「人生100年時代」、世界各地でますます高齢者比率が高まっており、2050年までには、世界全体で60歳以上の人口が20億人に達するとも言われている。
そんな中、世界の各都市では「Age Friendly」をキーワードとする街づくりの取り組みが増えている。
東南アジアの中でも高齢者比率が高いシンガポールでは、数年前からAge Friendlyを掲げた地域づくりプロジェクトが進められ、欧州でも英国マンチェスターの取り組みに注目が集まっている。
さらに、街だけでなく「オフィス」でも、シニアワーカーが働きやすい環境を整える動きが見られつつあるようだ。
グローバルネットワークでつながる世界の「Age Friendly」都市
高齢者にとって暮らしやすい空間づくりは、これまで「住居」という観点からは広く対策が取られてきた。バリアフリー住宅の需要の高まりは多くの人が実感するところだろう。
しかし、急速に進む高齢化で、各都市の住民に占める高齢者の割合が増加している今、高齢者にとって暮らしやすい空間の必要性は「住居」からさらに広がり、「地域」という視点で語られるようになってきている。
高齢者に優しい都市設計が求められるようになっていることを受けて、世界保健機構(WHO)は、「高齢者にやさしい都市とコミュニティのためのグローバルネットワーク」を設立。世界中の都市とコミュニティが学びあう場を提供し、世界で1,000を超える都市が参加している。
シンガポールが取り組む「認知症にやさしい」地域づくり
日本と同様にアジアで急速に高齢化が進んでいるシンガポール。すでに人口の約12%が65歳以上の高齢者となっているこの国で現在進められているのが、「認知症にやさしい」地域づくりだ。
日本でも、2025年には高齢者の5人に1人が認知症になるという推計があるが、高齢化が進む国においては、認知症を持つ人が暮らしやすい街づくりが喫緊の課題となっている。
シンガポールでは、これまでに6つの認知症にやさしいコミュニティがつくられており、銀行、小売店、飲食店といったサービス業の従事者たちに、認知症の人たちへの対応について研修に参加してもらうといった取り組みが行われている。
シンガポールの「Age Friendly」な公営住宅
シンガポールが同時に取り組んでいるのが、自立支援型の公営住宅の提供だ。現在、国家開発省、保健省、住宅開発庁が協力して、同国初の高齢者専用公営集合住宅の建設が進められている。
「コミュニティー・ケア・アパートメント」と名づけられたこの住まいには、転倒しづらい素材の床、手すり、緊急時アラームといった設備が整えられているだけでなく、医療機関、スーパーマーケット、フードコート、緑地といった日常生活に必要な施設がひととおり建物内にそろっている。
入居者は基本的なサービスパッケージに加入し、24時間の緊急監視と対応、交流を促進するための専用プログラムなどのサービスを受けることができる。全員が65歳以上という要件さえ満たせば、単独、配偶者とだけでなく、友人と入居することもできる。
英国マンチェスターが市民とつくる「Age Friendly」な街
欧州でも高齢化に対応した街づくりが進められている。およそ10年前、英国の都市として初めて「高齢者に優しい都市とコミュニティのグローバルネットワーク」に加入したのがマンチェスターだ。
マンチェスターで行われてきた取り組みの一つが「エイジフレンドリー大使」の配置。建築やメディア、産業、デザイン、住宅など様々な分野の専門家が、「Age Friendly」な街づくりのためにアイデアを出し合い、政策に反映させるというものだ。
同様の試みは英国の他の都市でも行われており、市民の視点を反映した「Age Friendly」な街づくりに貢献している。
高齢者自身が広げる文化活動の輪「カルチャーチャンピオン」
マンチェスターで行われている市民参加型の「Age Friendly」な地域づくりには、「カルチャー・チャンピオン」というものもある。
マンチェスターはサッカーだけでなく、音楽や博物館、世界有数の大学図書館といった文化の街としても名高いが、そんな強みを生かした取り組みがこの「カルチャー・チャンピオン」。
高齢者が芸術活動を通じて、地域コミュニティに積極的に関わる機会をつくるというもので、オーケストラ、ミュージアム、シアターなど19の文化機関からなるワーキング・グループによって運営されている。
50歳以上の市民は「カルチャー・チャンピオン」と呼ばれるコーディネーターとなり、マンチェスター市内の高齢者ネットワークやコミュニティに、年間を通じて市内で行われている様々な文化イベントに関する情報提供や参加の促進を行っている。
アジアの「Age Friendly」な地域づくりを先導する秋田市の取り組み
現在では1,000を超える都市が参加しているWHOの「Age Friendly」な都市のネットワークだが、実は2011年、アジアで初めてこのネットワークに加盟したのは秋田市だった。
市職員の庁内勉強会から始まった「Age Friendly」な街づくりの歩み。高齢者に向けた新たなスキルや雇用機会を創出のための民間との協力関係構築、市民における世代間ソーシャルネットワークの構築、高齢者のための交通ネットワーク「コインバス事業」、歩行補助具の無料提供、待合室のスティックホルダーなどを備えた多世代専用の市役所など、数多くの事業の実施へとつながり、海外でも先行事例として報道されるようになっている。
「Age Friendly」な環境づくりはオフィスにも
働き続ける高齢者が増えている今、住居、街に続いて、「Age Friendly」な環境づくりはオフィスにも求められている。
関節や視力に困難を抱える人も多いシニア層が働き続けられるよう、人間工学に基づいたオフィスチェアや、高さの調整可能なデスク、また強さを調節しやすいライトといった環境整備への関心が高まっている。
また、定年後も高齢者がそれぞれの状況や健康状態にあった形で働き続けられるよう、勤務日数や勤務時間に関して、より柔軟な働き方を取り入れる企業も増えつつあるようだ。
このような取り組みは高齢者だけでなく、より若い世代にも、働きやすさ、就労に関連した健康障害の予防などの面で寄与するのではないだろうか。
WHOの「高齢者にやさしい都市とコミュニティのためのグローバルネットワーク」は、世界各都市の事例を示すことで、高齢化に対応した変化が各国のコミュニティで起こるよう促している。
国、そして地方自治体といった行政の主導はもちろん欠かせないが、同時に住民やNPO、企業といった民間発の草の根プロジェクトにも大きな期待が寄せられている。
韓国ソウルでは、不動産ディベロッパーが高層住宅の建築にあたり、認知症の入居者に対応した屋外スペースを設け、外出を促進するといった試みも成果を挙げているようだ。
自分が暮らす街の住民の少なからぬ割合が高齢者となるであろうこれからの社会。世界各都市で生まれる様々な取り組みは、多くの示唆を与えてくれるだろう。
文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit)