電通ダイバーシティ・ラボの調査によれば、LGBT層の割合は8.9%(2018年度)で、約11人に1人いると言われる。一定規模以上の企業には必ずLGBT当事者が存在すると言っていい割合だが、企業側が彼らの存在を認識しているケースはごくわずかだ。
株式会社JobRainbowの代表取締役・星 賢人(ほし けんと)さん(27歳)は、「当事者のほとんどが職場でのカミングアウトを避けており、これには企業側の差別が影響している」と指摘する。
自身もLGBTの当事者である星さんは、周囲のネガティブな就活体験を機に、LGBT専用の求人サイト「JobRainbow」をオープン、昨年はLGBT向けオンラインキャリアアップスクール「PRIDE SCHOOL」も初開催した。
星さんにLGBT当事者への就活差別の実態とその背景、自社の取り組みについて聞いた。
差別が原因で大学を辞めたトランスジェンダーの先輩
中学1年生のときにゲイであることを認識し、中学生時代にイジメや不登校を経験した星さん。当時はゲイもトランスジェンダーも「おかま」としてひとくくりにされており、理解者も少なく苦しい思いをしたという。
自分と同じような課題を抱えた人のサポートを目的に、大学に進学するとLGBTサークルの代表になった。すると、メンバーの就職活動を通じて差別の実態があらわになった。
「仲良くなったトランスジェンダーの先輩は、高校生まで男性として過ごし、大学入学以降は女性として生き生きと学生生活を謳歌されていました。しかし、就活が始まると性別欄の回答や男女が区別されたスーツに戸惑うことが増え、極めつけとして就活中に受けた差別に絶望し、就活をあきらめ退学してしまいました」
彼女は、就活面接で「うちには、あなたみたいな人はいないので帰ってください」と性自認を理由に入社を拒否されたのだ。彼女に限らず、面接時に拒絶反応を受けたり、入社後に差別的な対応をされ休職や転職に追い込まれたりした人も少なくないという。
「当事者だからこそ差別に敏感になる場面が多く、LGBTであることが職場での障壁になっている事実がありました。セクシュアリティ(性のあり方)は仕事の能力とは関係ないのに、これでは多様な人材を有効活用できず機会損失になる。社会と個人がWin-Winになる関係を作りたいと思い、在学中にLGBT向けの求人口コミサイトを始めました」
2016年にスタートした口コミサイトは、2019年に求人サイトにリニューアル。メルカリや日の丸交通など、LGBTフレンドリーな企業の求人がいくつも並ぶ。
LGBTを理解し、積極的に受け入れる企業が増加する一方で、「前例がない」「対応が分からない」といった理由で拒否する企業も数多くある。深刻なケースでは、入社前面談でのカミングアウトにより内定を取り消されたり、「精神に問題がある人は受けつけられない」と言われたりした事例もあるそうだ。
LGBT関連の教育事業等を手がける認定NPO法人ReBitの2019年の調査では、同性愛者や両性愛者の42.5%、トランスジェンダーの87.4% が新卒就活時に性的指向や性自認に由来した困難などに直面していると報告されている。
当事者がもっとも恐れる職場での「アウティング」
星さんによれば、LGBT当事者への差別が多く聞かれることから、「職場でカミングアウトすることが不利益になる」と考える当事者は8割を超えるという。実際、電通ダイバーシティ・ラボが2020年に実施した「LGBTQ+調査 2020」では、職場の同僚・仕事仲間へのカミングアウトは5.8%、上司へは3.5%に留まる。
これは他の先進国と比べると極端に少なく、例えばLGBTフレンドリーなデンマークでは、職場でのカミングアウトが69%という数字が出ている。
職場でカミングアウトした際、当事者がもっとも懸念しているのが「アウティング」だという星さんの指摘も見過ごせない。
「職場でカミングアウトすると、伝えられた人が良かれと思って上司や人事に伝えるケースがあるのですが、それは当事者にとってNG行為です。知らぬうちにうわさが広まりイジメが起こる、支店に飛ばされるといったケースも。中には自殺未遂に追い込まれ裁判になった事例もあります」
本人の働きやすさを考え職場環境を整える目的であっても、「まずは当事者本人にどこまで話していいのかを確認してほしい」と星さんは言う。差別的な意識がない人ほど、悪気なく周囲に漏らしてしまうケースが見られるそうだ。
当事者が職場でカミングアウトすべきかどうかに関しては、「したい人だけすればいい。本人が選択することであり、私たちが強制すべきじゃない」と星さんは語る。
「正解はありませんが、カミングアウトすることで自身のことを職場で話しやすくなるといったメリットもあれば、アウティングなどのデメリットもあります。カミングアウトすること、しないことによるメリット・デメリットを知り、自身のライフプラン、キャリアプランの逆算から考えるのが良いと私は考えています」
「特別扱い」か「公平な環境の整備」なのか
星さんの著書『自分らしく働く LGBTの就活・転職の不安が解消する本』では、LGBTフレンドリーな企業の対応例として、同性パートナーや子どもへの手当などの福利厚生や男女の区別がないお手洗いなどの設備、LGBTを理解するための研修などが挙げられている。
それらを実現するには時間、コスト、周囲への理解など企業側に求められる負担は少なくないが、「最初から100点満点の対応を目指す必要はないし、失敗しても構わない」というのが星さんの考えだ。
「例えば、男女別のお手洗いの片方を男女共用にする、トランスジェンダーの従業員が心地よく使えるよう周囲の理解を求めるなど、ハードルを下げて考えてみると取り組めることは案外身近にあると思います。重要なのはハード面より心のバリアフリーであり、ラフな気持ちで始めてみてほしいですね」
LGBTへ配慮する企業がまだまだ少ない日本社会で、一歩でも前進することが価値になると星さんは訴える。
「失敗しても、その経験から学びながらアップデートしていけばいいと思います。ひとつ、企業のみなさんに知っておいていただきたいのは、LGBT当事者の主張は単なるワガママではないということ。
よく『LGBTの社員だけを特別扱いできない』と言われるのですが、それが『特別扱い』なのか『公平な環境を作るためなのか』は見極める必要があります。現状は当事者にとってマイナスの状態であることが一般的だと知っていただきたいです」
LGBT当事者への対応は多くの企業にとって初めての取り組みであり、判断に迷うのは当然のこと。企業側がオープンなマインドで呼びかけ、当事者の視点を知ることから始めてみてもいいはずだ。
差別問題がなくなれば、日本はどこより生きやすい国になる
星さんが代表を務めるJobRainbowでは、セクシャルウェルネス商品の開発・販売で知られるTENGAとの共催により、昨年「PRIDE SCHOOL」を初開催。これは、LGBT当事者に向けたキャリア形成のためのオンラインスクールで、LGBTとして自分らしいキャリアを築いている講師陣により、受講者の目的達成をサポートするものだ。
スクールに参加したあるトランスジェンダーの受講生は、受講を通じて勤務先でカミングアウトを決めた。その結果、全社的に応援するという反応があり、会社全体がダイバーシティの方向へ変わり始めているとのこと。
「これは非常に嬉しい成果でした。当事者がカミングアウトすることで、不平等な環境が公平に変わることは大いにあります。もちろん、カミングアウトが難しい人が言えないことに対して罪悪感を持つ必要はありません。ただ、私たちの活動を通じて1人でも多くの当事者が発信をして、社会を変える原動力になればと思っています」
最後に、日本社会全体がLGBTフレンドリーに変わっていくために必要なことを尋ねた。
「日本でLGBTへの偏見が強いのは、個々の違いが可視化されづらい村社会的な雰囲気が影響していると思います。肌や髪の色、言語などに同一性が強く、人と異なる意見を堂々と主張しづらい文化もあり、個々の違いが見えづらいですよね。
LGBTに限らず、家族構成、宗教、人生経験など、どんな人も何かしらのマイノリティ性を抱えているはずですが、自身のマイノリティ性が尊重されていると感じる瞬間が少なすぎて、他者のマイノリティ性に対して特別扱いだと思ってしまう。その分かりやすい代表例がLGBTだと思います。
そういった分かりやすいマイノリティ性を持たない方も、自身が持つ他者との違いに気づいて、それを尊重すべきものだと思ってほしい。他者との違いが自分の彩りになることを知ってほしい。それに気づくことができれば、LGBTを受け入れることに抵抗感がなくなると思います」
アメリカでの留学経験がある星さんは、現地に存在していた宗教的な価値観から来るLGBTへの嫌悪感と比較すると、日本には根深い差別がないとも指摘する。
「全米でもっとも寛容なシアトルでさえ差別がひどく、知人に『あなたはゲイだから地獄に落ちる』と言われました。そこまでのあからさまな差別は日本では見られないし、もう少しマイノリティに対して寛容になれば、日本は世界でもっとも生きやすい国になるかもしれないと思っています」
<取材協力>
株式会社JobRainbow 代表取締役 星 賢人
https://jobrainbow.jp/corp
PRIDE SCHOOL
https://jobrainbow.jp/prideschool
取材・執筆:小林香織
編集:岡徳之(Livit)