市場が急拡大する新興国や開発途上国で、新たなビジネスに挑戦するスタートアップ企業が現れている。
日本では人口減少が続くが、多くの途上国で人口増と経済成長が続き、人々の購買力は向上している。
製造業にとって魅力的な製造地というだけでなく、商品やサービスを提供する企業にとっても有望な消費地となりつつある。
一方、いまも途上国では、医療や安全な水、基礎教育へのアクセスなど多くの課題があり、解決を目指す取り組みはビジネスと直結する。
バングラデシュで遠隔診療などに取り組む、東大発医療・AIスタートアップ企業株式会社miup(ミュープ、東京都文京区)は、こうした企業の中で高い注目を集める存在だ。
同社はコニカミノルタ株式会社とともに、独立行政法人国際協力機構(以下、JICA)の「途上国の課題解決型ビジネス(SDGsビジネス)調査」に採択され、安価な遠隔診療の実現に向けた調査を実施している。
さまざまな困難がある中、日本企業が途上国に進出する醍醐味とは。こうした企業が必要とする支援とはなんだろうか。
スタートアップ投資家の有安伸宏氏、miupの共同創業者でCEOを務める酒匂真理氏とJICA民間連携事業部で企業の途上国進出、ビジネス展開に取り組む田中伸一氏が途上国でのビジネスについて語り合った。
スタートアップ企業の力が途上国の社会課題を解決する
現在、世界中で新型コロナウイルス感染症が流行していますが、こうした中、日本のスタートアップやベンチャー企業が、途上国でビジネスの立ち上げを目指す動きには、どんな意義があるのでしょうか。
田中伸一氏:途上国では、さまざまな社会課題がある中で、コロナ禍の拡大によって貧困層を中心としたぜい弱層が、より深刻なダメージを受けています。
また、コロナ禍が長期化するいま、国際社会で2015年に設定し、2030年を目標年としたSDGs(Sustainable Development Goals、持続可能な開発目標)の達成も危ぶまれます。
SDGs達成に直結する途上国の社会課題の解決に向けて、以前は先進国政府や国際機関による援助が中心となって取り組んできましたが、昨今はスタートアップを含む民間企業の技術や発想力を活用した取り組みに対して大きな期待と注目が集まっています。
有安伸宏氏:日本の企業の技術を途上国で生かせる分野は多いと思います。しかし海外視察に出向き、現地の企業と話をすると、とにかく難しい。日本国内でスタートアップを起業するのと比べて、体感で4倍から6倍難しい。
わたしは19歳のころから起業しています。海外も見ていますし、どんなチャンスがあるのかを見るためにアジアやアフリカへ海外視察をしたりもしますが、これは厳しいなと思って帰ってきます。
日本の技術を持っていけば、サービスを提供できるかというと、そう簡単ではありません。一筋縄ではいかないということが、まず大前提です。
一方で、市場としては魅力的です。21世紀、22世紀をロングタームで考えると、伸びること、市場が大きくなるのは間違いなく、スタートアップ企業のポテンシャルはいかんなく発揮できると思っています。スタートアップならではの事業スピードやビジネス創造力、技術などが途上国の社会課題解決につながるのを、これまでいくつもの例を見てきました。
わたしの友人でも、途上国でチャレンジしている起業家は何人もいますが、NGOやNPOの出身だったり、社会的課題の解決に関心があったりする人が多い。反対に、金銭的なモチベーションだけでは、途上国での起業は厳しいなと思います。日本国内での起業よりも大志が必要という認識です。
アメリカのシリコンバレーで30社ほど、東京で70~80社に投資をしていますが、日本のベンチャー、スタートアップのエコシステムはシリコンバレーと比べて未成熟です。多様性という意味でも非常に狭いムラ社会で、みんながほとんど同じ方向を見ているところがあります。
ただ、シリコンバレーでも優秀な人たちが、社会起業家として活躍しているケースはたくさんあります。日本のエコシステムも今よりも大きくなれば、日本でも今後、そういう事例が増えてくるだろうと期待しています。
途上国において、社会的意義もあって、市場の成長が短期的に見込める具体的な領域を挙げるとすれば、教育とヘルスケアだと思っています。そうした分野に目をつけて海外でがんばっている起業家は何人もいます。わたし自身、ベトナムで教育事業を展開している日本人起業家の会社にもシード投資をしています。
酒匂真理氏:途上国で事業を立ち上げるポジティブな面として、2つお話ししたいと思います。
途上国の市場は今後、伸びることは確実です。一方で、日本で10年後も確実に伸びている市場を考えると、本当に限られた市場だけだと思います。途上国の将来性の高さが、魅力だと思っています。
わたしたちが取り組んでいる、医療やバイオといった技術は、日本にはかなり出来上がった(市場・業界内の)仕組みがあって、そこに新しい技術を入れるのは難しい。これに対して、仕組みが出来上がっていない途上国では、新たに進出をして、カエル飛びみたいな形で技術を普及させやすかったり、実証事業ができたりという魅力もあります。
田中氏:これまでのJICAの仕事は、日本と途上国のパブリックセクターや教育機関の間の協力が中心でしたが、途上国の多様で深刻な社会課題の解決に向けては、技術的にも資金的にも限界があります。
他方で、日本企業には、さまざまな技術やノウハウがあり、日本の経済成長や社会発展を支えてきましたが、現状はそれらを今後拡大する途上国市場で活かしきれていないのではないかと考えています。そのギャップを埋めることができれば、途上国にとっても、日本企業にとってもWin-Winとなるだろうなと考えています。
途上国の新しい課題、慢性疾患に取り組む
miupはコニカミノルタとともに、「保健サービスへのアクセス改善のための健康診断ビジネス(SDGsビジネス)調査」をバングラデシュで進めています。どんなプロジェクトですか。
酒匂氏:もともとわたしたちが遠隔医療に取り組んでいたときに、コニカミノルタが、別の助成金の仕組みで、遠隔でX線を使ったリモート読影にバングラデシュで取り組んでいました。わたしたちに医療機器はつくれませんが、コニカミノルタは医療機器をたくさん持っています。いっしょにできれば、対応できる病気も増え、シナジーがあると思って、お声がけをさせていただいたんです。
これまで途上国といえば、感染症が問題とされていましたが、いまは糖尿病や高血圧といった、先進国でも問題になっている慢性疾患を抱えている人がたくさんいます。一方で、慢性疾患に関する知識や、透析の施設などを備えた医療機関は限られ、治療ができる医師もほとんどいません。
従来のアプローチでは、健康診断をやりましょうとなりますが、医療リソースが限られた途上国ではこれもあまり現実的ではありません。
こうした状況に対して、AI(人工知能)、遠隔診療、ポータブルの医療機器といったものを駆使して、どれだけ医療アクセスを整備できるかという課題に取り組んでいます。
調査で気づいたのは、医療に対する関心がすごく高いということです。そもそも慢性疾患なんて知らないのかなと思っていたら、検診並びに遠隔診療にすごく多くの人が来てくれました。
バングラデシュでは、日本のように国民皆保険があるわけではありません。病気になると、それだけで借金をすることになって、田畑を売ることもあります。
多くの人が健康について、すごく心配し、医師への信頼も厚い。お医者さんが言うなら、気をつけようという感じで、食生活を見直してくれるといったことはあります。
本当に問題となる一段階前ぐらいで、ちょっと自覚症状があるぐらいの人にアドバイスをすると、すぐに食生活を見直したり、運動を始めてくれたり。通院の必要がある人に、病院に行くよう促すこともできています。
でも、慢性疾患は、身体のどこかが腫れたり、お腹が痛くなったりするわけではありません。だからこそ、長期的なコントロールは難しいものがあります。まだ薬は必要なく、少し運動をすれば改善できるくらいの人たちは、なかなか動いてくれません。
事業地としてバングラデシュを選んだのはなぜですか。
酒匂氏:会社員を経て起業をしましたが、事業のコンセプトだけはあったので、いろんな国を回りました。起業をしている方や、医療従事者にも話を聞きましたが、バングラデシュは主に3つの条件が揃っていると思いました。
1つ目は、データを使ったビジネスを考えていたので、人口密度が低いと、多くの人のデータを集めるのは難しい。バングラデシュは、人口密度が世界一なので、データ収集の面では好条件です。
2つ目は、ビジネスとして成長させつつ、ソーシャルグッドを目指したかったので、経済的な成長も指標としては大切になります。この点、バングラデシュは近年、高度経済成長が続いてたことです。
3つ目として医療分野では、ほとんどの途上国で規制産業になっていて、外資系は出資できても出資比率が50%未満、30%未満など規制がある国が多い。バングラデシュは、100%外資であっても、医療機関を設立することができます。まずはビジネスモデルを完成させたい思いがあったので、その他の途上国と比べても魅力的でした。
国民皆保険がない国で、どのようにビジネスを成立させていきますか。
酒匂氏:医療保険があったほうが、医療機関はビジネスがやりやすいという前提の質問だと思いますが、国民皆保険制度があるから、日本では医療ベンチャーが広げにくく、海外に出ていったほうがやりやすいという考え方もあります。
日本の医療は、公的保険のカバー範囲が高く、基本的には医療のビジネスは医療・介護保険の適用対象にならないとマネタイズは難しいです。ベンチャー企業が、患者さんのためになる技術を開発したとしても、保険の適用対象になるにはロビー活動など、技術以外のさまざまな要素が必要になり、そこにハードルがあります。
保険の対象になったとしても、次の改定でどう変わるか予測も難しい。サステイナブル(持続的)に技術開発をして経営を継続していくことが、ベンチャー企業には難しいものがあります。
途上国には国民皆保険がないので、患者さんが自費で医療費を全額を支払います。
もちろん収入の違いはありますが、収入の何割を医療費に使うかという割合は、途上国であっても先進国であっても自費計算すれば一定数あるということは世界的にあまり変わりません。
医療保険がない場合、いい医療を提供できれば、患者さんが選んでくれる。サステイナブルな形で、いいサービスを提供するという点では、ベンチャーにも事業を進めやすいところがあります。
miupのように、既存の仕組みを疑うことが、スタートアップのおもしろさだと感じます。
有安氏:日本と海外を比べると、日本はものすごく豊かです。治安もいいし、保険も含めてあらゆるものが整っている。だからこそ、途上国に出ていくとショックを受けるんです。アメリカも医療制度は崩壊しているので、友人たちは衝撃を受けたりしています。こうした分野をゼロベースで考えられるのはスタートアップの醍醐味で、おもしろいところだと思います。
日本で医療系のスタートアップをやろうとすると、ロビー活動に時間とコストをかけ、法制度の改正を待つ時間が必要になってくる。途上国での事業は大変ですが、そうしたことを考えずに、ユーザーファーストでスクラッチから事業をつくれることが、魅力なのかなと思います。
田中氏:コニカミノルタとmiupは、大企業とスタートアップの組み合わせで、バングラデシュの社会課題に直接的に取り組まれていて、ビジネスとの両立が図られている素晴らしい事例です。JICAとしても、ぜひこうした案件に一緒に取り組ませていただき、他の途上国にも広げていきたいと思っています。
バングラデシュは、1億6千万人と人口が多く、高い経済成長率を維持し、マーケットとしては非常に魅力があります。一方で、まだ多くの人が貧困に苦しんでいます。バングラデシュを含む南アジアの国々は人口が多く、貧困層も多いため、地域全体で見ても保健医療のマーケットとしてポテンシャルがあると思います。保健医療分野に限らず、ビジネスの活動を通じて社会の発展にも貢献できる魅力的な地域です。
JICAのような政府系の機関によるスタートアップ支援には、どんな意味がありますか。
酒匂氏:ソーシャルグッドにつながるような取り組みに対して資金を支援していただく、JICAのような仕組みだけでなく、ベンチャーキャピタルからも資金調達をしています。
いまのベンチャーキャピタルの仕組みでは、どれだけ利益をあげられるかが基本的な成長の指標になります。そうなると、どうしてもバングラデシュの貧困層のような、置き去りにされる人たちが置き去りにされたままになってしまう。置き去りにされる人たちを対象に、技術開発をする取り組みに、きちんと価値を見出してくれる、JICAさんの支援制度のように社会への影響を指標として捉えてくれる資金が存在することはありがたいと思います。
有安氏:ベンチャー、スタートアップに関わっている人たちは、わたしを含め、社会課題を解決したいと思っている人がけっこう多い。
経済的な動機が強い投資家も当然いますが、あまりそれを前面に出すと、いいベンチャー企業は来てくれません。
将来的に100倍、1000倍のリターンを出すスタートアップは、利益を出すぞというよりも、社会の歪みを正そうとか、技術による個人のエンパワーメントを強く打ち出すとか、ロングタームで考えている会社が多い。優れた投資家ほど、そのことを理解していると思います。
酒匂氏:ファンドに期限があると、そこが限界なのかなという気がしています。投資家側としては、ファンド期限までにはなんとか利益を出してほしいという希望があります。でも、たとえばファンド期限が先進国基準ですと、途上国の成長のスピードを考えると短すぎることもあります。
最近は、事業会社からの資金調達がいいなと思っています。ファンド期限に追われず、一緒にじっくり新しい事業をつくっていくことができるので、すごくありがたいと思います。
困難はチャンスでもある
miupは、バングラデシュでヘルスケアのビジネスに取り組まれています。途上国での事業の立ち上げは、先進国にはない苦労があろうかと思いますが、どのような困難がありましたか。
酒匂氏:言語やカルチャー、インフラが整っていないところなど、あらゆる面で大変です。
取引先は、お金はちゃんと払ってくれます。そこは結構、きちんとしています。
しかし従業員がいつの間にか会社の物を横流しするなど、すごく気をつけても、お金に関する不正は起こりやすい。新規で雇った人は、そう簡単には信用できません。
それでも、立ち上げ当初から残ってくれている人は、国境を超えて信頼できます。
コロナでバングラデシュもロックダウンをしました。それできつくなって、撤退した外資のスタートアップもありました。
miupはクリニックも展開していたんですが、ロックダウン中は本当に街から人がいなくなります。
万が一コロナの患者がいたらどうしようと考えて、医療機関には人が寄り付かない。わたしたちの事業も売上にマイナスな影響がありました。
やめてしまうという選択もあったのですが、気を取り直して、クリニックを閉鎖して、完全に改装をしてPCR検査専用のラボを立ち上げました。
もともとラボは別のところにあったんですが、バイオハザード対応のラボを整備して、他の医療機関と連携して病床を確保し、コロナ向けの総合的なサービスをはじめました。
言い訳になる事情はたくさんありますから、バングラデシュの事業をやめることは、いつでもできます。それでも続けていれば、応援してくれる人も出てきて、チャンスもすごく増えてきます。
途上国で新しい事業に取り組む企業をJICAとしては、どのように支えているのですか。
田中氏:途上国はビジネスのあり方も行政のあり方も日本とは違います。規制も必要のなさそうな部分で強かったり、逆に必要なところで緩かったりということがあります。
JICAは途上国に数多くの海外協力隊や専門家を派遣していますが、その一方で、途上国の政府やビジネスの関係者等を日本に招いて数週間から数ヶ月の研修を提供したり、日本の大学に留学で来ていただいたりもいます。JICAにはこうした事業を通じて長年築いてきた、途上国の人々との強力なネットワークがあります。
日本企業が現地の人々のために何かできないかというときに、JICAとしては、こうした現地のネットワークや情報を積極的に活用して、日本企業と相手国政府・企業との間を取り持つことも含めて、一緒に取り組ませていただいています。
JICAは90を超える途上国に事務所を設置していて、日本人も現地スタッフもいますので、日本人の視点、現地の人の視点の両面から、現地の人々の習慣や考え方なども含め、アドバイスさせていただくこともできます。
酒匂氏:バングラデシュでは、外資系の会社は目をつけられやすく、クレームをつけられやすい。本当にきちんとしたクレームのときもあれば、単にキックバックのようなお金がほしいなど色々あります。正当に事業を進めているのに、なぜか政府の手続きが動かないということもあります。現地の役所との関係で困ったことがあるとJICAに相談して、打ち合わせに同席していただくだけで、話がすごくスムーズに進みます。
こういった途上国でのJICAへの信用というのが一番の後押しになりました。
JICAのプロジェクトをやっている会社だと採用や提携がしやすくなり、JICAの政府関係者とのコネクションなどを紹介していただいたり、役所の手続きで遅延やトラブルがあったとき、本当に強力な味方となりました。
有安氏:ケニアを訪れたときに、日本人の社長が経営するベンチャー企業8社と会ってきました。みんなが、人的なリスクが高くて大変だと話していましたね。日本と同じようには組織がつくれず、従業員や取引先に裏切られることもある。ベースとしての信頼関係ができていなときに、JICAの紹介という形でコンタクトをすると、だいぶショートカットできるんじゃないかという期待はあります。
お話をうかがっていて、中小企業やベンチャー企業が大企業と組んでビジネスを展開したり、あるいはこうしたJICAのような支援事業制度に手を挙げたらいいのではないかと思いました。JICAの制度の利用は難しいかもしれないといったような心理的なハードルがあるんでしょうか。
酒匂氏:スタートアップ企業の視点からお話しますが、ベンチャー企業がこうした事業を単独で実施するのはすごく大変ですから、大企業といっしょにやるというのはよい選択肢だと思います。
JICAの事業はたとえば5000万円の渡航費や、事業にかかる費用をこちらが先に支払い、後で出してくれるという仕組みです。でも、5000万円を現金ですぐに用意できるスタートアップはほとんどありません。審査の過程で、5000万円を支払う力があるかも査定されます。
わたしたちは、他に助成金もいくつか取っていますが、大変なところは全部やるのでいっしょにやりましょうと大企業にお願いしています。
スタートアップがいきなり業務提携してくださいと言っても、相手にしてもらうのは難しい時もありますが、いっしょに助成金とりませんかという話なら聞いてもらえる可能性も高い。
スタートアップのステージを通り過ぎ、自社で保証できる力のある中小企業はとくにもっと利用されるといいんじゃないかなと思います。
有安氏:大企業の立場で考えると、できて間もないスタートアップ企業との取引は怖いんですよね。
日本の社会は高度に成熟しているので、与信機能が極めて大事だと思います。
JICAの事業を実施しているというだけでも、一定の信用につながるかもしれません。
田中氏:以前は日本の技術は圧倒的に優位がありましたが、途上国を含め各国の技術レベルが急激に上がってきています。他の先進国も、積極的に途上国に進出していることに留意が必要です。
日本の技術の優位性は相対的に低下していますが、それでも引き続き日本には高水準の技術が数多くありますし、そういった技術をビジネスを通じて社会の発展に役立てているということも、途上国に紹介していきたい。そして、途上国の発展、ひいてはSDGsの達成にもつなげていきたいと考えています。まずは、一緒に考えるところからやらせていただきたいと思っています。
JICAは新たな取り組みとして、企業や大学、スタートアップなどが協働する「SHIBUYA QWS(渋谷キューズ)」(※1)とJICAは2020年7月に連携覚書を締結したそうですね。JICAとしてはどのような連携をされていますか。
田中氏:このたび、SHIBUYA QWSと連携させていただくことになったのは、 SHIBUYA QWSさんにおいて、企業の方々とJICAの職員が途上国の社会課題を議論して、その解決のためのプロジェクトをつくっていくといった取り組みをさせていただき、非常に盛り上がったことがきっかけです。それ以降、SHIBUYA QWSで、スタートアップを含む企業同士のネットワーキング等のイベントを定期的に開催させていただいています。社会課題の解決やSDGs達成につながるビジネスの発掘や育成に向けて、一緒に取り組ませていただいています。
酒匂氏:他のスタートアップの人たちと話すことで、いろんな情報交換ができたりもします。わたしが会社を始めたときはすごく孤独だったので、そういう場所ってありがたいなって思います。
起業家のネットワークは強いので、組織づくりなどで困ったことがあれば、だいたい起業家に相談して、解決しています。
有安氏:コロナ以前も今も、「場」があると、知識、ノウハウの伝達が行われやすい。電話で聞いたり、チャットで話したりという形ではなくて、いっしょの場所で仕事をしていると、ほかでは得られない情報が伝わっていくこともあるかと思います。
寂しいというのは、起業家の苦しみとして大きなものがあります。わたしも20代で一人で起業したころは、寂しくて、知り合いの会社にランチを食べに行っていたぐらいです。
コロナ禍が続き、渡航が難しい状況が続いています。それでも途上国に出ていこうという日本企業の動きそのものは止まっていないようにも感じますが、JICAとしてどのように取り組まれていかれますか。
田中氏:コロナ禍で、なかなか現地に行けないという制約があります。現在、企業と実施中の調査・事業については、まず国内でできることは国内で進めていただき、どうしても渡航が必要な部分は、実際に渡航ができるようになってから実施していただくという形で、一つひとつの企業の状況に対応してきました。
いま、「中小企業・SDGsビジネス支援事業」の2020年度の2回目の募集から、これまでと同様に海外に渡航した上で実施する調査の他に、自社の海外のネットワークを使って渡航をせずに調査を進めるという調査も提案いただけるようにしました。現地にビジネスパートナー等がいて、通信技術を駆使する等により、遠隔でもなんとかなるという場合は、そのような提案をしていただけることになります。
実は、コロナ流行後もこの事業に関心をお持ちの企業の数には大きな変化がありません。アフター・コロナを見据えて、新たなビジネス展開を考えている人たちは少なくないのだと思います。
有安氏:コロナはブラックスワンです。統計的に予測できない、スペイン風邪以来の100年に一度の出来事だと思いますが、ベンチャー、スタートアップの業界にいる人間にとっては、まちがいなくゲームチェンジャーです。人の動きも、消費スタイルも変わりますし、価値観もどんどん変わっています。
家庭に目を向けようとか、キャリアは自分でつくらないといけないとか、リモートでも価値が出せるようにがんばろうとか、さまざまなチェンジが起きているので、チャンスと捉えて進んでいくしかないと思います。ほかに、あまり選択肢はないのだと思っています。
※1…SHIBUYA QWSとは、東京の渋谷駅近くにある、様々な専門領域の方々が集い、オープンイノベーションによって新しい価値の創出のために活動する拠点。
有安氏:Go Globalという言葉は、我々のスタートアップ業界でも時折耳にするキーワードですが、言うは易し行うは難しで、本当に難しい。そして、スタートアップ企業の経営において、第三者である外部プレイヤーが価値提供できる局面は、そうそう多くはありません。しかし、日本国内で事業基盤のある企業が海外へ初めて進出する場合など、暗中模索な場面では、JICAの本取り組みはとても心強いものになるのではないでしょうか。本取り組みによって、海外市場へ果敢に挑戦する起業家が一人でも増えることを期待しております。
民間企業の海外展開を後押しする「中小企業・SDGsビジネス支援事業」
この事業は開発途上国の社会的な課題解決のニーズと日本の大企業、中小企業、スタートアップ企業が持つ優れた製品・技術やビジネスノウハウのマッチングをJICAが取り持つ。
途上国は自国が抱える様々な社会課題を解決したい。企業はビジネスチャンスを求め、今後の有望市場である途上国に進出したい。途上国と日本企業の双方のニーズを開発途上国の課題解決に取り組むスペシャリストであるJICAが橋渡しすることによって途上国と日本企業のWIN-WINとなる事業を展開している。
「中小企業・SDGsビジネス支援事業」には3つのメニューがある。
- 基礎調査-現地で基礎的な情報を収集したい
途上国の課題解決に貢献するビジネスモデルの検討や市場環境等、現地事業展開に必要な基礎情報の収集等を支援。 - 案件化調査-ビジネスモデルを策定したい
途上国の課題解決に貢献する技術や製品、ノウハウを活用したビジネスアイディアの活用の可能性やビジネスモデルの策定を支援。 - 普及・実証・ビジネス化事業-事業計画を実証・策定したい
途上国の課題解決に貢献するビジネスの事業化に向けて技術や製品、ノウハウの実証やビジネスモデルの検証、実践的な事業計画化を支援。
「中小企業・SDGsビジネス支援事業」に応募し、採択された企業は、経費等、資金的な支援が得られるだけでなく、JICAがこれまで培ってきた途上国の人々とのネットワーク、信頼関係、途上国開発の専門性等、途上国でのビジネス展開に役立つ様々なJICAの強みを活用することができる。また、本事業は中小企業のみが対象ではなく、大企業も支援の対象となっているため、幅を広げた施策に対応している。
通常、年2回、事業の実施を希望する企業の募集が行われている。
これまでにのべ1,200社以上(2021年2月現在)の企業が、本事業に採択され、途上国でのビジネス展開に取り組んでいる。