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第15回出生動向基本調査/国立社会保障・人口問題研究所(2015年)のデータによると、約5.5組に1組のカップルが不妊の検査や治療を受けたことがあると示され、想像以上に多くの人々が不妊と向き合っている。昨年発足した菅内閣は、2年後をめどに不妊治療を保険適用対象にする方針を明言。経済的な理由から高度な不妊治療を断念していた人たちが、救われる可能性が広がっている。しかし、問題は経済面だけではなく、同時に治療に専念しやすい環境づくりも考えねばならない。
不妊治療へのサポートをはじめ、様々な制度により社員が働きやすい環境づくりを推進している企業では、具体的にどんな取り組みを行っているのか——。
今回、オタフクホールディングス株式会社※人事部部長の島原由里子氏、そして、オムロン株式会社グローバル人財総務本部ダイバーシティ推進課長の上村千絵氏(以下敬称略)の2名に、それぞれの企業の制度や、制度導入のメリット、そして今後の課題について伺った。
※オタフクホールディングス(株)はオタフクソース(株)の統括管理をしています。
多様なキャリアプランを描ける制度づくり
——不妊治療に関連する制度や取り組みについてお聞かせください。
上村:当社(オムロン)の制度は2つあります。1つめは『休職制度』です。有給休暇も利用できますが、それだけでは足りない人や長期的な治療を受ける場合に、通算365日以内の範囲で、1ヵ月以上1日単位で取得できるというものです。分割して取得することができるので、無給ではありますが、実際に制度を利用した社員からは、「必要なタイミングに必要な日数を取得することができたので助かった」という声を聴いております。
2つめは、不妊治療の『補助金制度』です。不妊治療にかかる医療費を2年間、最大20万円まで補助するというものです。女性社員からの申請が多いのだと想定していたのですが、男女の社員構成比率の割合に比例し、男性社員からの申請が多くあります。配偶者にも適応されることも理由にあると思いますが、不妊治療は女性だけのものではなく、男性も向き合っているものであることが挙げられると思います。この制度は複数回申請することができますので、2005年の制度導入後、これまでに延べ1000人以上の申請者数がありました。
多くの制度は上長の承認を経る必要がありますが、この『補助金制度』は直接共済会へ申請することができ、プライバシーへ配慮しています。
他にも、不妊治療のためにできた制度ではありませんが、『短日勤務制度』や『時間有給休暇制度』などさまざまな制度を設けて、それぞれの社員が状況に合わせて選択することができるようにしています。
島原:上村さんのお話を聞いていて、素晴らしいサポート体制だなと思いました。当グループ(オタフクソース)では、不妊治療に特化した仕組みは設けていないのですが、不妊治療をしたい方も利用できる『退職者再雇用制度』があります。育児や介護、傷病、不妊治療といった理由で離職した場合、4年以内であれば再び正社員として戻れる制度です。もともとは子育て支援のために開始しましたが、今では制度利用の条件を広げています。
現在の制度は、社員のワークライフバランスを考えたものへとシフトしてきており、特に『1時間単位で取得できる有給休暇』は、不妊治療をしている社員が最も活用している制度です。また、当グループは転勤型ですが勤務地を限定できる『地域限定制度』もあります。また不妊治療のため、勤務地はもちろんのこと部署移動が難しい方にも、配慮をしています。
2019年からは時差勤務とテレワークを導入しており、これも不妊治療をする方から「使いやすい」という声が上がっております。社員の働きやすさ向上のため、幅広い切り口で取り組んでいます。
——制度を導入したのはいつからですか? そして背景はどのようなものだったのでしょうか?
上村:2つの制度は2005年からスタートしました。それまでの人事制度の見直しと合わせ、働きやすさや仕事と家庭の両立支援策を検討してゆく中でスタートしたものになります。女性に限らず、すべての社員が力を発揮できる環境を整えようということで始まったものです。
島原:オムロンさんと同じく、私たちも2005年からスタートしました。当時、政府が少子化対策として推進していた『新エンゼルプラン』の後押しもあり、『オタフクエンゼルプラン』の名で子育て支援策を打ち立てました。子育てと仕事を両立できる一方で、子育てに専念したいという選択肢を用意するため、2016年に『再雇用制度』を導入しました。ですが実際はほとんどの方が仕事を継続し、あまり利用実績がありませんでした。その後、不妊治療のために退職を考えるという方からの相談があり、『再雇用制度』に不妊治療を加えました。
約5.5組に1組のカップルが不妊治療と向き合っているとするデータがあるものの、センシティブな話ですので、不妊治療についてオープンにされていない方が多いという印象はありませんか?
上村:そうですよね。今お話しにありましたように個人的な話でもありますので、会社が制度を整備しても、社員の中で話題に上がることは少ないように思います。でも制度が定着してくると相談も増え、実際に制度を利用した社員からは「将来のライフプランニングが希望をもって描ける」等の声も寄せられています。
——入社時に説明する以外には、どのような方法で制度を周知していますか?
島原:年に1回、社内制度を見直す機会があります。制度の改定がある場合は、まずは人事部から管理職の方へ具体的に説明する機会を設けています。次に、人事部が全国の拠点をまわり、全社員に向けて説明会を開きます。また、月に1回発行している社内報では、ご家族も一緒に見ていただけるように、実際の声など社員目線の記事を載せて制度の存在を広めているところです。
上村:私たちもなるべく社員目線で周知し、利用しやすいように努めています。『仕事と家庭の両立支援ガイドブック』という冊子を作成して配布し、社内イントラネットへも掲載しています。このように様々な方法で周知することで、社員が自分に必要な制度を選択して利用し能力の発揮につなげていってもらいたいと考えています。
制度導入に対する課題と現状
——制度が利用される際、仕事の引継ぎや体制のサポートはスムーズに行えている印象はありますか?
島原:サポートする側も苦労している現実はあると思っております。社員は様々な制度の導入に理解を示してくれていますが、実際に利用する社員が増えると、どうしても利用していない社員に負担がかかるということも起こってしまい、取得に際し、お互いに遠慮がある状況が生まれてしまっていたと思います。でもそこから、制度を利用できる対象者を広げたり、例えばプライベートの充実のために有給を積極的に活用するように推進することで、状況は変わってきました。
数年前までは、有給は病気などやむを得ないときに取得するもの、という文化がありました。それを「もっと自由に取得していい」と周知したことにより、それまで半数ぐらいであった取得率が、現在は81%に上っています。今は、不妊治療や子育てをしている方々だけではなく、全体的にお互いがサポートしようという機運になってきているなと感じます。そして付け加えますと、どこでも仕事ができる環境づくりも大事ですよね。
上村:確かに、そうですね。
島原:制度と制度を利用しやすい風土、そしてIT環境の活用も大事だと思います。人それぞれ仕事の役割が異なりますので、自分の仕事をどんなカタチで果たすのかは、もう少し個人の自由でもいいのではと個人的に感じているところです。会社側はそこを考え、投資していくことが必要なのではないでしょうか。
上村:当社(オムロン)では、制度の導入に際しては特に障壁はありませんでしたが、休職制度を利用されるときは各職場において業務の調整が必要になります。今は自分がサポートする側であっても、逆にサポートされる側になることもある話ですので、誰もが制度を利用しやすい“風土づくり”も同時に重要だと考えています。
新型コロナウイルスの影響で在宅勤務が進み、島原さんがおっしゃったように、IT環境を活用したテレワークが当たり前になってきている今、働き方に対する意識が大きく変わってきています。社員それぞれが自らの役割を考えて、自発的に取り組んでいかなければなりません。働く社員のマインドも変わりつつあると感じています。
——今後、導入を考えている制度や、取り組みたいことはありますか?
島原:『フレックスタイム制』の導入を検討しています。時差勤務やテレワークを実施しているのですが、さらに社員が自主的に決められるようにしたいです。また、キャリアを具体的に描き、選択していける環境を整えたいと思っています。これらは不妊治療だけの話ではなく、長い人生の中で、仕事やライフイベントへのウエイトのかけ方は人それぞれ異なると思いますので、自分のキャリアを含めたライフプランを長期的に考えてもらい、会社と一緒にそれを築ける関係になれれば嬉しいです。
上村:社員が能力を発揮できるように、会社としてはどのような制度を設けていくべきか?を常に考えています。もちろん、取りやすい制度設計やわかりやすい伝え方も、人事部側として心がけていかなければならない部分です。社員からの相談が増えてくる中で、そこから取り組むべき新たな課題が見えてくることもあります。オタフクソースさんの制度にもありました時間単位での有給休暇は当社(オムロン)でも実施しており、実際に社員の声からできた制度です。
社員のニーズに柔軟に対応していくことが企業側の努力として必要だなと考えていますが、すべての要望を受け入れられるわけではありません。まずは社員の声に耳を傾けることが大切です。耳を傾けることで声を上げた社員も「まずは話して良かった」と思えるはずですし、社員が悩んでいることをどのようにすれば解決できるのか、支援できるのかを一緒に考えていく姿勢を見せていくことが大事だと考えています。
誰もが柔軟に働き、個性や能力を発揮できる社会のために
——様々な制度を導入するには企業の努力と成長が必須だと思います。リスクを抱えながらも導入するメリットはどこにありますか?
島原:会社のビジョンを達成できるのは社員です。その中で、いかに社員が活き活きと働ける環境をつくれるかが企業努力として不可欠だと思います。そして、上村さんがおっしゃっていたように社員の声を聞くことが大切で、同時に、どうしたらそれを叶えられるのか“社員の知恵をもらう”ようにしています。
オタフクソースは、生産と営業では環境が大きく異なりますので、制度の活用も現場ごとに工夫してくれています。その知恵は、会社全体の業務改善や生産性の向上につながり、好循環が生まれています。
そして、昔のように男性がフルコミットで働いて女性が専業主婦、という社会ではなくなってきています。男性も女性も柔軟に働く——。不可逆的にそういう環境になってゆくものだと思っています。
上村:島原さんのお話を聞いて、そのとおりだなと思います。当社(オムロン)は企業理念に『われわれの働きで われわれの生活を向上し よりよい社会をつくりましょう』を掲げ、事業を通じて、社会的課題を解決してゆくことをミッションとしています。社員が活躍できる環境を整えることで、そのミッションを成し遂げることができるという考えのもと、“ダイバーシティ&インクルージョン”を進めています。当社で働く多様な社員それぞれが個性や能力を存分に発揮し、多様なキャリアを形成しながら活躍できる組織を目指しています。
今回の不妊治療をサポートする制度は、私たちが大切にしている企業理念を実践するために導入した制度の一つです。これからも社員の声に寄り添い、どのような制度設計をしてゆくのがふさわしいのかを考え続けていくことが大切だと、今日のこの取材を通じて再確認しました。
今回ご縁をいただいたので、オタフクソースさんと今後も情報共有していけたら嬉しいです。
島原:こちらこそ、ぜひよろしくお願いいたします。
文:安海まりこ
■YELLOW SPHERE PROJECT/YSP
妊娠を希望してもなかなか叶わないという“社会課題”に対し、製品やサービス提供にとどまらず、妊活や不妊治療をする人々を支援し応援するプロジェクトです。目指すところは、より多くの人に適切な情報を伝えて、サポートの輪を広げ、人々の充実した暮らしという未来をつくることへの貢献です。新しい命を宿す為の努力を、皆が応援する社会へ。それが、YELLOW SPHERE PROJECTの先にある未来です。
https://www.merckgroup.com/jp-ja/yellow-sphere-project.html
メルクについて
Merck(メルク)はヘルスケア、ライフサイエンス、パフォーマンスマテリアルズの分野における世界有数のサイエンスとテクノロジーの企業です。約57,000人の従業員が、人々の暮らしをより良くすることを目標に、より楽しく持続可能な生活の方法を生み出すことに力を注いでいます。ゲノム編集技術を進展させることから治療が困難を極める疾患に独自の治療法を発見すること、また各種デバイスのスマート化まで、メルクはあらゆる分野に取り組んでいます。2019年には66カ国で162億ユーロの売上高を計上しました。
メルクのテクノロジーと科学の進歩において鍵となるのは、サイエンスへのあくなき探求心と企業家精神です。それはメルクが1668年の創業以来、成長を続けてきた理由でもあります。創業家が今でも、上場企業であるメルクの株式の過半数を所有しています。メルクの名称およびブランドのグローバルな権利は、メルクが保有しています。唯一の例外は米国とカナダで、両国では、ヘルスケア事業ではEMDセローノ、ライフサイエンス事業ではミリポアシグマ、パフォーマンスマテリアルズ事業ではEMDパフォーマンスマテリアルズとして事業を行っています。
メルクバイオファーマ株式会社について
メルクバイオファーマ株式会社は「メルク ヘルスケア・ビジネス」(本社:ドイツ・ダルムシュタット)における、バイオ医薬品事業部門の日本法人です。2007年10月1日にメルクセローノ株式会社として発足し、がん、腫瘍免疫および不妊治療領域を重点領域としています。
メルクバイオファーマ株式会社の会社概要については下記をご覧ください。
https://www.merckgroup.com/jp-ja/company/merckbiopharma.html