「水素戦争」は日本がけん引役?2050年までに1,100兆円投資の水素市場最前線

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このところ海外大手メディアの記事で「Hydrogen(水素)」という言葉の登場頻度が増えている。

SDGsや二酸化炭素ゼロ排出の達成をめぐり、風力や太陽光などの代替可能エネルギーの次に来るクリーンエネルギー源として各国の政府や企業の関心が高まり、水素関連の取り組みが慌ただしくなっているためのようだ。

米CNBCが2020年9月に伝えたバンク・オブ・アメリカのレポートによると、水素は今後、家庭への電力供給、自動車燃料、旅客機や船舶の燃料などで、石油・石炭に代わる主要エネルギー源になることが見込まれ、2050年にはエネルギー需要の24%をカバー、そのインフラ投資は2020〜2050年の30年間で11兆ドル(約1146兆円)に達する可能性があると推計している。

グリーン水素、ブルー水素、グレー水素

「水素=環境に良い」という印象を持つ人は少なくないだろう。実際、水素を燃焼したときに排出されるのは、水と少量の窒素酸化物のみで、温暖化や気候変動の要因とされる二酸化炭素の排出量はゼロに抑えられる。このため、水素燃料は「究極のクリーンエネルギー」とも呼ばれている。

しかし、水素のサプライチェーンの現状を見ると、完全なクリーンエネルギーと呼ぶことは難しい。

一般的に、水素は水の電気分解で生成される。その電気分解プロセスで使われる電力は、ほとんどの場合、石炭などの化石燃料で発電されているのだ。Fortune誌が伝えたIEAのレポートによると、現時点で、世界の天然ガス供給の6%、石炭供給の2%が水素生産のために利用されており、その二酸化炭素排出量は、英国とインドネシアを合わせた以上のものになるという。

電気分解のための電力を再生可能エネルギーで発電したとき、初めて水素を究極のクリーンエネルギーと呼ぶことができる。

このように水素生成には複数の方法があり、クリーンエネルギー推進議論では、その生成過程ごとに色分けする場合が多い。たとえば、石炭など化石燃料の発電によって生成された水素は「グレー水素/ブラック水素」、再生可能エネルギーで生成された水素は「グリーン水素」と呼ばれている。このほか、化石燃料を使いつつも、二酸化炭素貯留技術を活用し生成した水素は「ブルー水素」、原子力発電で生成した水素は「パープル/ピンク水素」などと呼ばれている。

もちろん各国政府や企業が目指すのは「グリーン水素」の普及だが、これにはもう少し時間を要するかもしれない。課題の1つは、その生産コスト。

BloombergNEFの分析によると、グリーン水素の生産コストは1キログラムあたり2.5〜4.5ドル。WTI原油は1キロあたり0.31ドル。これに近づく必要がある。バンク・オブ・アメリカのアナリストの指摘によると、グリーン水素が既存のグレー水素に対し競争力を持つには、生産コストが現在比で60〜90%下がる必要があり、これは2030年頃に達成される見込みという。

グリーン水素市場をめぐる国家間競争激化

とはいいつつも水面下では、水素経済到来を見据えた国家間のポジション争いが起こりつつあり、補助金・優遇策などの拡大で、企業によるグリーン水素関連の取り組みは今後数年で急速に増えることが見込まれる。

学術誌Energy Research & Social Science2020年12月号に掲載されたベルギー・ゲント大学の研究者らの論文によると、水素経済に関連した国家戦略/ロードマップを発表した国の数は、少なくとも19カ国を越え、水素をめぐる地政学的競争は激化しつつあるという。欧州連合は2020年3月「EU Clean Hydrogen Alliances」の創設を発表、水素経済におけるグローバルリーダーシップを実現するため、欧州域内での水素バリューチェーンの拡大を目指す動きを開始した。

また同論文は、BloombergNEFの分析を引用し、中国の水電解水素生成装置の製造コストが欧米諸国に比べ、すでに83%も低くくなってることに言及し、レアアース、太陽光発電、EVなど重要なエネルギーテクノロジー分野において再び中国に支配されるのではないかとの懸念が広がっていると指摘。こうした懸念が競争を激化させる可能性がある。

実際、Japan Times2020年11月1日の記事では「Hydrogen wars(水素戦争)」というセンセーショナルな言葉で、水素経済の主導権をめぐり欧州と中国の間で競争が激化しつつある様相を伝えている。同記事によると、欧州は水素インフラの整備に向け4,700億ユーロ(約60兆円)を投じるなど「アグレッシブ」に取り組みを進めているという。

世界の水素市場競争では、日本の動向にも高い関心が寄せられている。

上記、ゲント大学の研究者らは、LNG(液化天然ガス)市場の立ち上がり期に、二国間のパートナシップ締結で日本が市場をけん引した歴史に触れ、水素の国際市場の立ち上がりにおいても日本は同様の役割を果たす可能性があると論じている。

遅れているといわれる米州でも水素市場の主導権めぐる競争

欧州とアジアだけでなく、米州でも水素市場の主導権争いは激化するかもしれない。

中南米メディアAmaricas Quarterly2020年11月19日の記事「Who Will Win the Hydrogen Race in Latin Americas(水素競争、中南米ではどの国が勝つのか?)」 と題した記事で、水素をめぐる域内の競争状況を報じている。

チリでは、アンデス山脈と太平洋の間に位置するアタカマ砂漠にある太陽光発電によってグリーン水素を生成。それをアンモニアに変換し、日本に輸出することを検討しているという。

チリ・アタカマ砂漠の太陽光発電パネル

一方、コロンビアも同様の計画を検討中。コロンビアでは、チリより低いコストで風力・太陽光による発電が可能、つまりグリーン水素の生成コストもチリに比べ低く抑えることが可能ということだ。

コロンビアの風力発電

このほか、欧州や東アジア諸国に対し遅れをとっているといわれる米国でも水素貯蔵の大型プロジェクトが開始され、カナダでは2020年12月末に水素に関する国家戦略が発表されるなど、米州全体で水素をめぐる動きは活発化の様相を見せている。

今後、国際水素市場の形成に伴い、新たな2国間関係、リージョナル/インターナショナルな取り決め/ルールが登場し、水素ベースの新たな国際関係/国際秩序が誕生することも十分に有り得るだろう。

これまで国際情勢を知る上で、石油に関する動向・情報は欠かせないものだったが、今後は水素関連情報のウェイトが大きくなってくるはず。グリーン水素をめぐる世界各地の動向から目が離せない。

文:細谷元(Livit

参考
Bank of America Report
https://www.bofaml.com/en-us/content/esg-research/green-hydrogen-market-importance.html

CNBC、 Bank of America
https://www.cnbc.com/2020/09/27/hydrogen-is-at-a-tipping-point-with-11-trillion-market-set-to-explode-says-bank-of-america.html

Fortune、 Bank of America、 BloombergNEF
https://fortune.com/2020/11/19/hydrogen-fuel-net-zero-energy-transition-most-abundant-element-in-the-universe/

Japan Times
https://www.japantimes.co.jp/news/2020/11/01/business/hydrogen-wars-europe-china/

ゲント大学
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC7326412/

Americas Quarterly
https://www.americasquarterly.org/article/who-will-win-the-hydrogen-race-in-latin-america/

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