はじめに

2021年度中の打上げを目指し、現在和歌山県串本町で新たなロケット打上げ射場の建設が行われています。本州最南端の町であり、広大な太平洋に面し、東と南には大きく開けた海を臨む立地になっています。

この串本町のようにロケットの射場は海に面した場所が多く、ロケットの打上げ写真では頻繁に“海”が登場していることを皆さんはご存知ですか?

写真奥に見えるのが海(図1:Falcon9打上げの様子) Credit : SpaceX
写真右下に見えるのが海(図2:H-Ⅱロケット 打上げの様子) Credit : JAXA

言われてみると確かにと思うかもしれません。実際に日本の射場の1つ種子島宇宙センターは綺麗な“海”に囲まれ、世界一美しい発射場と言われることもあります。

では、
・どうしてロケットの発射場は海沿いにあることが多いのでしょうか?
・そしてそもそも打上げ射場とはどんな場所に作ることができるのでしょうか?

今回の記事では、ロケット打上げ射場の“位置と条件”に着目して解説していきたいと思います。

ロケットの打上げ射場の条件

ロケットの打上げ射場はどこにでも作ることができるのでしょうか?
和歌山県の串本町にてロケット射場の建設が行われていますが、なぜこの場所が選ばれたのでしょかうか?
実は打上げ射場の位置には安全やロケットの運搬能力の観点から、主に以下のような条件があるとされています。

条件①東及び南北いずれかにひらけている
条件②低緯度地域
条件③他産業と干渉しない
(条件④天気が安定している)

それぞれ理由も含め見ていきましょう。

条件①東及び南北いずれかにひらけている

この条件は「地球の自転を利用するため」「打上げた方角に人家や他国をさけ安全を確保するため」という2つの理由からです。

打上げを見るとロケットは宇宙に向かってまっすぐ上に飛んでいるようにも見えますが、実際は下図のように横向きにも加速し、あらかじめ決められた経路を飛んでいきます。

図3:H2-B打上げ―シーケンス Credit : JAXA

そしてこの経路に応じて、打上げ方は大きく2つに分けることができます。

①東向き打上げ:静止衛星やそれ以遠の宇宙探査等で実施。
※地球の自転を利用し加速するために東向き打上げる(図4)。

図4:H-ⅡA 13号機の飛行経路(東向き打上げ) Credit : JAXA

②南(北)向き打上げ:地球観測等で実施。地球全体を周るよう南北いずれか(日本では南向き)に打上げる(図5)。

図5:H-ⅡA 8号機の飛行経路(南向き打上げ) Credit : JAXA

またこれらの経路に関しては、落下物が人家等に危害を加えないよう安全を確保する必要があり、このことは国内及び国際的にも求められています。国内ではJAXAが落下物の落下範囲を予測し(図6)、そのうえで安全が確保される経路を設計したうえで打上げが行われています。

図6:ロケット落下物の落下予想区域 Credit : JAXA

海外でも同様のことが行われており、この条件のためロケット打上げ射場は海に面し、かつ東か南北が海になっていることが多いということになります。打上げ時の写真に頻繁に“海”が映っていたのは安全管理の一環であったということもできるわけです。

条件②低緯度地域

この条件は「地球の自転を利用するため」「軌道投入時の軌道修正の量を少なくするため」という2つの理由からです。

低緯度の地点の方が移動速度が大きくなる

地球は自転しており、緯度が低くなるほど地表での速度は速くなります。そのため低緯度から打上げることで、自転の力を利用しロケットの燃料を節約することができます。

また静止軌道など低緯度の軌道に乗せる場合、打上げ後に軌道を修正する必要があり、初めから低緯度で打上げることで、軌道の修正にかかる燃料を節約することができます。

ちなみに、地表の移動速度を単純比較すると、種子島のある緯度約30°では時速約1500km、最も速い赤道上では時速約1700kmであり、時速約200kmの差が出ることになります。

これが日本で南に打上げ射場が多い理由です。新射場に本州最南端の地が選ばれたのもこうした理由も含まれるのでないでしょうか。

一方で、条件①で上げた南側打上げの場合、人工衛星によっては地球の自転をあまり利用しない軌道を選ぶこともあり、こういった場合は高緯度の自転速度のゆっくりな場所の方が有利となることもあります。

この辺りは少し専門的なので詳しく知りたい人は次の記事を読んでみてください。

【参考】
なぜ種子島や内之浦で打ち上げるのですか?

条件③他産業と干渉しない

これは条件①にも関連する内容であり、打上げ時は安全対策を講じる必要があるため、周辺地域、特に漁業や航空機と干渉しないよう留意する必要があります。
日本では、漁業関係者との調整が昔から行われており、地元の方々の協力のもと打上げを行っています。

条件④天気

補足的な条件になりますが、ロケットの打上げでは天候も非常に重要です。天候が原因で打上げ延期となることも珍しくありません。そこで比較的天候の安定している地域が射場として選ばれやすくなります。

以上、大きくは3つ、補足的条件を合わせて4つの条件を紹介しました。

ロケットは宇宙まで荷物を運ぶことが仕事であり、一度にたくさんの荷物を打上げられると効率よく荷物を運ぶことができます。地球の自転をうまく利用することで燃料を少なくすませ、その分多くの荷物を運ぶことでよりたくさんの荷物を打上げることができるようになる、というわけです。今回紹介した条件はロケットの打上げ難易度にも関わってくるため、射場の位置は宇宙開発における非常に大きな要因になっています。

世界のロケット打上げ射場

では上述した3つの条件「①東及び南北いずれかにひらけている」「②低緯度地域」「③他産業と干渉しない」を念頭に置きながら、各国の主な打上げ場を見ていきましょう。

日本

あらためて日本の解説です。日本列島はアジア大陸の東に位置し海に囲まれています。漁業との兼ね合いもありますが、地理的に東と南に大きく開けた海を持っており、打上げに有利な場所と言えます。比較的低緯度な鹿児島県の種子島や内之浦にJAXAの打上げ射場はあります。民間では北海道大樹町や、上述の本州最南端和歌山県串本町などがあります。

アメリカ

アメリカは打上げる方向によって射場を使い分けています。東向きの場合、アポロやスペースシャトルなども打上げたフロリダのケネディ宇宙センターを利用し、南向きに打上げる場合はバンデンバーグ空軍基地の射場を用います。それぞれ東に開けた場所と南に開けた場所とで特徴がはっきりしているのが地図からも読み取れます。打上げたい目的とその方向にそれぞれ特化した打上げ射場を用意しているパターンになります。

ヨーロッパ

国境線が複雑でかつ東側に大きな海を持たないヨーロッパは、かつてアフリカや南米、オーストラリアなど他の地域に射場を作る場合が多くありました。

現在は主にESAとして共同で打上げを実施しており、打上げは南米ギアナのフランス領内にあるギアナ宇宙センターで行っています。東と北に開け緯度5°という低緯度に位置しているギアナ宇宙センターは非常に打上げに優れた立地にあり、大型の打上げ射場としては最も有利な場所にあると言われています。 陸上ではこの上無しの立地ですね!

ロシア

ロシアの射場は世界初の人工衛星「スプートニク」も打上げたバイコヌール宇宙基地です。打上げに適した海岸線を持たないロシアでは、広大な土地を利用して内陸部から打上げています。ソ連時代に建設されたバイコヌール基地は、現在カザフスタンから借受ける形になっており、近年ではロシア国内に新設したボストチヌイ宇宙基地に拠点を移す計画が進められています。

イスラエル

最後は数少ない西向き打上げを行っているイスラエルです。東側には中東各国もあるため、唯一開けている西の地中海側に向けて打上げています。地球の自転を利用することができないため、ロケットとしてはかなり不利な打上げを強いられていることになります。

以上、世界の主な打上げ射場になります。射場の地理的条件はロケットの打上げ能力にも大きく影響するため、射場に適した領土を持っているかは宇宙開発における大きな要因の1つになっているとも言えます。その点日本は比較的恵まれた環境にあると言えますね!

盛り上がる小型ロケット市場と射場

大樹町、串本を例に挙げましたが、すでに海外では以下のような小型ロケットを打ち上げられる射場があります。

RocketLab(ニュージーランド)

小型衛星で商用打ち上げの実績もあるRocket Labの射場はニュージーランドのマヒア半島にあるOnenui Station射場であり、南と東に開けた打上げのしやすい立地になります。南緯約40°付近(北緯で見ると秋田ぐらい)と比較的高緯度に位置しますが、これは小型ロケットが輸送する小型衛星は地球観測用など、南北に打上げる場合が(一般的な大型ロケットと比較して)多いという、小型ロケット射場ならではの事情を考慮した結果なのかもしれません。

Astra(アラスカ)

2020年頃から急激に知名度を上げてきたAstra社の射場はアメリカアラスカ州コディアックになります。北緯約60°という高緯度に位置しており、また東にはカナダやアメリカがあることから、南向きの打上を主に行っていくと考えられます。

スコットランド

Orbex社等が打上げ射場として計画しているのがイギリス スコットランドのサザーランド宇宙港になります。ここはイギリスが自国内に打上げ射場を建設するべく計画が進められており、年間12回の打上げが承認されています。また、ここでは海外のロケット企業が打上げを実施できるような仕組みを整えようとしており、国際的な射場シェアリングの舞台になるかもしれません。

その他の打上げ方式

上述の通りロケットの射場は地理的条件に大きく作用されます。そこでより柔軟な打上げができるようにと様々な打上げ方式が考えられていますので、一部紹介したいと思います。

①洋上発射
②空中発射

①洋上発射

洋上発射とは、文字通り海の上から打上げようという考え方で、石油採掘プラットフォームなどを改造した固定式と、移動式があります。固定式ではイタリア初の人工衛星「サンマルコ1号」を打上げた、ケニア沖のルイージブログリオ宇宙センター(サンマルコプラットフォーム)などがあります(図8)。

図8:固定式洋上打上げ場 サンマルコプラットフォーム Credit : NASA

移動式は領土に左右されず、広大な海を利用した自由度の高い打上げが可能であり、現ロシアS7グループ傘下のSea Launch社などが行っています。図9の打上げ台は、洋上プラントのようにも見えますが、れっきとした船であり移動することができます。

図9:SeaLounchの打上げプラットフォーム「Odyssey」 Credit : S7 Space

日本国内にも千葉県沖で打上げ試験を実施したASTROCEAN(アストロオーシャン)社があります。アストロオーシャンは内閣府主催の宇宙ビジネスアイディアコンテスト「S-booster 2018」の最優秀賞を受賞しており、2019年には超小型ロケットの打上げ試験に成功するなど注目が集まっています(図10)。

図10:ASTROCEANの超小型ロケット打上げ試験の様子 Credit : Astrocean press release より

②空中発射

空中発射も文字通り空中からの発射ですが、主に大型気球からの発射と飛行機からの発射の2種類があります。近年打上げに成功しニュースになったのが飛行機からの発射方式であるイギリス Virgin Orbit の LauncherOne になります(図11)。飛行機を用いることで領土に左右されず自由度高く打上げられるほか、飛行機自体の速度を“初速”として利用できるなどのメリットがあります。

図11:Virgin Orbitの空中発射用飛行機「Cosmic girl」と搭載ロケット「LauncherOne」 Credit : Virgin Orbit

また大分県の大分空港がこの Virgin Orbit と LauncherOne の宇宙港(離着陸港)の1つに選定されており、大分県が新たなロケットの発射地になる日が来るかもしれません。

これからのロケット打上げ射場

このようにロケット本体ではなく射場にも、様々な制約とそれに対する工夫と挑戦が隠されていました。今後、人工衛星や小型ロケットの需要拡大に合わせ、打上げ射場も様々な工夫を凝らし、活躍の場を広げていくことになるでしょう。

ビジネス的な側面で言えば射場を観光資源として観光地化することや、射場のシェアリング事業なども考えられています。また現在 SpaceX 社が開発を行っているStarshipとSuper Heavyは火星ミッションのほか、地上間の弾道飛行も計画されており、飛行機の代わりとしてロケットを使う可能性も現実になりつつあります。そうなった時、地理的に打上げに有利な日本は、世界各地と宇宙を結ぶ一大ターミナル国家になる日が来るかもしれません。