コロナ禍で入国制限が続く地球では、国境を越える移動が非常に難しくなり、いわゆる海外旅行が「夢の海外旅行」へと成り戻ってしまった。一方で、科学は進歩を止めていない。海外旅行を飛び越して今、宇宙旅行への可能性が現実味を帯びてきている。小説や映画の世界であった「宇宙」が身近になる日が近づいているのだろうか。
宇宙開発のシンボルだった「スペースシャトル」は民間へ
1981年に最初の打ち上げ成功を果たしたアメリカのスペースシャトルは、宇宙開発の象徴的存在であった。夢を乗せて発射されるロケットの姿に、当時は日本でも大人から子どもまでが釘付けになったことだろう。
しかし、それから30年が経った2011年、スペースシャトル計画は公式に終了していた。巨額の費用が政府の財政にのしかかっていることと、人びとの印象に深く刻み込まれてしまった過去の事故の記憶から、安全性への懸念をぬぐいきれなかったことが原因とみられている。
これまでの宇宙開発といえば、NASA(アメリカ航空宇宙局)や日本のJAXA(宇宙航空研究開発機構)のように、国家規模での事業であったが、スペースシャトルの退役にともない、民間企業の進出、商業化が一気に進んだ。
さらにNASAは2019年にISS(国際宇宙ステーション)を民間に開放する商業利用方針を発表、その勢いは加速度をつけている。
主な民間企業の宇宙への着手は、2000年にAmazonのジェフ・ベゾス氏がBlue Originを、2002年にTeslaのイーロン・マスク氏がSpace X、そして、2004年にはVirginのサー・リチャード・ブランソン氏がVirgin Galacticを立ち上げ、宇宙へ向かうロケットの開発を進めている。この顔ぶれを見ても、莫大な資金が必要であることは想像できる。
世界初の民間宇宙ステーション誕生へ
宇宙産業への民間進出はこうしたロケット開発だけにとどまらない。このところ注目を集めているのが、ヒューストンを拠点とする民間の宇宙開発企業Axiom Spaceだ。
国際宇宙ステーション(ISS)の民間開放にともない、NASAが世界初の商用宇宙ステーションモジュールの建設を委託した同社は、今年2月にシリーズB資金調達で1億3000万ドルを調達した。
これにより、初の民間宇宙ステーションモジュールAxiom StationのISSへの取りつけが、一気に実現すると見られている。
ISSのプログラム・マネジャーとして10年の経験があるマイケル・サッフレンディーニ氏が、2016年に共同創立したAxiom Space社。
開発中のAxiom Stationは、地球の400km上空を時速約2万8000km(秒速8km)で旋回するISSに接続、商業研究施設と居住スペースを提供し、微小重力実験や宇宙環境下での試験研究施設と、宇宙飛行士の居住空間となる予定だ。
現存のISSはAxiom Stationがドッキングしたのち退役するとされていて、このAxiom Spaceが今後、地球低軌道における独立した商業活動と宇宙活動の拠点になると意欲を見せている。
初の民間クルー出発
Axiom Stationへの第一歩として、Axiom Space社は今年1月、ISSへと飛行する初の民間人クルー4人を発表した。
元宇宙飛行士の同社副社長をはじめ、起業家や投資家、慈善活動家4名が約8日間、ISSのアメリカ・セグメントで科学研究や慈善活動を行う。出発予定は来年1月以降、宇宙船は1席あたりの費用が5500万ドル(約58億円)のSpace X社のクルードラゴンを予定している。
「これから数回にわたってミッションを遂行する当社のクルーの第一陣。かぎりなく広がる宇宙における人類の未来の幕開けとなり、彼らが無事に地球に戻って来た時、世界に意義ある変化をもたらす」とサッフレンディーニ氏は語っている。
Axiom Stationはその後、2024年に打ち上げ、ISSに接続の計画だ。
このAxiom Station、現在発表されている乗務員用居住スペースのデザインは、フランスのデザイナー、フィリップ・スタルクを起用。卵からインスピレーションを得た構造で、巣にいるような快適さに「ふるさと地球」がなににも遮られることなく眺められる窓がついている。
同社、デザイナー共に詳細を明かしてはいないが、クッションで覆われ、数百の変色するLEDライトで照らされた窓のある部屋は、飛行機のファーストクラスと、高級ホテルの客室との中間のような、ユニークでこれまでにないラグジュアリー感を漂わせている。
着々と進む宇宙ツーリズムへの準備
新しい宇宙ステーションの居住スペースが垣間見えたところで、一般人の我々にも宇宙旅行がにわかに近づいてきた感がある。ただ宇宙旅行、とひとくくりに言ってもその形は様々だ。
3日かけて月へ行き、裏側を通って地球に戻るまで3日間、というものから、地上を離れて1時間後に宇宙に到着し、4分間の無重力体験をしたらすぐに戻って来る合計2時間の旅、8時間半かけて国際宇宙ステーションへと赴き、数日滞在してまた地球に戻る旅まで、行先も期間も様々。
日本では、クラブツーリズムを通じて、ヴァージン・ギャラクティカ社が運航する6人乗り大型宇宙船「スペースシップ2」による往復2時間の宇宙旅行(高度100km)を、1人25万ドル(約2700万円)で予約手続きを受けつけていた(現在はクラブツーリズム、ヴァージン・ギャラクティカ両社ともに受付中断中)。
機内のデザインや、アンダーアーマー社が担当した世界初の民間人用宇宙スーツも公開されており、技術面での安全性の確保と商業化の推進が待たれている。
また、宿泊予約のオンライン予約サービスHotels.comでは、世界初の「宇宙宿泊」予約サイトをオープン。惑星と同じ名前(ヴィーナス(金星)など)の会員に向けて、宇宙のホテルで使用できる250ドル(約2万7000円)分のバウチャーをプレゼントするキャンペーンを展開した。もちろんこれは冗談で、宇宙のホテルの開業前は「地球のホテルで使える」と注釈つきだ。
さらに同サイトは、宇宙スーツ・バスローブや月面歩行用ブーツ型スリッパ、銀河系ルームサービス、流星ミニバー、無重力酸素プールとプールバーなど架空のホテルサービスを公開。AIコンシェルジェや光速エレベーターなどといった非接触型のロビーでのサービスは、5つ星ならぬ「5つ惑星」クラス、と空想の世界を展開し盛り上がりを見せている。
国際宇宙ステーションの大事な資金源
宇宙ステーションの商業利用、と聞くとピンと来ないかもしれないが、例えば、「宇宙を旅した米や酵母から造った日本酒」もその一つ。
ヒルトン系列のホテル・ダブルツリーは、オリジナルレシピのチョコチップクッキーをISSで焼いてもらい、宇宙初の「お菓子作り」と銘打っているほか、2001年にはすでにピザハットがピザを貨物で輸送し、宇宙飛行士へデリバリーした実績もある。
最近では、化粧品会社エスティ―ローダーが昨年9月美容液をISSへと輸送。地球が窓の向こうに浮かぶ、宇宙船内で宇宙飛行士による写真撮影並びにビデオ撮影を、1時間あたり1万7500ドル(約190万円)で契約し、広告使用を計画。
美容液の輸送量は別、公務員同様に宇宙飛行士の広告出演は禁止、NASAが承認という言葉の使用禁止、広告はテレビや看板広告ではなくSNSにかぎることなどの条件であったが、インパクトは十分だ。
また、今春地球に戻って来る予定の美容液のボトルを競売入札することで、慈善事業に寄付をしたいと話している。
このような商業活動は現在、NASAの新たな規定「宇宙活動のうち5%までを商業やマーケティング目的に使用してよい」としたことによるもので、これを斡旋する代理店も登場している。企業から支払われる巨額の契約料は、年間40億ドル(約4300億円)にもなるとみられ、ISSでの実験室運営コスト負担を大きく軽減させているのも事実だ。
なおモルガンスタンレー銀行の推定によると、2020年の宇宙ビジネス市場価格は3500億ドル(約38兆円)で、このままのペースで成長を続けると2040年までに1兆ドル(約108兆円)へと膨らむとしている。
映画撮影の予定も?
NASAはまた昨年、俳優トム・クルーズ氏と協力しISSでの映画撮影の話を進めていると発表。宇宙への次世代のエンジニアや科学者にNASAへの興味を持ってもらうため、インパクトのあるメディアが必要であり絶好の機会、と話している。
トム・クルーズ氏は映画監督と共に、今年10月にSpace X社のクルードラゴンに乗船予定で、撮影予定の映画は『ミッション・インポッシブル』ではない、とだけ発表されているが、トム・クルーズのスケジュールや、クルードラゴンの有人飛行における安全性などの問題があり、すぐには動きがないとの見方も大きい。
宇宙での暮らしの可能性
では、宇宙への移住は果たして実現可能なのであろうか。イーロン・マスク氏は火星移住を目指しているが、その道のりは厳しいと言われている。
まず火星までの距離が最短でも約8000万キロになること。また無事にたどり着いても火星の大気は非常に薄く、さらには有毒な空気、致死量に至る放射線が降り注ぐ過酷な環境が待ち受けている。ここで資源の開発をし、空気、水、食料を確保することは至難の業と指摘する科学者も多い。
知的生命体が存在していた、火星人がいる、などという伝説は残念ながら科学の進歩によって「かぎりなくありえない話」へと変わりつつあるのも現実だ。
一方で、ジェフ・ベゾス氏は2018年に月への移住計画を発表している。同社が開発している月面着陸機Blue Moonで移動し、将来、100年後かも知れないが、人類は地球から移住せざるをえない環境ーー天変地異やパンデミックなどーーに陥る日が来るとしている。
2024年までに宇宙飛行士を送り込む計画を基盤に、月での可能性を見いだし、人類の居住空間から産業までを確立させて移住を実現させる予定だ。
月の場合、火星と異なり観光はそれほど過酷でないこと、資源の存在が確認されていることなどが希望の柱となっている。
次世代へ希望をつなぐ
科学の進歩のおかげで宇宙の謎も次々と明かされ、惑星の素顔が見えてくるようになる中で、これまで人びとが夢見てきたプロジェクトが本当に「夢」のままで終わってしまう可能性も高まってきているのは残念だ。
それでも、人体の細胞を培養する実験、金属同士の合金作成実験、ワインの熟成実験や植物のライフサイクル実験など、人類が今後も生きていくために有益な研究活動を、宇宙の特殊な環境下で継続する必要があり、次世代へ夢と希望をつないでいくことが大切とされている。
宇宙旅行や宇宙への移住は、「いつ可能なのか?」という疑問は「本当に可能なのか?」に変わりつつあるが、宇宙旅行だけに目を向ければ、その可能性はもう目の前だ。
あとは、潤沢な資金と出発前の訓練に耐えうる体力を用意して、その日に備えてみるのもまた、夢があっていいかもしれない。
文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit)
参考
https://www.morganstanley.com/ideas/investing-in-space
http://www.collectspace.com/news/news-060719a-nasa-commercial-activities-space-station.html
https://edition.cnn.com/2020/09/08/tech/spacex-mars-profit-scn/index.html