SDGs達成に欠かせない「サンゴ礁」
持続可能な開発目標(SDGs)では直接的に言及されていないが、複数の目標に大きな影響を及ぼす課題が存在する。それが「サンゴ礁の再生・保全」だ。
サンゴ礁は「海洋と海洋資源の持続可能な開発」を目指すSDG目標14は言うまでもなく、目標1の「貧困撲滅」や目標2の「飢餓撲滅」などにも影響する要素。海洋生態系を支えるだけでなく、貧困に悩む途上国/新興国の観光資源でもあり、SDGsに取り組む上では無視できない存在。
現在、世界中のサンゴ礁はすでに全体の50%が消失し、現状が続けば2050年までに90%を失う可能性があると指摘されている。そのようなシナリオが現実のものとなった場合、経済はどれほどの損失を被るのか。
国連環境計画と国際サンゴ礁イニシアチブ(ICRI)などが2018年10月に発表したレポート「Coral Reef Economy」は、東南アジアのサンゴ礁地帯「コーラル・トライアングル」とカリブ海のサンゴ礁の経済価値を算出し、環境保護だけなく経済発展の観点からも、サンゴ礁の再生・保全がどれほど重要なのかを示している。
たとえば、東南アジアに広がるコーラル・トライアングルでは、サンゴ礁の再生・保全に資金を投じ、サンゴ礁の健康状態が回復した場合、2017~2030年の14年間で、2,250億ドル(約23兆)の経済価値が生まれるという。年間換算では161億ドル(約1兆6,650億円)。一方、サンゴ礁の健康状態が改善しない場合、これより370億ドル(約3兆8,000億円)低い数値となる。つまり、その分の機会損失につながるということだ。
サンゴ礁がもたらす経済価値は「漁業」「観光」「沿岸開発」の3分野で算出されている。創薬分野でもサンゴ礁の価値に関心が集まっているが、これは含まれていない。
またICRIの最新データによると、世界中の漁業と観光産業でサンゴ礁の恩恵を受ける人の数は10億人、グローバル観光産業ではサンゴ礁がもたらす経済恩恵は年間360億ドル(約3兆7,220億円)に上る。さらに、創薬分野ではサンゴ礁での新薬発見の確率は地上の生態系に比べ300~400倍高いという。
WWFによると、地球全体の海洋面積でサンゴ礁が占める割合は0.1%に満たないものの、サンゴ礁は地球上の海洋生物の25%が生息する場所になっており、魚類だけでも4,000種類以上に上る。また美しいサンゴ礁がある地域は、世界各地からダイビング目的で多くの観光客が訪れる。サンゴ礁が消失してしまえば、その観光収入もなくなってしまうことになる。漁業と観光業でサンゴ礁は不可欠な存在なのだ。
データを活用し、戦略的なサンゴ礁・再生・保全の取り組みへ
これまでサンゴ礁の再生・保全は、一部の民間アクターや環境保護団体が各々に実施していたが、世界全体でコーディネートされたものにはなっていなかった。
しかし、サンゴ礁の危機的状況や経済価値が広く知られるようになった今、国際的に連携した取り組みを実施しようという動きが出始めている。
1つは、ICRIの「Global Coral Reef Monitoring Network(GCRMN)」という、サンゴ礁の状態に関して、グローバル・地域別にレポートにまとめる取り組みで、2020年までの世界のサンゴ礁の状況をまとめたレポートを来年始め頃に発表する予定だ。またこれに先駆け、75カ国からサンゴ礁に関連する195のデータセットの取得・均質化を完了している。
科学やビジネスの問題解決ではデータが必須だが、サンゴ礁の再生・保全でもデータが必要だ。それもグローバルに均質的で、統一性があるデータが求められる。GCRMNのデータセットの取得・均質化は、世界的に連携した取り組みを進めるための必要条件となる。
サンゴ礁の再生・保全に向けたデータ取得の取り組みはハワイでも実施されたところ。
EcoWatchの記事(2020年12月15日)によると、米アリゾナ州立大学の研究者らはこのほど、航空機を使いハワイのサンゴ礁の詳細な地理データを作成した。これほど詳細な地理データは世界初という。既存の地理データの多くは地上からの観察や衛星写真を使って作られたもので、サンゴ礁の詳細を知ることは難しいといわれていた。この詳細データは、当局が戦略的にサンゴ礁再生・保全の取り組みを実施する上で大きな助けになることが期待される。
ソーシャルメディアやインフルエンサーをフル活用したサンゴ礁保全の取り組み
このほか民間では、ソーシャルメディアやインフルエンサーを巻き込み、一般消費者への認知拡大を目指す取り組みも登場している。
タヒチを本拠地とするCoral Gardenersは、サンゴ礁に関する啓蒙教育プログラムの実施、インフルエンサーとの提携、サンゴ礁の育成取り組みなど、様々な角度からサンゴ礁の再生・保全に取り組む団体だ。
サンゴの引き取り(adoption)というユニークな取り組みを実施していることから、ナショナル・ジオグラフィックやフォーブスなどの海外大手メディアにも取り上げられる頻度が増えている。
この引き取りプログラムでは、オンラインサンゴを購入する形で「引き取る」ことになる。引き取るといっても、実際に引き取るのではなく、購入したサンゴは、Coral Gardenersが活動する現地の海で育成される。購入者は、その育成過程を写真で見守ることになる。同社ウェブサイトによると、これまでに2万1,000個体が引き取られたとのこと。
Coral Gardenersは、アンバサダーという形でインフルエンサーを起用した啓蒙プログラムも実施。元ミスフランスや著名音楽家・写真家らが名を連ねている。この啓蒙プログラムでは、2025年までに世界10億人にサンゴ礁の重要性を伝えることを目標としている。
また、AIを活用したサンゴ分析ツールの開発も進めており、いずれはリアルタイムでサンゴ礁の情報をシェアできる仕組みづくりを目指すという。
Coral Gardenersのほかには、インドネシア・コモド島近くで活動するCoral Gardianという団体も存在する。同団体でもサンゴの引き取りプログラムを通じて、地元でサンゴ礁の再生・保全を行っている。Coral GardenersやCoral Gardianの活動では、白化していたサンゴ礁が見事に生き返った事例が報告されている。
2020年9月に実施された国連総会では世界初となる「サンゴ礁ファンド」が創設されたところ。上記の事例やファンド創設を機に、サンゴ礁への関心が一層高まっていくことを願いたいところだ。
文:細谷元(Livit)