研究と子育てを両立する人文・社会科学分野の研究者を支援「スミセイ女性研究者奨励賞」──日本の未来を切り開く女性たち

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住友生命保険相互会社が、より良い子育て環境の整備を目指し、2007年から取り組んでいる支援事業「未来を強くする子育てプロジェクト」。各地域の子育て環境づくりに取り組む個人や団体に対する「子育て支援活動の表彰」と、育児のため研究の継続が困難となっている女性研究者に向けた「女性研究者への支援」という2つの公募事業を柱に、子どもたちの笑顔を絶やすことなく、誰もが活躍できる未来づくりを応援するというものだ。

「スミセイ女性研究者奨励賞」は、本プロジェクトの柱の一つである「女性研究者への支援」の一環で行われている助成事業。自然科学分野に比べ、まだまだ支援が少ないと言われている人文・社会科学分野の研究を対象としており、助成金を子育てに関わるものにも活用できることが大きな特色で、毎年10名程度の女性研究者を表彰し、2年間の継続助成を行っている。

本賞の選考委員長を務める汐見稔幸氏は、次のように話す。

「これまで誰もしてこなかったことに挑む。それが研究者の使命ですが、言葉でいうほど簡単ではありません。しかし、簡単には成果の出ないテーマや社会が抱える難題に対し、強い決意を持って挑んでいる研究者たちが大勢います。本賞に応募してくださる女性研究者の皆さんもその一人です」

本賞の選考委員長 汐見稔幸氏

「毎年思うのは、現代のような変化の激しい時代においては、女性の方が新しい観点や意見を受け入れ、柔軟に対応できるのではないかということです。今年度応募していただいた皆さんの研究内容を見ても、この国の学問や学問を基礎とした産業は、女性たちの情熱的で堅実な研究によって支えられる日が来るのではないかと思うほど充実したものばかりでした。今回応募してくださったような女性たちが活躍できる社会にしていくことが、学問、ひいては日本の持続的な発展にもつながるはずです」

汐見委員長が言うように、時代の流れに柔軟に対応しながら、社会の課題に挑み続ける女性研究者たち。子育てをしながら研究することの葛藤や、子育てをしているからこそ得られた新たな視点、そして、研究を通して未来に残したいものとは? 今回の受賞者を集めたオンライン合同座談会を開催し、彼女たちの熱い想いを聞いた。

オンライン合同座談会の様子
オンライン合同座談会の様子

子育てをしながら新たな価値を創造し、社会への貢献を目指す女性研究者を表彰

2020年で14回目を迎えた「スミセイ女性研究者奨励賞」。今回も全国から多数の応募があった中、選考委員の厳正なる審査により、次の10名が選ばれた。

粟谷しのぶさん|東京大学大学院法学政治学研究科

「誰もが自分のやりたい道を突き進み、活躍し、認められる社会を」

弁護士として働く傍ら、人の生命や身体、環境を脅かすリスクを制御する行政法の役割についての研究を行う粟谷さん。世界各国の法的枠組みや手法を検証するとともに、日本の法制度の現状と課題を整理・検討することで、リスク管理にかかわる法規制の進展を目指している。

「“女性”研究者と呼ばれることには違和感がある」と粟谷さんは話す。「子育てをして感じたのは、自分と子どもですら違う人間であるということ。世の中には誰一人同じ人はいません。女性だからこそ見える視点ももちろんあると思います。でも、“女性”だからというのではなく、誰もがやりたいことを精一杯やり、それぞれの視点で社会に還元できることが大事なのだと思います」

子育てと研究を抱えた研究者に向けて、「仕事に打ち込み過ぎると子どもがかわいそうと思うのではなく、自分が何かに打ち込む姿を見せることが子どもにもプラスになると私は信じています。誰もが自分のやりたい道を突き進み、活躍し、認められる社会を目指していきましょう」とメッセージを送った粟谷さん。自らもその社会を創る一翼を担いたいと語った。

一原雅子さん|京都大学大学院地球環境学舎

「未来を生きる世代が安定した地球環境の中で暮らせるように」

一原さんは現在、気候変動訴訟に関する研究に挑んでいる。気候変動訴訟は21世紀初頭頃より急増し始め、日本でも4件の石炭火力発電所操業・新設差止訴訟が継続中だ。日本ではかつて、公害訴訟が多くの公害規制立法をもたらした経緯から、気候変動訴訟にもまたそのような可能性を見いだせるのかを追究することが当面の目標だ。他方、大気汚染その他の従来型の公害と気候変動の間には、質的な違いも大きいことや、日本を全体としてみた時、世界の他の国に比べて気候変動への危機感がさほど高くないように思われることも課題だ。

「自分の子どもたち、そしてその先の世代が、安定した地球環境の中で暮らせるようにという想いが、研究のモチベーションを生み出し続けています」と一原さん。子育てと研究の両立については、「まとまった研究時間を確保しにくい反面、いったん研究から離れる時間が生まれ、自分の考えを俯瞰的に見て検証できるようになりました」と話し、何事もポジティブに捉えようという姿勢がとても印象的だった。

子育てを経験した女性研究者の強みについては、次のように語る。「研究の多くは社会をより良くするために活用すべきものですが、その社会は、多様な背景を持つ人々で成り立っています。子育ての経験で得られた、今までとは違った立場からの意見やものの見方を研究に持ち込むことは、未来を強くすることにつながるはずです」

大石茜さん|筑波大学大学院人文社会科学研究科

「子どもが生まれ、研究に対して新たなアプローチができるようになりました」

戦後の帝国日本内地、外地それぞれにおける集団保育をテーマに、母親像や子育て観の変遷を研究している大石さん。過去の歴史から、現代の子どもや家族をめぐる課題を解決するためのヒントを模索している。

子育てを経験したからこそ見えた新たな視点について問うと、大石さんは次のように答えた。「これまでは、当時の生活や制度、保育施設の設立状況に関する資料にのみ目を向けていましたが、子どもが生まれたことで、母親たちの想いにフォーカスした形で歴史の変遷をたどるといった新たなアプローチができるようになりました。保育の在り方に対する考察がより一層深まったと思っています」

自ら子育てサークルの運営も行い、社会やコミュニティとつながることの重要性を感じたという大石さん。子育てと研究の両立に挑む研究者に向けて、「子育ても研究も一人でするものではなく、お互いに支え合っていくことが大事だと思います。自分が頑張っていること、大変だと思っていることを発信していくと、今回の住友生命さんのように誰かが手を差し伸べてくれるはずです。決して一人で抱え込まず、一緒に頑張っていきましょう」とメッセージを送った。

坂口恵莉さん|大阪大学人間科学研究科

「それぞれの状況を生きた経験の中から見えてくる観点があると実感」

坂口さんが取り組むのは、2011年に国内で発生した原発災害に関する研究だ。「法制度の狭間にあり、被災者として存在が見えにくい状況にある区域外避難者に焦点を当てる。彼女ら彼らは、どんな困難を経験し、その経験をどう捉え返す最中にあるのか。また、区域外避難者を支えてきた支援はどういったものか。本研究を通じて、私たちがこれからすべきことに結びつく知見を一つでも示したいと思っています」

子育てを通じて、子どもたちが生きる未来の社会をより良くしたいと思うのはもちろん、今、目の前に生きる人間と真剣に向き合うことの重要性も再認識したという坂口さん。「どんな論文を書いて発表しても、目の前にいる子どもや家族の存在を大事にできていないのであれば、その書き手の論文にはどれだけの価値があるのだろうか」と常に自問自答し、より自分の研究や生き方に責任感を持つようになったそうだ。

また、「それぞれの状況を生きた経験の中から見えてくる観点があると思っています。世の中を生きる様々な人の経験から得られる知見を受容する社会であって欲しいと願いますし、受容の過程と先にはより豊かな社会の姿があると信じています」と未来への希望を語った。

佐々木加奈子さん|東北大学情報科学研究科

「コロナ禍をチャンスと捉え、誰もが活躍できる場を増やすことにつなげていきたい」

佐々木さんの研究テーマは、コミュニティデザイン。対面では認識できない病や精神疾患の患者など「語りづらさ」を抱えた人たちが、語ることによってより前向きに社会生活を営めるよう、自由に自己表現できる「場」を生み出すことを目指している。

自身も大きな病を抱えていたことがあるという佐々木さん。「自分が感じたことも研究に活かしながら、多くの患者さんの声を聞き、患者さんへの深い理解やイメージの改善を提案していきたい。そして、患者の皆さんが社会への一歩を踏み出すきっかけを作りたいと思っています。また、どんな境遇でも諦めずに研究を続ける姿勢を私自身が持ち続けることで、次の研究者たちにも希望を与えられれば」と抱負を語った。

今後の社会に期待することについては、次のように話す。「コロナ禍で様々な価値観が一変し、研究者の業績=論文の数ではなく、いろいろな形で成果を発揮できる場が増えるのではないかと思っています。これをチャンスと捉え、子育て中の女性でも対等に力を発揮できる場を増やすことにつなげていきたいです。」

下田麻里子さん|早稲田大学文学研究科

「どんな生き方の選択をしても研究は続けられるということを積極的に伝えていきたい」

下田さんは、15世紀~17世紀のカンボジアの都市構造や遺跡の研究を行っている。研究成果に乏しいこの時期の国家構造を解明し、東南アジアの近代史の解釈を改めることで、現在の東南アジア地域の複雑な社会情勢を見直すアプローチにつなげたい考えだ。

「研究者として、文化財の保護を行うことも自身の使命だと思う」と下田さんは言う。カンボジアに赴き、文化財保護を担う人材育成のため、現地の小中学生を対象とした社会科見学などの活動も行っており、「子育てを通じて、子どもたちとの接し方、興味の持たせ方を学べたこともあり、文化財教育を行ううえで大きな強みになっている」と話してくれた。

「自分が好きなことに打ち込み、常に新しいことを探求している姿を見せることは、子どもたちにも良い影響を与える大切なことだと思っています」と下田さん。今後の目標については、「どんな生き方の選択をしても研究は続けられるということを自ら積極的に伝えていきたいです。多様なバックグラウンドを持った人が研究の世界で活躍することこそ、研究成果をより社会に広く還元できる鍵になると思っています」と語った。

土屋裕子さん|立教大学法学部兼任講師

「子育てを通じて、様々な価値観に触れる機会に恵まれました」

「近年、AIが導入されるなど、医療技術が目まぐるしく進歩していますが、技術的に可能なことが倫理的にはどこまで許されるのかを問うことが、私の研究の意義です」

こう話すのは、生命倫理分野の研究を行う土屋さん。技術と共生しながらも、豊かで人間らしい人生を送れる社会の実現への貢献を目指している。

「子どもと接していると、自分が当然と思っていることに対して『なんで?』と聞かれることがあります。これまで何の疑問もなく受け入れてきたことについて、改めて妥当性を問うという、研究者として非常に重要な姿勢を思い出させてもらいました」と話す。

「世の中に存在する様々な価値観を理解し、研究に反映することが、特に人文・社会科学の分野では不可欠だと考えています。多様な価値観があってこそ、既存の価値観を打ち破る斬新な考えが生まれ、学問が進展すると思うからです。研究生活の中では同じような価値観の人と接することがほとんどでしたが、子育てを通じて、広く社会とつながり、様々な価値観に触れる機会にも恵まれました」とも付け加え、子育てを経験した研究者が活躍できる社会への希望をのぞかせた。

寺澤優さん|立命館大学衣笠総合研究機構

「遥か先の未来までを考慮し、責任を持って行動すべきだと考えるように」

戦前の日本における性風俗産業についての研究を行う寺澤さん。当時の思想や社会情勢を読み解き、現代にはないような性規範を明らかにすることで、近現代の日本における性差別や性産業の問題解決に向けた新たなアプローチを模索している。

「妊娠・出産・育児の経験をしたことで、戦前に求められた女性像や、社会進出のために奮闘してきた女性活動家たちの気持ちが理解できるようになった」と寺澤さん。性売買についてだけではなく、生殖や女性の労働史などにも目を向け、幅広い研究視野を持てるようになったと話す。

子育てを経験した女性研究者の活躍について聞いたところ「社会を良くするために過去の歴史から学ぶことが、歴史研究の一つの意義だと思っています。しかし、より良い“現代社会”をつくることだけを優先して“未来”を犠牲にしてしまっては意味がありません。自分の子どもたちが生きていく30年、40年より先の未来までを考慮し、責任を持って行動すべきだと考えるようになったのは、育児を経験したからこそです。男女問わず、育児経験のある人が研究領域で活躍することは、学問の発展にもつながるはずです」と語った。

中村恵理さん|慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科/独立行政法人国際協力機構(JICA)

「研究成果の今まで以上の活用に向けて、実務と研究の架け橋となる存在を目指す」

「社会的、政治的な課題として扱われることの多い難民ですが、実は近年、彼らの存在が経済にプラスの効果を生み出すことを示した研究成果も出てきています。難民の経済活動に焦点を当てた研究を行うことで、難民を取り巻く環境を少しでも変えるきっかけになればと思っています」

そう話すのは、独立行政法人国際協力機構(JICA)で紛争地域の復興支援にも携わってきた経歴を持つ中村さん。

時には、子どもと長期間離れてフィールドに向かわざるを得ないこともあり、「本当にここまでしてやる価値があるものなのか」と常に葛藤があると話す。しかし今回、本賞を受賞したことで、「子育てをしながらでも研究や実務を続けていることは間違っていなかったのだと背中を押していただいた」と笑顔を見せた。

中村さんは、将来的にはJICAでの現場の実務に戻ることを希望している。「実務の世界で得られる知見や情報と、研究の世界で得られる知識、それぞれを相互に還元することは、研究成果を今まで以上に活用し、社会課題を解決に導くことにもつながるはずです」と話し、実務と研究の世界の架け橋となる存在を目指すと熱く語ってくれた。

望月美希さん|独立行政法人日本学術振興会特別研究員PD

「女性が働きやすい研究環境を整えることにも貢献したい」

望月さんの研究テーマは、東日本大震災による被災者の生活復興と支援。復興過程における被災者の心の問題に着目し、それに対する支援と支援者が抱える課題を明らかにすることで、今後の被災者ケアの在り方を提案することを目的としている。

研究の対象地域が東北地方沿岸部ということもあり、以前は地域の人口の多くを占める高齢の被災者と支援が主なテーマであったという望月さん。自身が母親になったことで、社会にいる様々な立場の人の生活に関心を持つようになり、研究の幅が広がったという。

望月さんは、「自分が困っていることを遠慮せずに伝えていくことも大事だと思う」と話す。「現状では、子育てか研究かという二者択一を迫られる場面もあるのが正直なところです。でも、本来子育ては女性だけが頑張るものではないはずです。女性だけがキャリアを諦めることのないよう制度を充実させ、さらには男性研究者にとっても子育てしやすい環境をつくっていくためにも、私はどんどん声を挙げていきたいと思っています」

今後のビジョンについては、研究者として社会に貢献することはもちろん、「大学の専任教員に就き、女性が働きやすい研究環境を整えることにも貢献したい」とも話してくれた。

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