「クリエイター」とは、どういった人のことでしょうか。
aggre 当社がクリエイターと呼んでいるのは、“自ら何かを生み出す人”たち全てです。オープンソースソフトウェア(OSS)の開発者から、音楽や映像、研究論文の作成者など、オープンソースとして作品を社会に還元している人を指します。クリエイターを幅広くバックアップすることを目指しているのがFRAME00です。現在はまず、OSSの開発者を対象にして事業を展開しています。
――クリエイターの創造活動には、どのような課題があったのでしょうか。
川上 クリエイターに限ったことではありませんが、ウェブにおけるマネタイズは、ユーザーが商品を利用する時にお金を支払うという、クローズドな空間で成り立っていました。この方法は、OSSといったオープンなアセットとは相性が悪いんです。そもそもOSSには、利用することに対して制約を設けないという基本姿勢があるためお金を受け取ることが難しく、そのため、創作活動を継続していくためのモチベーションを長く保つことが難しい側面があると考えます。どうすればマネタイズできるかという議論は長年交わされてきたのですが、決定打となる手法は生まれませんでした。
ではなぜ、クリエイターはアセットをオープンにするのかというと、オープンであるからこそ、世界中のユーザーが活用してイノベーションが生まれるからです。しかし、お金を支払わなくても誰でも使えてしまうがゆえに、クローズドに比べてマネタイズが難しくなってしまいます。
現在のオープンソースにおける主なマネタイズ方法には、寄付サービスやクラウドファンディング、広告収入などがあります。しかし、これらは一時的なマネタイズでしかなく継続性はありません。一部には寄付のサブスクリプションサービスなどもありますが、寄付者に毎月負担がかかってしまうため、支援したい気持ちがあっても寄付を止めてしまうことも考えられます。故に継続的なマネタイズになるとは考えづらいです。そこに私たちは問題意識を抱いていました。
――継続的なマネタイズができないことで、どのような障害が生まれるのでしょうか。
aggre クリエイターは本来、創造性の高い仕事に集中すべきです。しかし、資金繰りなどに時間を奪われると、イノベーションが起こりづらくなってしまいます。
仮に優れたアセットを生み出し、大きなプロジェクトにすることができれば、企業や投資家から資金を調達することもできます。しかし、それまでの段階で明確な収益源を説明できなければ、お金は動きません。すると初期段階では、小口の資金に依存するようになり、最終的には活動そのものを持続できなくなってしまうのです。
このことは、ウェブに限らず、リアルの世界のミュージシャンや芸術家と同じですね。技術的な評価と、経済的な評価が乖離してしまっているんです。海外でも同様の現象が起こっており、OSSなどのインターネット上に無料で公開されているアセットでは、プロジェクトの83%以上が 1 年以内に終了してしまうと言われています。
クリエイターと支援者へ報酬を。ステーキングを活用した新たな価値
――クリエイターへの新たな支援を可能にした、「Dev Protocol」をリリースした経緯を教えてください。
aggre FRAME00を創業したのは2015年。CEOが職人や芸術家と仕事をする機会があり、その価値と収入に不均衡を感じたことがきっかけです。価値あるものが経済的に評価されないという問題を解決しようと、いろいろな事業で試行錯誤を繰り返していました。
職人、芸術家、ソフトウェアの開発者など、さまざまな方にユーザーインタビューをしたところ、OSS開発者における課題が明確に見えてきたので、まずはそこにフォーカスしようと「Dev Protocol」の原型を2018年にリリースしました。
――Dev Protocolの仕組みについて教えてください。
aggre Dev Protocolは、ステーキング(※)を通じてクリエイターと支援者の双方に報酬を与える「分散型プロトコル」です。オープンなアセットをトークン化して、ブロックチェーンのメリットを生かして収益を分配します。誰でもアプリケーションを開発してコミュニティに参加でき、現時点でOSSの登録件数は1,600件ほど、ステーキング総額は3億円を上回っています。
※ステーキング
ブロックチェーンネットワークに対象となる仮想通貨を保有のうえ参加することで、対価として報酬が貰える仕組み
分散型プロトコルというフレームの特徴は、コミュニティが私たちに依存していないことです。FRAME00はいわゆる“運営”をする組織ではありません。そのため手数料は発生しませんし、仮に私たちがいなくなっても、Dev Protocolは稼働しつづけます。リリース間もないため、実質的には私たちがDev Protocolをメンテナンスしていますが、1〜2年以内には手を引く予定です。その後は誰でも自由に使えるコモディティな存在となり、私たちもコミュニティの一員としてフラットな立場で貢献していきます。
具体的にOSSに適用しているのは、「ステーキング」と呼ばれるブロックチェーンの仕組みです。「DEV」という独自のトークンがあり、この暗号資産が報酬の役目を果たします。これをクリエイターのアセットにデポジットしてステーキングに参加するわけです。
――どのようにして収益源が生まれるのでしょうか。
川上 まず、スポンサーがDEVトークンを一定期間デポジットすると、流通している市場から切り離されます。すると市場からDEVが一時的に無くなるので、流通量が減ります。この間にデポジットしているスポンサーに対して、新規発行した小額のDEVを割り当てています。スポンサーからすると、デポジットするだけで、DEVが増えるということです。銀行の定期預金に近い仕組みだといえます。
一方、クリエイターの側にも、新規発行されたDEVを集めたステーキングに応じて受け取る権利があります。このDEVは自由に使えるので、市場で取引したり、さらに別の人にステーキングしたりすることもできます。
スポンサー側にも利益があるという構造によって、継続的に支援する理由が生まれます。支援のモチベーションとしては「プロジェクトがもっと盛り上がってほしい」「高性能になってほしい」「持続してほしい」という気持ちが多いようです。
――とても画期的な仕組みだと思いますが、これはFRAME00で生まれたアイデアなのでしょうか。
aggre はい。現時点でこのモデルは海外にもないと思います。アイデアは、たくさんのユーザーインタビューを通じて得られた洞察をモデル化したものです。クリエイターの収益化方法を模索している過程で、有償で質問を受けられる決済機能付きのメッセンジャーを開発したことがあるのですが、これをマネタイズの中心にするクリエイターはほとんどいませんでした。そこで、OSSの開発者やユーザーに再び話を聞いていたところ、たまたまブロックチェーンの開発者から意見をもらう機会があり、現在の発想につながりました。
――FRAME00としては、どのようにマネタイズしているのでしょうか。
aggre 実のところ、私たちに明確なマネタイズ方法はありません。当面は私たちがすでに保持しているDEVトークンを投資家に売却する、「トークンセール」という方法で資金繰りをしていきます。
今後、運営主体を私たちからコミュニティに移譲していくわけですが、私たちも一人のメンテナーとして、コミュニティからインセンティブを受け取るようにしたいと考えています。
――海外展開やユーザー拡大に向けては、どのように動いていますか。
aggre OSSだけでなく全てのクリエイターに適用できるプロトコルにするため、ブロックチェーンの基盤を、パブリックかつ分散性の高いイーサリアムにしています。
海外展開という点では、ウェブサイトなどのメッセージは全て英語で、普遍的な内容を発信しています。そもそも、通貨を現金でなく暗号資産にしているのも、国境を超えて技術によるコラボレーションが行われる世界中の技術者を応援したかったからです。法定通貨で支援をするとなると、本来国境がないはずである OSS を一国の通貨で評価することになるので、コンセプトがずれてしまいますから。
テクニカルなフェーズからビジョンを共有して協業
――『Microsoft for Startup』プログラムに参画された経緯を教えてください。
aggre FRAME00としてのブロックチェーンの方向性が見えてきた頃、頻繁に勉強会に通っていた時期がありました。そこでマイクロソフトの担当者と出会い、プロダクトを紹介しながら事業について相談をしていたところ、『Microsoft for Startups』を紹介してもらいました。社会的意義が大きい点を評価していただけたことで、参画を決めました。
――『Microsoft for Startup』によるどのようなサポートが事業の展開に役立ちましたか。
aggre 私たちの開発チームは4名程度と小規模なので、インフラのアーキテクトがいません。そこを補っていただけるのが大きなメリットですね。そもそも私は元々はインフラストラクチャエンジニアではないのですが、「やり方がわからない」「もっといいやり方がありそう」といったざっくりとした質問にも、具体的な回答をいただいたり、時には構成図まで作っていただいたりと、常にこちらの目線に合わせてサポートしてくれます。技術面では、「Dev Protocol」のサイドプロジェクトである「Khaos」をAzureのインフラで運用していますし、OfficeSuiteのサポートも活用しました。
他にも、壁打ちにも付き合っていただいたり、マイクロソフトのコネクションで他のスタートアップを紹介していただいたり、メディアへの露出を支援いただいたりと、事業を展開する上でのサポートもしていただいています。スタートアップの段階からマイクロソフトのネットワークの中に入れることは、非常に有利に働いたと思います。
――マイクロソフトと組むことで生まれるシナジーを教えてください。
aggre 「Dev Protocol」の領域は、オープンソースをつくり、コミュニティをグローバルで活性化することに取り組んでいるマイクロソフトの領域と重なります。同じ方向を見ていることで、目の前のことから未来のことまで、パートナーとして話し合うことができ、新しいアイデアも生まれます。FRAME00が取り組んでいるのはエンタープライズ向けのビジネスではないので、マイクロソフトにとって事業シナジーが強いわけではないと思います。しかし、私たちのビジョンが実現した時、マイクロソフトの目指す世界観が前進するという関係性が、良好な連携につながっていると思っています。
全てのクリエイターがイノベーションにが挑戦できる社会へ
――改めてFRAME00のビジョン、またビジョンの実現していくことで解決される社会課題を教えてください。
aggre 私たちは、「すべてのイノベーターが評価され、持続的に挑戦できる社会をつくる」というビジョンを抱いています。現在はOSS開発者のマネタイズをターゲットにしていますが、イノベーションを起こす人たちの絶対数を増やすことがゴールです。アカデミックからアートまで、創造力が最大化する世界を目指しています。
「Dev Protocol」は、そのロードマップにおける最初のステップで、まずはクリエイターにとってのインターネットのようなインフラにしていきたいですね。誰かが何かを作ろうと一念発起した時や、取りかかった開発が頓挫しようとしている時に、最初に思い浮かべるのが「Dev Protocol」であってほしいと考えています。
その先で何をしていくかはまだ具体的に決めているわけではありませんし、ブロックチェーンにこだわっているわけではないのですが、必然的にブロックチェーンになると思います。分散性を重視しているので、イノベーターが私たちに依存することは望んでおらず、FRAME00は空気のような存在でなければなりません。この考え方は、ブロックチェーンの根本思想と同じなんです。
そして社会課題である、イノベーションの担い手の不足を解決できると考えています。これまでの時代のアセットは、経済的な評価が正当ではなかった。つまり、誰かの犠牲の上に成り立っていたのです。この構造さえ解消されれば、世界のイノベーションは加速するはずだと考えています。
文:相澤 優太