昨年来、私たちは新型コロナウイルスに直面し、様々な価値の転換が迫られている。今ある資産をどう生かして、時代に合ったソリューションを生み出すのか…。

従来のものを新しくして最適化していく“リデザイン”。今となっては当たり前になっている、電子メールも「伝える」という目的は1つだが、手紙、電話、メール、チャットと時代ごとにリデザインされ変貌を遂げてきた。

住宅も「住む」という目的は変わらないものの、その形は時代とともにリデザインされている。

生活上のさまざまな変化をもたらす “リデザイン”の本質とは何か?を追求するようなトークセッションが東京六本木で開かれた。

そのヒントになりそうなのがUR都市機構が進める「団地の未来プロジェクト」。これは、アートディレクターの佐藤可士和氏と建築家の隈研吾氏がタッグを組み、神奈川県横浜市の洋光台団地を再生するという一大プロジェクトだ。

同団地の大幅リニューアルを機に2021年3月に国立新美術館で、プロジェクトの主要メンバーによるトークセッション「『団地の未来』トークセッション@佐藤可士和展~『集まって住むパワー』による新しい豊かさとは~」が開催された。

登壇したのは、プロジェクトディレクター・佐藤可士和氏、プロジェクトのディレクターアーキテクト・隈研吾氏、アドバイザー会議のアドバイザー・大月敏雄氏、ブックディレクターの幅允孝氏、UR都市機構理事長・中島正弘氏(以下、敬称略)。

この5人のトークから見えてきたのは、“当たり前とされてきた団地の概念”を徹底的に捉え直し、“今”のアイデアを注ぎ込む「リデザイン」という考え方だった。

「集まって住むパワー」を強みにした社会課題への挑戦

昭和40年代、神奈川県横浜市磯子区ではニュータウン開発が始まり、野山だった洋光台エリアは約1万1千世帯が住む街に発展した。その世帯の3割をも占めたのが、洋光台団地の住民。当時はファミリー世帯が多く入居し、賑わいを見せていた。

しかし団地開発から半世紀が経ち、建物の老朽化と住人の高齢化により、地域の中心となっていたコミュニティが衰退する事態へと陥る。これは団地住民だけではなく、地域全体の課題、ひいては日本社会全体の課題でもあった。

中島:こういった社会課題解決に取り組むことこそがUR都市機構のミッションです。団地を核にした地域再生を図るために、建築家の隈研吾さんにご協力を依頼し、2011年から議論の場を設け検討を始めました。

UR 都市機構 理事長 中島 正弘氏

隈:日本の「団地」のような公共の集合住宅というのは、実は世界では非常に珍しいものです。日本では古い建物をメンテナンスしながらきれいに維持しているものも多く、これは文化的な価値がある。今後、それを現代的のかたちに再生させることができれば、いつか世界遺産にもなるのではないかと思ったんです。そしてそれを社会に届けないと意味がない。それには、デザインと社会とを結ぶ才能が必要になると思い、佐藤可士和さんに声を掛けました。

ディレクターアーキテクト/建築家 隈 研吾氏

佐藤:隈さんの話を聞くうちに、「集まって住むパワー」をコンセプトに再生していけるのではないかというイメージが湧いてきました。集まらないとできないことを一生懸命見つけていって、たくさんの人が集まって住むことを価値化していく。この社会課題解決への挑戦をクリエーティブの力でお手伝いできたらうれしいなと思い、お引き受けしました。

プロジェクトディレクター/クリエイティブディレクター 佐藤 可士和氏

洋光台エリアに点在する3つの団地を再生するという大規模なプロジェクトは、時代にそぐわなくなった部分を見つめ直し再定義することから始まった。佐藤氏が採用したのは、話し合いを関係者にとどめず、外部の幅広い人材を呼び込む形。

佐藤:違った価値観が混ざり合い、刺激し合わないとイノベーションは起きないものです。 2015年からは、各界の方々をゲストにお迎えして様々なご意見やアイデアをいただく「TALKING」というオープンイノベーション方式の検討会を開きました。

再生を成功させるためには、固定観念を多角的な視点で見直す必要がある。「TALKING」では、次の世代にとって一番大事なこととは何かという話を出発点に、団地にフィットする新しいソリューションを模索した。「TALKING」では様々なリデザインのアイデアが生まれ、それらのアイデアは徐々に形となっていく。

「住まうだけの場所」から「集い交流する空間を備えた場所」へとリデザイン

プロジェクトの本格化を前に、佐藤氏によってシンボルロゴが作られた。未来に向けて団地をリデザインしていくというプロジェクトの方向性を示したロゴは、様々なアクションの道標となっていく。

佐藤:プロジェクトの方向性を皆で共有するために、団地の「団」をモチーフにプロジェクトのシンボルロゴを作りました。〇(まる)がアイデア。そのアイデアを一つずつ+(プラス)していこうという意味が込められています。角を丸くすることで、既存の枠組みにとらわれない軟らかな着想と、そこから創造される新たな可能性を表現しました。

団地の未来プロジェクト ロゴ

ロゴの意図を具現化するかのように、団地は「住まうだけの場所」から「集い交流する空間を備えた場所」へとリデザインされ変化を遂げていく。

街の入口でもある駅前の洋光台中央広場は、隈氏のプランニングにより縁側に見立てた空間へとリニューアルされ、家族連れや若い人たちのくつろぐ姿が見られるようになった。住棟2階に沿うように作られたデッキは、1階の人の流れを呼び込み賑わいを見せている。

洋光台中央広場

大月:2階の住戸を改修し、お店やコミュニティスペースを入れたことで、2階が街へと変化しましたね。お店やコミュニティスペースにはデッキから出入りできるようになっている。「住戸だった空間を街に参加させる」という新しいデザインが団地に施されました。

東京大学大学院工学系研究科建築学専攻教授 大月 敏雄氏

僕ね、団地内の一角に不動産屋を設けて、URの物件に限らず地域全体の物件を扱うような店ができればいいなと思っているんです。「この街へようこそ」という感じで、地元の不動産屋と提携しながらできたら、来街者を地域に誘うような機能が団地に出てくるんじゃないかと思うんですよ。

団地が持つゆとりのある空間を資源に、広場に街としての機能をプラスすることで人の交流が生まれた。現在、季節ごとのイベントが開かれたり、マルシェが開かれたりして、団地住民だけではなく近隣地域の住民が集まる場となった。今後も広場は“街”としての様々な活用が期待できそうだ。

「シェア」「クラウド」を導入した生活のリデザイン

洋光台団地の住戸スペースは50㎡前後と決して広くはない。プロジェクトでは、「シェア」「クラウド」という発想を取り入れ、住民が共有できる物やスペースのアイデアを募った。そのアイデアを具現化したのが「団地のライブラリー」。洋光台北団地に作られた「団地のライブラリー」は、一般のライブラリーの概念からは離れたものだった。

幅:パブリックな場所にも住民の居場所を作りたいというプランを聞いて、団地全体をライブラリーと捉え直して考えてみました。本を借りて読むという行為を室内で完結させず、本を外に持ち出して楽しんでもらってはどうか……。そしてできたのが「団地のライブラリー」です。ライブラリーに並べられたバスケットの中には、3冊の本のほかにラグマットが入っています。バスケットを持ち出してもらい、団地内の芝生の広場などにラグマットを敷けば、本の世界に浸ることができます。

ブックディレクター / 有限会社 BACH(バッハ)代表 幅 允孝氏

これまでライブラリーの価値は蔵書数が多いこととされてきた。しかし「団地のライブラリー」では、「偶然出会った一冊の本が心に刺ささって日常に作用することに価値を置いて選書している」と幅氏は語る。今では天気のいい日に屋外広場にラグマットを広げ、本を読んでいる人の姿が見られるようになった。

団地のライブラリー

そのほか、団地住民で傘の共有をしてはどうかという佐藤氏のアイデアも出ている。「シェア」「クラウド」の発想で、生活を快適にする可能性が広がりそうだ。

団地を起点とした未来のコミュニティ形成

最後に、当プロジェクトの経験を経た今、未来の社会をどう思い描いているかをそれぞれが語った。

佐藤:このプロジェクトをモデルケースに、団地を通して社会の未来を考えていけるような広がりができたら最高ですね。プロジェクトという“場”にたくさんの人が参加して、皆で知恵を出し合い新しい社会を作るかたちがプロトタイプになったらうれしいなと思いながら引き続き進めていきます。

隈:これからの時代に、団地は大きな可能性を持っている気がしています。たとえば今、資本主義の形は大きく変わらなければならないと叫ばれている。新型コロナウイルスの影響を受けてその声は強まり、公益資本主義の考え方が提唱され始めたんです。「会社は株主のため以上に社会に対して奉仕しなくてはならない」と聞くと共感はしますが、それが実際にはどういうものなのかが見えにくい。でも団地って、そういう新しい社会像を見せてくれる場所だと思うんです。洋光台団地をきっかけに、社会の大きな変化が起きればこれからの時代の救いになると思います。

幅: 現在、本の捉えられ方が変わってきています。情報は溢れているものの、何が本当で何が嘘かが分かりにくい。本は、“責任の所在のはっきりしているメディア”だと、改めて認識された。そして本は、流れてくるものを受動的に見続けるコンテンツと異なり、コンテンツに接する時間を自発的に牛耳れる良さもある。

本の特長と、団地が描く新しい社会像が結びついたときに、今までとは違う可能性が生まれるのではないかと思いました。

大月:このプロジェクトは10年近く続いています。期間としては長いですが、目に見えているものだけではなく、団地にかかわる多くの人間関係を耕している。そこからまた自発的にいろいろな芽が出てくると思うと、改めて、すごくいいプロジェクトだなと感じています。

中島:UR都市機構が管理する団地は、現在日本全国に72万戸です。団地は高度成長期、日本の最先端の住まいであり、人々の新しいライフスタイルを提示するものでした。団地を軸にしたこの新しい地域再生を、社会課題解決の策として国内外に発信できればと思います。

「団地の未来プロジェクト」で実施された団地のリデザインは、新しい住まい方や地域の在り方を示すものだった。そして、これからも団地は、社会をけん引する時代に沿った取り組みをすることになるだろう。

文・大野晴香(Playce)