地球温暖化は私たちの生活環境にさまざまな影響を与えるが、海面上昇もそのひとつである。
英国国立海洋学センターによると、地球全体の平均気温が2度上がると、2100年までに海面が90cm上昇するという。今から数十年の間で、海面上昇により消滅するかもしれない島や町は、ひとつやふたつでは済まないだろう。
西アフリカにある、人口2億人を要するアフリカ最大の国・ナイジェリア。ギニア湾に面する湾岸都市ラゴスも、その危機にさらされているひとつである。
ナイジェリア沖の巨大堤防「ラゴスの長城」
ナイジェリア南西部に位置するラゴスは、人口2000万人の巨大都市。かつては首都であったことから産業も盛んで、人口は今も増え続けている。
ラゴスは南側がギニア湾に面しているほか、東側には大きなラグーンを要する「水の都」だ。市内では多数のフェリーが行き来し、市民は日常的な移動手段として水路を利用している。2019年にUberボートが2週間のパイロット運航をして、「市民の足」へ名乗りを上げたことも話題となった。
ラゴス沖の海面上昇は、国にとって喫緊の課題である。政府はベイエリアに立つ住宅地を守るため、10万個のコンクリートブロックを積み上げた巨大な防波堤、「ラゴスの長城」を建設。今も建設中で、完成すると全長8.4kmにもなるという。
しかしラゴスの長城にはコスト面・環境面からの批判も多い。コストが膨大にかかるほか、コンクリート用の砂を近海の底から掘り起こしているため、海底にはクレーターのような巨大な穴がボコボコとあけられているという。町を守るための堤防が、逆に悪影響を及ぼしているという皮肉な現象を起こしている。
ラゴスのスラム地区「マココ」の水上学校建設
一方で、海面上昇問題をポジティブに捉えようという、挑戦的な民間プロジェクトも存在する。それが、世界的な建築会社「NLÉ」による、水上コミュニティプロジェクト「マココ・フローティング・システム」である。
マココ・フローティング・システム(Makoko Floating System、以下MFS)は2011年、ラゴスのマココ地区から始まった。マココ地区はナイジェリア最大の貧困地区で、ラグーンに面していることから水害は深刻、雨季には町中がひどい洪水に見舞われる。住民は高い竹馬に乗ったりカヌーを漕いだりして移動することから、「アフリカのベニス」とも呼ばれている。
NLÉはオランダに拠点を置く建築会社で、世界中の都市開発やコミュニティデザインに携わっている。代表のナイジェリア人建築家Kunlé Adeyemiは「世界の主要都市の80%以上が水辺に位置し、その多くはアジアとアフリカにある」とし、海面上昇や洪水の問題を解決する必要性を訴えている。
2012年、同社はマココ沿岸に、スラムの子どもたちのための水上学校「マココ・フローティング・スクール」を建造した。木造ピラミッド型のデザインで、上部にはソーラーパネルを備えている。
学校はピラミッド型の木造3階構造で、2〜3階部分が教室、1階は植木が配されたプレイグラウンドエリアである。屋根にはソーラーパネルが設置され、太陽光発電が可能。土台部分には貯水タンクがあり、屋根から流れ落ちる雨水を貯めることもできる。教室には自然の風が入り、木造のため熱もこもりにくい。子どもたちは、衛生的で快適な環境で勉強をすることができる。
MFSのプロトタイプとなったこの学校は、2013年にイタリア・ベニスで開催された国際建築展ヴェネチア・ビエンナーレで銀獅子賞を受賞した。
残念ながら、マココ・フローティング・スクールは2016年に暴風雨で破壊されてしまったが、MFSはこの後、世界で展開されていくこととなる。
手動で組み立てられる循環型木造ハウス
MFSの建物は、さまざまな気候・環境下での利用を想定した、スケーラブルな組み立て型水上ハウスである。いずれもピラミッド型で、大きさは小中大の3サイズ。それぞれ1〜3フロアを要し、コテージやロフト、ミーティグルームなど多様な使い方ができる。
サステナブルかつ軽量の循環型素材を採用し、現地で調達できる木材や竹材を使用する。手動で組み立てられるため、「建設」作業には専門知識を持たない現地の人たちでもでき、彼らの雇用にもつながる。小・中型のものなら5名で5〜8日、大型でも10日あれば組み立ては完了する。組み立てに大きな重機は必要なく、簡単な工具と器具があればよし。不要になったら解体して、リサイクルできることも魅力である。
また、建物内にソーラーパネルやバッテリー、バイオトイレ、貯水タンクも設置できるため、オフグリッドなライフライン利用ができる。
現在MFSは、ベルギーのブリュージュ、イタリアのベニス、中国の成都でも導入されている。
ライブホールや録音スタジオを備えた水上音楽施設
NLÉは2020年、アフリカ北西沖に浮かぶ小さな島嶼国カーボベルデに、最新型の音楽施設を備えた「フローティング・ミュージックハブ」を建造した。この施設は、多目的ライブパフォーマンスホールや最新鋭のレコーティングスタジオ、ゲストが飲食できるラウンジバーなどを完備した、3棟のフローティングハウスで構成されている。
フローティング・ミュージックハブは、アメリカCNNに「アフリカで最も期待される建築プロジェクト」に選出され、イノベーティブな建物として注目を集めている。
施設は音楽のみならず、ダンスやアート、ファッションなどのイベントに使うことも視野に入れており、新しいウォーターフロントコミュニティのあり方を提案している。
水と共生するコミュニティづくり
Kunlé Adeyemiは、海面上昇問題に対して「水と戦うのではなく、水と共生することを学ぶべきだ」と見解を述べている。「(ナイジェリアの)マココでは水が暮らしの一部であり、住民は水と共に生きている」とし、マココの生活から「革新的な生活の知恵」を得たという。
暴風雨により破壊されてしまったマココ・フローティング・スクールだが、復活の計画があるという。以前のバージョンを改造し、アップグレードしたモデルで再建設するかもしれないとのこと。他国での経験を生かし、“MFS生誕の地“マココで、再び勇姿を披露する日も近いかもしれない。
文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit)
<参考>
https://www.bbc.com/future/article/20210121-lagos-nigeria-how-africas-largest-city-is-staying-afloat
https://www.reuters.com/article/us-uber-nigeria-idUSKBN1WQ1GB