学校の教科書、欧米ではレンタルが中心。「GIGAスクール構想」で紙の教科書を見直す

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毎年4月になると、真新しい教科書を無償でもらえる日本の子供たち。あたり前のように受け取り、要らなくなると捨ててしまう人も多いだろうが、こんなふうに無償で教科書をもらえる国は、実は先進国では珍しく、欧米の公立校では教科書がレンタルで使いまわしにされているところが多い。政府の「GIGAスクール構想」により、日本の小中学校でもタブレットを使ったデジタル教科書が普及する見通しのなか、紙の教科書はどうあるべきなのだろうか?各国の状況や日本の教科書制度の歴史を振り返り、考察する。

欧米の公立校では、教科書が無料貸与されているところが多い(写真:筆者撮影)

レンタル教科書はハードカバー、書き込み禁止

9月に新学期が始まるオランダの中高生は、夏休みが始める前に必ずやらなければならないことがある。それは、教科書を学校に返却すること。借りた教科書は、まとめて規定の日時までに学校に返しに行くことになっている。

昨年は新型コロナウイルス感染防止のため、返却プロセスは少し変えられ、教科書は各自が大きなプラスチック袋に入れ、名前とクラス名を明記して学校で設置された指定のボックスに返却した。

もう一つ、夏休み前にやらなければならないことは、新学年の教科書注文だ。多くの学校では生徒と学校の間に専門の業者が入り、教科書の手配を請け負っている。生徒たちは自分のコースと学年、選択科目をチェックして、業者に申込みをする。これを忘れてしまうと、新学期前に教科書が届かないという事態になってしまうから、注意が必要だ。

そして夏休みも終わりに近づいた頃、業者から大きな重い箱が送られてくる。中にはハードカバーの立派な教科書やソフトカバーのワークブックがぎっしり。このほかに、申込み時に辞書や計算機、分度器といったツールを注文した人は、それも同封されている。基本的に公立の中高校で教科書とワークブックは、オンライン教材も含めて無料。辞書などのツールは各自の支払いとなる。

オランダの中高生は夏休みの終盤、教科書が入った大きな箱を受け取る(写真:筆者撮影)

教科書は次の年も使いまわすため、当然、書き込みは禁止。それでも書き込みをしてしまったり、本が著しく損傷してしまった場合は、業者から請求書が送られてくる。これについては教科書を申し込む時に年間6ユーロ(780円)程度の保険に任意で入ることもでき、その場合、本の弁償代は保険からおりることになる。学校によっては初めに「補償金」を求めるところもあるようだが、法律でこれは義務付けられていない。

一方、小学生は各自が教科書を持つことはなく、学校で共有されている。そもそも教科書を使っていないところも多く、先生の解説やビデオなどの教材、ワークブックによる練習で事足りている。また、デジタル教育は進んでいるものの、公立校では各人にタブレットはなく、各クラスで数台のコンピュータやタブレットを共有しているところが多い。

ワークブックやノート、鉛筆、消しゴムは各自に無料で支給されるが、これらも学校の机の引き出しに入れたままで自宅に持って帰ることはない。オランダの小学生は宿題がほとんどない、という事情が背景にある。このため、小学生が家から持参するのは弁当と水筒だけ。中学校に上がった途端、ハードカバーの本がたくさん入ったバックパックを背負っての通学となり、最初はこの重さに慣れるにも一苦労なのだ。

欧米はレンタル中心、アジアは無償給与

オランダで現在のような教科書レンタルシステムが導入されたのは、2009年のこと。親の教育費負担を軽減するほか、教科書出版市場の改善を目指して2008年に「無料教科書法(Wet Gratis Schoolboeken)」が定められたことに基づく。

それまでは政府が各家庭に補助金を支払い、親が教科書を購入していたが、2009年8月からは教科書用の資金が親ではなく、学校に直接支給されることになった。レンタル制が導入される前は、教科書代を浮かせるために上級生の「お古」を譲ってもらったり、中古市場で安く買い求めたりする人も多かったという。

教科書を無償貸与にしているのはオランダだけではない。実は欧米諸国ではこちらのほうがスタンダードで、先進諸国で教科書を無償給与している国は珍しい。一方、アジアでは韓国やタイが公立の小中学校で教科書を無償給与。中国では地方によって無償または有償給与となっている。省はもちろん、同じ市や区でも学校ごとに状況が違うらしい。

ちなみに、公立の小中学校で教科書が無償貸与されている先進諸国でも、教科書や授業の内容は学校ごとに大きく異なる。これは教科書の採択について学校や教師が権限を持つことによるもので、日本のように教育委員会が教科書を採択するような国はほとんどない。

教科書の採択権を持つことは、学校や教師の「自治権」が強い場合が多いが、それがあまりにも行き過ぎると学校による差が大きく出てしまうという弊害もある。

例えばアメリカは学校の裁量が大きいうえに学区制となっており、「良い学校」のある地区は住宅価格の高騰も激しく、ますます教育格差を広げる悪循環につながっている。教科書についても親の寄付の集まるところなどは、無償の教材が充実していたりして、かなりばらつきがあるようだ。

貧しい母親の決起から始まった日本の教科書無償給与

現在のような形で日本の義務教育の教科書が無償給与になったのは、1960年代のこと。高知県長浜地区の貧しい母親たちが憲法の勉強会をする中で、憲法26条2項にある「義務教育はこれを無償とする」とあることに気づき、1961年(昭和36年)に小中学校の教科書を無償にすることを求めて立ち上がったことに端を発する。それまでは基本的に親が教科書を自腹で購入することになっており、貧しい民衆にはかなりの負担となっていた。

この闘争はその後紆余曲折を経るが、最終的に1962年(昭和37年)の「義務教育諸学校の教科用図書の無償に関する法律」が成立する。1963年(昭和38年)には小学校第1学年で初めて教科書の無償給与が実現し、その後は段階的な導入により1969年(昭和44年)に小中学校の全学年で無償給与が完成した。

教科書無償給与制度は「次代を担う児童・生徒の国民的自覚を深め、我が国の反映と福祉に貢献してほしいという国民全体の願いをこめて行われているものであり、同時に教育費の保護者負担を軽減するという効果をもつ」ものとして現在まで存続し、今も小学校の入学時に配られる教科書を入れる袋には、国のコスト負担によって教科書が給与されていることが明記されている。

文部科学省(文科省)によれば、教科書にかかる一人当たりの年間コストは小学生で平均3,788円、中学生で同5,387円、全体では4億5,000万円程度に上る(令和元年度)。

小学校の新1年生が入学時に受け取る教科書は、文科省が作成する袋に入れて手渡すことが指導されている。袋には、教科書無償給与制度の意義が書かれている(写真:文科省ホームページより)

無償給与か、無償貸与か?

教科書を無償給与にするか、無償貸与にするか?――これまでに日本で大きな議論が巻き起こったことはなかった。そもそも先進諸国で教科書がレンタルで使いまわしにされている状況を知る日本人はあまりいない。

周りに聞き込みをしたところ、日本の教科書をレンタルにすることについては賛否両論。使いまわしにするには必然的に本がしっかりとした作りになるため、「重たくて通学が大変」というほかに、「書き込みができないのは不便」という声が多かった。また、「汚れていたら、やる気をなくすかも」という意見もあり、日本人の衛生観念にはあまりそぐわないのかもしれない。

一方、賛成意見には「資源の無駄にならない」点がメリットとして挙がっている。また、「財政面で教科書コストが削減できる」との見方も上がったが、レンタル制の手続きが煩雑なことを考慮すると、一概に教科書コストが下がるとも言えない。例えば、オランダでは生徒1人当たりの年間教科書コスト(デジタル教材を含む)は、平均で300ユーロ(3万9,000円)以上かかっており、日本のコストを大きく上回っている。

デジタル教科書普及で紙の教科書は廃止?

現在は政府の「GIGAスクール構想」のもと、教科書のデジタル化が推進されていることで、日本の教科書を取り巻く環境はガラリと変わる見通しだ。文科省は今年度から小中学校で「1人1台端末」の導入を進め、デジタル教科書を普及させる方針を示している。今年4月1日施行の「学校教育法」第34条第2項には「紙の教科書と学習者用デジタル教科書を適切に組み合わせた教育課程を編成すること」とあるが、将来的に紙の教科書はどうなるのだろうか?

「GIGAスクール構想」のもと、教科書のデジタル化が推進されている(写真:文科省「学校における1人1台端末環境」公式プロモーションビデオより)

文科省が今年4月21日に発表した「デジタル教科書の今後の在り方等に関する検討会議 中間まとめ」によると、紙の教科書とデジタル教科書の使用組み合わせについては、1)紙の教科書をすべてデジタル教科書に置き換える、2)紙の教科書とデジタル教科書を併用する、3)設置者が選択できるようにする、4)デジタル教科書を主たる教材として使用し、必要に応じて紙の教科書を使用できるようにする――などの例が示されている。

そして4)のように紙の教科書が副教材的に利用される場合は、「学校に備え付けた紙の教科書を貸与する、紙の教科書で学習する方が教育効果が高いと考えられる部分に限定した紙の教科書を配布する等」の案が示されている。

もちろん、教科書の変化に応じて、「無償措置の対象」についても検討されなければならない。デジタル教科書が無償の対象になるのか、またそのために紙の教科書の財源が充てられるのかは今後の話し合いによる。

また、デジタル教科書の内容も、現在は「紙の教科書の内容をそのまま記録した電磁的記録」だが、今後はデジタルの良さを生かした内容に変えていくこと、他のデジタル教材を連動して活用すること、それに伴う教材の規格コードの統一化、教科書検定のあり方など多くの検討課題が挙がっている。

次回の小学校用教科書の改訂時期である令和6年(2024年)には、デジタル教科書が本格的に導入される見通し。そのとき紙の教科書をどうしたいのか、存続する場合は無償給与を続けるのか、それともレンタルに移行するのか、国民がみんなで考える時期に来ているのではないだろうか。

文:山本直子
編集:岡徳之(Livit

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