貧困の当事者だったパックンと考える、「子供の貧困」縮小への道しるべ

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日本の子供の相対的貧困率(※1)は13.5%。2013年の16.3%をピークに減少しているものの、OECD加盟国の中でも高い状態にある(※2)。これを受け、貧困に苦しむ子供たちの未来を拓くプロジェクトが2015年にスタートした。それが、政府の「子供の未来応援国民運動」だ。

子供たちが貧困状態から抜け出すためにはどういったマインドを持てばよいのか。周りはどのような支援をしていくべきなのか。今回は、子供時代に貧困状態にあったが、その逆境を乗り越えた経験から、「逆境力」という著書で格差逆転の生き方術を紹介し、日本の「子供の貧困」への問題提起をしたパックンことパトリック・ハーラン氏(以下、敬称略)にインタビュー。未来を切り拓くための考え方や行動、また「子供の貧困」縮小に対して取り組んでいる「子供の未来応援国民運動」の意義についても伺った。

両親の離婚を機に苦しくなった家計を支えるため、10歳から新聞配達など数々のアルバイトを始め、食費一食あたり89セント(約100円)という厳しい暮らしを経験したパックン。貧困から抜け出すための自身の行動や、周囲からの支援についても伺い、誰もが取り組める「貧困をなくす活動」を探っていく。

人一倍の頑張りと数えきれないサポートで、人生を切り拓けた

――「貧困」に苦しんでいた少年時代、パックンさんはどんなことを感じられていましたか?

パックン お金がなくて、周りの人が普通にしていることができないことから、コンプレックスを感じることは多かったです。30ドルのランチ、50ドルのディナーを何も考えず食べられる人たちを見ては「そのランチ一食分でうちのひと月の光熱費が払えるのに。ふざけるなよ」と、恨めしく思ったこともあります。

そういった恨みが、親に向かう子も、世の中に向かう子もいるでしょうね。「俺に何もしてくれない社会なら、俺も何もしてやらない」、そうやって反抗する子の気持ちはよくわかります。

――その苦しい状況を乗り越えられた原動力について、ぜひお聞かせください。

パックン 原動力は、誰にも負けたくないという気持ち。お金がないというマイナスの状況から、頑張ってプラスに飛躍してみせるという意欲はいつもありましたね。

もうひとつは「ないならないで、何とかする力」。アメリカではアメリカンフットボールの人気が高く、子供のなかでも競技人口が多いのですが、プロテクターなどの道具がたくさん必要になるため多くの費用がかかります。練習や遠征にお父さんが参加する家庭も多かった。僕は当時、貧しい母子家庭だったので、そういったお金のかかる競技以外に、自分のおかれた環境でも打ち込めそうな競技を探しました。

それが、水泳の飛込競技。海パン一枚あればいいんですよ。部のメンバーが5人しかいなかったこともあって、オンシーズンには毎週新聞に載るほどの活躍をすることができました。「競技がメジャーでもマイナーでも、勲章がもらえるのは同じじゃないか」と開き直ったことが、充実した学生生活につながったと思います。

貧しさによる逆境を乗り越えることで、僕自身は生きる力がつきました。だからといって、断じて「貧困」という逆境を勧めているわけではありません。「子供の貧困」は絶対になくすべきです。

――学生時代を支えてくれた支援について教えていただけますか?

パックン よく「僕には実の母、義理の母の他に、ママと呼んで親しむ人が4人いる」とお話しするのですが、食べ盛りの僕に食事を用意してくれたり、アルバイトをさせてくれたり、キャンプに連れて行ってくれる、ハーバードへ出す願書を書くためにパソコンを貸してくれるといった、あらゆる面で僕を支援してくれた家族がいました。みんな友達のママですが、僕にとっては、第二の家族です。

貧しくなると、文化に触れるためのお金、つまりレジャー費から削っていかざるを得ません。僕も、人よりコンサートやスポーツ観戦に行く機会は少なかった。でも、ゼロじゃなかった。友達の家族に一緒につれていってもらえたので「機会の貧困」を免れたんです。

観劇やレジャーは決して贅沢なことじゃない。子供が自らの可能性を広げ、健やかに成長するために必要な時間なんだと伝えたいです。日本のすべての子供たちが、お金の心配をせず課外活動に参加できるようになってほしいと思っています。

できる人ができる支援を。子供は飛躍の可能性に満ちている

――日本の「子供の貧困」の特徴やアメリカとの違いはどういったものでしょうか?

パックン アメリカでは、暮らしている地区や職業を聞けば「おそらく貧困層だろう」と想像ができます。貧困問題を身近に感じる環境だから、NPOや宗教施設の支援活動は活発で、フードバンクやホットラインなどもよく整備されています。どこに訴えれば問題解決できるかわかっているからこそ、当事者も助けを求めて声を上げやすいんです。

日本には、貧困に限らず、自分のことを積極的に語らない文化があると思っています。そのため、貧困家庭が助けを求められず、支援者と結びつきづらいという現状がある。日本の子供の貧困は見えにくいんです。

格差の激しいアメリカがいいとは言いません。でも、もっとお互いのコミュニケーションが活発になれば、必要な支援が届くんじゃないかと感じています。

――「子供の貧困」という社会課題を解決していくために、重要だと思う考え方はありますか?

パックン 「そのときできる人が、できる範囲のことをすればいい」といった柔軟な考え方が、日本にも広がるといいなと思いますね。

アメリカでは、たとえば「研修ツアーへ参加を希望する子供の中に、参加費の支払いが難しい子供たちが5名います」という情報がオープンにされます。そうすると「うちの子以外に3人分なら出せるよ」「臨時収入があったから5人分出すよ」という形で支援が集まり、希望者全員が参加できるといったことが日常的に起こるんです。この場合、支払額はそれぞれ違っても、子供たちに与えられる機会の平等は守られます。

日本では、「他の家庭は自分の子供の分しか払っていない状況で、あなたが5人分出すのは不平等になってしまうので受け取れない」と支援される側からお断りをしてしまうといった形になりがちです。

たしかにこの場合、金銭的な負担は平等で、見た目的には不平等にはなりませんが、貧しい家庭の子供たち5名はツアーに参加できないので機会の不平等はそのまま……。

この状態は非常に残念なものです。だから「できる人ができることをする。それでいいじゃないか」という、柔軟な相互扶助の考え方が広まってほしいんです。

――日本で「子供の貧困」縮小のために活動を続ける方々への取材で、子供達の可能性を閉じないためにどんなことが必要だと感じられましたか?

パックン 子供の可能性は、ほんの少しの支援で守られる、そのことを改めて実感しました。放課後、安心で安全な空間で勉強できる。温かいお弁当を食べられる。仲間や先輩がそこにいてくれる。それだけで、子供たちは自分の将来に思いを馳せ、飛躍できるんです。

もう一つは、ロールモデルが近くにいること、幅広いバックグラウンドを持つ大人と話すことの重要性。自分の未来に選択肢があると知りさえすれば、子供は自然と頑張れるんですよ。

――著書である「逆境力」のなかで子供たちの可能性を広げるための問いかけられる機会の有無の重要性にも触れられていますよね。

パックン まさに、問われるか問われないかの差は、機会不平等。裕福な家の子は、それこそ小さい頃から「将来は何になりたい?」と親や友達から聞かれ、「お医者さんかな、弁護士かな」なんて考えながら育ちます。先生から「中学は受験する? どの学校に行きたい? 留学の方がいいかな?」と問われて、将来を考える機会もあることでしょう。

ただ、貧しい家庭では親御さんが忙しいことが多く、進路を話し合う機会も少ない。考える材料が少なすぎて、進路希望をうまく書けない子供もいます。進路がはっきりしない子供に一から向き合う時間が先生にもない……。

選択肢を提示したり、問いかけてくれる大人がいるかどうかは、子供の未来を閉ざさないためにとても重要なことなんです。

企業や個人の支援で救われた子供たちが、日本の未来を明るくする

――現在、政府でも「子供の未来応援国民運動」を通して、企業や地域のみなさまの力を借りて、貧困を抱える子供たちを支える相互扶助の社会を目指しています。日本に相互扶助の文化が根付くには、何が必要だと思いますか?

パックン 最優先すべきは「子供の貧困」に対しての認知拡大だと思います。

「子供の貧困」について知り、動き始める人が増えていくと、あるとき「支え合うって当たり前だ」という強力なムーブメントが起きるはずです。僕も、メディア出演や執筆活動、日常のコミュニケーションを通して「子供の貧困」縮小に向けた発信を続け、意識向上をサポートしたいと思っています。

日本という国は、実はみなさんが想像されているよりずっと速いスピードで変わっていける国なんです。僕が来日した27年前は、たくさんの喫煙者が、場所を問わずにタバコを吸っていました。今は喫煙率も随分下がったし、分煙も進んでいますよね。

「レジ袋が有料化されますよ」と言われれば、数カ月後にはマイバックが習慣化する。日本は「人と一緒に行動しよう」という意識が強いから、一人ひとりが動き始めれば、大きなうねりにつながるんじゃないかと思います。

――支え合いのムーブメントを起こすためにカギとなる取組は何でしょうか?

パックン 賛同してくれる企業を少しでも増やしていくこと。そして、企業が「子供の貧困」に対してのアクションを取ることが当たり前だという流れを作ることだと思います。簡単なことではないですが、子供たちを救いたいという共通の想いがあれば、必ず実現できるはずだと思います。

さらに、その企業から社員への働きかけがなされれば、もっと潮目は変わります。

例えば、社員一人ひとりに、勤務時間内で年間10時間のボランティアを呼びかければ、個人レベルで「子供の貧困」の現状を知ることができますし、自社が社会に貢献している、子供たちの未来をつくっているんだ、という自分ごと化にもつながります。

そういった動きが普通になっていくと、
「今日は、〇〇社が子ども食堂でおいしいごはんをつくってくれるらしいよ」
「△△という企業の若手社員が、被災地の子供たちの勉強を見てくれるらしいよ」
と、社会が支えてくれているという意識が子供たちにも伝わっていきます。

活動に取り組む社員が増えれば、救われる子供も増えるし、企業価値も高まる。何より「支え合い」が当たり前のものとして日本に定着していくはずです。

――そういった、支え合いの連鎖をつくっていく活動を、拡げていきたいですね。

日本で支え合うための素地をつくっていくには、子供の頃からボランティアなどの「支え合いの方法」を経験する機会があることも大事だと思います。

僕は幼少期に、うちよりも貧しい家庭に食事を提供する「スープキッチン(炊き出し)」でボランティアをすることで、心が救われたことがあります。「自分にも、人のためにできることがある」と実感する経験をしていれば、大人になってからも行動に移しやすくなると思います。

そして、「子供の貧困」を縮小させることがどれだけローリスク・ハイリターンな投資なのかをもっと理解してもらえるよう、伝えてほしい。この事実を広く知ってもらうためには、企業や行政、個人に関わらず、社会全体で声をあげていかなければいけません。

今、貧しさに苦しむ子供の中に、難病の治療薬を発見するような大天才がいるかもしれません。しかし、貧困状態にあることで、その才能の芽を育てる機会は失われてしまう可能性が高くなります。その子に、温かいごはんと、じっくり勉強できる空間を届け、将来の選択肢を見せるだけでいいんです。

子供たちがしっかりと育つことができた時の経済的なリターンは計り知れませんから。

「子供の貧困」の実態を知って動き始めた大人が、子供たちの未来を拓く

――「子供の貧困」縮小のため、一人ひとりにどんな心がけをお願いしたいですか?

パックン 現状を知り、どうにかしたいと思うことです。給食以外に満足に食事をとれない子供が日本にいると知ってしまったら、どうにかできないかと考える癖がつきます。

例えば、スーパーでキャベツが値上がりしているとします。そうすると、貧困家庭ではキャベツをあきらめ、一定の値段でお腹が満たせるインスタント食品やファストフードを選ぶのではないか、という想像にもつながりますよね。

「不健康な食生活を送りがちな彼らに、野菜を届ける方法はないか」そう考えて、思いついたアイデアをひとつでも実現できたら、貧しさに苦しむ子供たちは確実に減るはずです。

――最後に、貧困に苦しんでいる子供たちにメッセージをお願いします。

パックン 難しいことは承知で言います。努力している自分を好きになって、どうにか希望を持ってほしい。あなたを決めるのは、環境じゃなく、あなた自身。だから、頑張る人になると決めて、動いてみてください。

最初は簡単なことでいい。僕も「家でお母さんを手伝う俺、カッコいい。朝から新聞配達してる俺、カッコいい」と、小さなことから自分を認めて頑張ってきました。スタート地点がどこであっても、今いる世界の外を見たいと望めば飛び出せるし、望んで努力すれば大学だって行ける。

そして恥ずかしがらずに「助けて」と声を上げてください。

境遇を恨みたくなる気持ちをぐっとこらえ、「こんなことに困ってるので、助けてくれませんか?」と事実を伝えれば、味方になってくれる人は必ずいます。これからの日本は、希望を持って頑張る子供たちを決して見捨てない、チャンスあふれる社会にします。だから、前向きな気持ちをどうか忘れず、仲間を増やして歩んでほしいです。

「子供たちの未来を応援したい」。国民一人ひとりの想いの港

子供たちの努力と前向きな気持ちこそ、可能性の源泉であり、「機会の平等」を実現するための支援があってこそ、その可能性は花開く。

「それぞれができることを考え、できる範囲で行動すれば貧困はなくしていける」というパックンの言葉の通り、「子供の貧困」という社会課題の縮小に向けて小さなことからでも動き出したい。

企業という単位であれば、個人よりも行動できる範囲も幅広いため、ぜひ自社のアセットやノウハウを活かした行動を起こしてほしい。活動はしたいけれど、何をすればいいのかわからないという企業であれば「子供の未来応援国民運動」への参加も選択肢のひとつだ。

「子供たちの未来を応援したい」という想いを起点としたそれぞれのアクションが広がり、つながっていくことで、子供たちが夢を描き、チャレンジできる世界に近づけるのではないだろうか。

 「子供の未来応援国民運動」https://kodomohinkon.go.jp/

(※1)相対的貧困とは、その国の文化水準や生活水準と比較して困窮した状態のこと
     出典:子供の未来応援国民運動〜子供の貧困とは
(※2)厚生労働省「令和元年国民生活基礎調査」より

取材・文:岡島 梓
写真:示野 友樹

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