今だからこそ考える、巨大災害へのリスクヘッジ。家族を守る“経済的備え”とは

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東日本大震災の発生から、10年を迎えた。

宮城、岩手、福島の3県を中心に1万5,899人のいのちが失われ、いまも2,525人の行方がわからないままだ(2021年3月9日時点の警察庁発表 )。

東日本全域を襲った地震と津波では、人々のいのちだけでなく、多くの住宅や家財も失われた。この経験から日本ではこの10年、巨大地震にどう備えるかについて、膨大な議論が重ねられてきた。

巨大地震に直面したとき、一人ひとりがどう向き合い、自分自身や家族、子どもたちのいのちと財産をどう守るか。2021年3月2日、オンラインセミナー「巨大地震に備える~東日本大震災から10年~」(主催:日本損害保険協会)が開かれ、4人の有識者が、災害への備えをテーマに議論を交わした。

これからの備えのカギとなるのは、被災住宅を含む生活再建への負担を最小化する、経済的な備えとしての地震保険の存在だ。

宮城教育大学特任教授として防災教育に取り組む武田真一氏、内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(普及啓発・連携担当)として防災の普及啓発を担当する中尾晃史氏、
乳幼児のママ向けの防災講座「防災ママカフェ®」を主宰するかもんまゆ氏、日本損害保険協会会長の広瀬伸一氏の4人が登壇した。

さらに俳優の中尾明慶さん、仲里依紗さん夫妻も、生活者の視点で議論に加わったオンラインセミナーをレポートする。

未来の地域といのちを見つめ直す

東日本大震災から10年を目前にした2021年2月13日、福島、宮城両県で最大震度6強の地震が発生し、死者・負傷者が出た。

地震が頻発する日本の現実があらためて思い起こされる事態に対して、今回のセミナーでは登壇者たちから、過去の大地震に学び、一人ひとりが備えることの大切さを強調する声が相次いだ。


武田 真一氏(宮城教育大学 特任教授)

武田氏「当時、2万人もの犠牲者が出たことに強い衝撃を受けました。その後悔と反省をもとに、震災の伝承や防災の啓発を目的とし、記者が住民とともに被災経験や教訓を語り合う『むすび塾』というワークショップを全国で開催し、その取り組みはいまなお続いています。

現在は宮城教育大学の『311いのちを守る教育研修機構』特任教授として自分のいのちを自分で守れる子ども、隣り合う人とともに生き抜く力を身に着けた子どもを育てるための教員、教育、学校のあり方を探っています。

こういった活動を通して痛感するのは、東日本大震災を過去の出来事として振り返るのではなく、未来のいのちを救い、未来の地域づくりを考える土台として生かすという視点の大切さです」


中尾 晃史氏{ 内閣府政策統括官(防災担当)付参事官(普及啓発・連携担当)}

中尾氏「内閣府では防災意識を高め、防災活動を普及し、『災害の教訓を国民で共有するムーブメントをつくっていく』ことを国の立場から進めています。
今後30年以内にマグニチュード8~9クラスの地震が7~8割の確率で起こると予測されているため、災害は必ず起こるものとして共存していく考え方が必要になってきます。

公助では、地震が起きても生活空間ができるだけ危険にならないような整備、密集市街地の解消や建物の耐震性の確保などのほか、国の交付金や補助金、税制などで支援をしています。

しかし、公助だけでは予防が十分だとは言えません。国民一人ひとりによる家具固定や備蓄等の『自助』、各地域での助け合いの『共助』が重要。防災を自分ごと化に向けた普及啓発活動を進めています。

被災後、住宅が全半壊した場合、最大300万円の被災者生活再建支援金などの制度があり、再建は難しく、災害に備えた地震保険や共済への加入促進が重要であるということが確認されています」

日本は多くの災害と隣り合わせている。災害と共存するにはどうすべきかを強く意識し、国や自治体が提供する「公助」、地域の人たちが支え合う「共助」、それぞれが災害に備える「自助」の複眼的な視点が求められる。

自助を支えるツール「地震保険」

幼い子を育てている人たちは、大災害が発生した時、どのように避難し、避難生活をどのように乗り越えればいいのだろうか。


かもん まゆ氏(一般社団法人スマートサプライビジョン特別講師、防災ママカフェ®主宰)

かもん氏「乳幼児のママ向けの防災講座『防災ママカフェ®』を主宰していて、これまでに全国300カ所以上、2万人を超えるママたちに参加していただいています。

今ではこういった活動を行なっていますが、私も10年前の東日本大震災までは防災意識が低く、大きな地震が来ても誰かがどうにかしてくれると思っていた一人でした。しかし、東日本大震災発生を機に、『防災』への意識をあらためたのです。

被災したママたちから『大切な人を亡くして初めてわかるのでは遅い』『早く全国のママたちに伝えてほしい。今ならまだ未来は変えられる』という声があがったことをきっかけに、『ママのための防災ブック』を制作し、防災の大切さを伝えています。

『防災ママカフェ®』は、難しい防災用語は使わず『ママ語』で話す講座です。講座では、東北や熊本のママたちの実際の声を届けることで、『小さないのちを守るために、私がやらないと!』というママの覚悟を醸成しています」

自身が経験していない災害を、実感をもってイメージすることは難しい。報道だけでは知ることのできない、似た立場で被災した人たちの「生の声」に触れること、かもん氏のようにそれを届けていくことが防災への近道になるのだろう。

防災と並んで重要になってくるのは、被災した際の対応だ。その一つに中尾晃史氏から語られた国としての公助があるが、自助の手段である「保険」の存在も重要となる。


広瀬 伸一氏(一般社団法人日本損害保険協会 会長)

広瀬氏「損保協会では、2021年で東日本大震災から10年を迎える今年度は、『今年、もう一度見直す年に。』をキャッチコピーとして、地震保険(※)について、より知っていただけるよう、広報活動を展開しています。
(※)地震保険については日本損害保険協会の地震保険特設サイトから詳細を確認できる

地震10秒診断』では、30年以内の巨大地震の発生確率や、水道や電気といったライフラインの復旧に要する日数が算出できます。スマホからでも簡単に診断ができるため、ご自身のお住まいの地域に地震が起きた後の生活について、よりリアルにイメージして地震への備えを自分ごととして考えてもらうきっかけとし、防災意識の向上に貢献できればと思っています。

東日本大震災の発災後、自助の一つの手段として地震保険の普及啓発をさらに強化してきました。その結果、付帯率(※)は2010年度の48.1%から、2019年度には66.7%までアップしています。
(※)付帯率:ある年度に契約された火災保険(住宅物件)のうち、地震保険が付帯されている割合

損保業界の重要な役割は、被災された方々の生活再建のために迅速に保険金をお届けすることです。東日本大震災時もこの役割をまっとうするため、1軒1軒の被害を確認するのではなく、業界共同で航空写真などを活用した被害確認によって、損害確認の速度向上、お客様への保険金請求に関するわかりやすいご案内などに尽力しました。

震災後3カ月で約1兆円、現在では約1兆3千億円の保険金をお届けし、被災された皆様の生活再建の一助になれたのではないかと考えています。

また東日本大震災の経験を踏まえ、政府・財務省とともに地震保険制度を改定し、損害区分を3区分(全損、半損、一部損)から4区分(全損、大半損、小半損、一部損)へと細分化できたことにより、今まで以上に損害の実態に照らし合わせた保険金の支払いを実現し、お客様の“いざ”というときにお役に立てるよう尽力しています」

被災経験がない人にとって、地震保険の重要さを実感することは、簡単ではないかもしれない。しかし、東日本大震災時の保険金の支払額を目にしたとき、その存在の大きさに気づかされる。

保険は「いざ」という時に必要な備えだ。しかし、その「いざ」が来てしまってからでは遅い。実感するためにはまずは地震リスクを知ることだ。

連携とつながりの輪を広げる

有識者の議論が進む中、俳優の中尾明慶さん、仲里依紗さん夫妻も登場した。子育て中の2人も加わったパネルディスカッションで、かもん氏は、地域のつながりで防災力を高める取り組みや、平時から子どもたちと地震について話し合うことの大切さを語った。

中尾明慶さん「これまでのお話を聞いていて、東日本大震災が起こってから3カ月後には、1兆円もの地震保険金が被災者の方たちの生活再建のために支払われたスピード感やオンラインでも震災の伝承に触れられる機会があることにも驚きました。


中尾 明慶氏(俳優)

家族を守るために、震災の教訓に向き合い、実践していきたいとあらためて考えさせられましたね」

仲里依紗さん「地震保険が被災者の役に立つよう、見直されていることを初めて知りました。


仲 里依紗氏(女優)

私も『地震10秒診断』をやってみたのですが、自分の住む地域がこんなにリスクが高いということにも驚きましたね。電気・ガス・水道が使えるようになるまでにかかる日数などが表示されることで、自身がもし被災した際にはどういった状況になるかのイメージもわきました」

広瀬氏「自然災害に1人で対応するには限界があります。近所にお住まいの方、地域の方々と力を合わせて、みんなで災害に立ち向かっていくことが必要です。今回お二人にお伝えできたように、連携やつながりの輪を広げていくべく、今後も損保業界一丸となって啓発に努めたいと思っています」

かもん氏「連携とつながりの輪を広げていくことが重要だと思います。家庭でもママの意識や行動が変わると、子どもたちも家族も変わります。

しかし、ママたちだけでは有事に子どもを守れないので、地域や行政と平時から繋がっていることも重要な備えの一つなんです」

仲里依紗さん「一人のママとして、防災ママカフェにすごく興味あるのですが、子どもには地震のことを教えてもいいのでしょうか?変に怖がらせたくないと思っているのですが」

かもん氏「どう伝えたらいいか、悩みますよね。実は熊本地震が起こる10日前に福岡で防災ママカフェ®を開催したのですが、春休みでたくさんの子どもたちが参加していました。そこでは地球内部の構造をゆで卵に例え、どうして地震が起きるのかも説明するのですが、聞いていた子は、熊本地震の時、必要以上に怖がりませんでした。

自然は小さい子に対しても容赦してくれません。何も教えない方が怖い思いをするように思います。

地震10秒診断』など、損保協会のホームページには年齢に合わせ、親子で分かりやすく学べるツールが沢山あるので、ぜひ試してほしいですね」

広瀬氏も話すように、自然災害に1人で対応するには限界がある。近所や地域との連携することが、つながりの輪を広げ、みんなで災害に立ち向かうことが重要。

パネルディスカッションでは、被災した際、どれだけの費用が必要になるのかにも議論が及んだ。

実際、生活再建の柱である住宅に関してはどの程度の再建費用がかかるのだろうか。

視聴者へのリアルタイムアンケートを通して東日本大震災で全壊した住宅の平均再建費用を尋ねたところ、次のような結果となり、多くの視聴者が生活再建に対して莫大な費用がかかるということを認識していることがわかった。

・約2500万円:66%
・約2000万円:29%
・約1500万円:5%

中尾氏 「東日本大震災で全壊した住宅の再建費用は、平均すると約2,500万円かかっています。それ以外にも家具や家電などの家財、引越費用などにもかなりのお金がかかります。

一方で、被災者生活再建支援金の公的支援と義援金は合計しても平均約400万円という状況です。つまり、単純計算しても約2,100万円が足りないということになります」

生活再建に必要な費用は、公的支援と義援金だけではまかなえない。セミナーで語られてきたように、家具の固定や備蓄を怠らないこと。できる限りの知識の獲得や連携の輪を広げていくこと。さらに、金銭的なリスクヘッジのため、地震保険という選択肢を視野に入れておくことで、実際に被災してしまった時の家財や金銭的な状況には大きな差が出てくる。

地震保険での備えを

議論を通じて、登壇者たちが強調したのは、震災から10年をきっかけに、それぞれの被災の体験や地震への備えをあらためて見つめ直すことの重要さだ。

広瀬氏によれば、過去に大地震が起きた地域では、地震保険に加入している人の割合が高くなり、反対に、大地震が起きていない地域では低くなる傾向があるという。

しかし、2016年4月の熊本地震は、大地震の発生確率が1%未満と予測されていた地域で甚大な被害が出た。首都直下型地震を含め、いつでも、どこでも大地震が発生しうるのが日本列島の現実だ。

武田氏「地震や津波だけでなく、豪雨災害が相次ぎ、この情報と科学が発達した日本で、毎年のように百人、数十人といった単位で犠牲者が発生する事態が繰り返されています。

震災も含めて、被災者の方々が語られるのは『自分がこんな目に遭うとは思わなかった』『備えていればよかった』という後悔です。この意識が変わらないと、防災の呼びかけはいつまでもうわべだけに終わってしまいます。

実際に被災しなかったとしても、一時的に地域経済は大きく落ち込み、その結果給与が下がってしまうような可能性は大いにあります。

ならば地震保険も含め、有事に当面の暮らしを乗り切れるぐらいの備えをしておかなくてはなりません」

中尾氏「避難や備蓄、家具の固定、保険加入など、平時からやるべきことはすでにわかっています。問題は、わかっているのにできないのはなぜか、ということです。

これは『正常性バイアス』というもので、災害が起こるのは分かるが、まあ自分は大丈夫だろうと思ってしまう心の動きなんです。

重要なのは自分が防災に取り組むことは、大切な人を守り、また安心させるためであり、さらに郷土が失われず末永く続くためだと考えることです」

この「正常性バイアス」の話にはギクリとさせられた読者もいるのではないか。

こうした機会に、自身の未来を守ることに考えを巡らせることが必要になってくる。

では、個人としてどう、災害に備えていくか。かもん氏は、災害を防ぐ「防災」よりも災害に備える「備災」というキーワードを紹介した。

かもん氏「『備災』には順番が大事なんです。防災=リュックと想像してしまう人が多いのですが、そうではなく、防災は自分と大切な人のいのちを守ること。まずやるべきことは、敵=巨大地震を知ることです。津波は来るのか、来るなら何分で来るのか。地域でどんなことが起こるのか、ハザードマップを参考に調べておきましょう。

次に、家族はどれだけその敵と戦う力があるのか、無いのか。そのギャップを埋めるためにどんな武器=防災グッズが必要かを考え、準備をする、という順番です。

ママたちからは『地震保険に入っておいて本当に良かった』という声も聞いています。子どもに判断できない経済的備えは、きちんとパパ・ママが考えて、選択しておかなければいけません」

広瀬氏「地震はいつどこで起こるかわかりません。だからこそ、地域の立地や地盤、過去の地震発生状況などの地震リスクを認識し、経済的な備えとして事前に地震保険に加入できるという選択肢を用意しています。

地震保険は火災保険とセットで加入いただくもので、地震による火災は火災保険ではカバーされず、地震保険でのみカバーされます。付帯率の最も高い地域は宮城県の87%、最も低いのは長崎県の52%と大きな差があります。しかし、熊本のように地震の発生確率が1%未満と言われていても地震は起こります。起きてからでは遅いのです。

災害からいのちを守ることと同時に、災害後の生活のことも考える必要があります。経済的な備えである地震保険について、メモリアルである今年、もう一度見直していただければと思います」

これからの災害に備えて

10年が過ぎ、多くの人の中で、震災の記憶は薄れつつあったのではないだろうか。しかし、2月に被災地を再び襲った強い余震は、震災がまだ終わっていないことを強く印象づけた。

自らの被災の体験を時々、思い出すこと。被災地の人々の話に耳を傾け、それを周囲に伝えていくこと。子どもたちと地震について話すこと――。

そして、普段は考えが及びづらいかもしれないが、家財や家屋の復旧にかかる経済的な負担を最小化する地震保険に入っておくことも大きな備えになる。

自宅の火災保険に、地震保険もセットして契約されているだろうか。まずは、自分自身の備えを再確認することからはじめたい。

写真:示野 友樹

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