SDGs達成で無視できないフェイクニュース問題
持続可能な開発目標(SDGs)が目指す暴力・貧困がない世界。目標実現に向けた様々なターゲットが設定され、取り組みが実施されている。
一方、SDGsの達成には、既存のターゲットだけでなく、新たに拡大する脅威への対処も求められる。
その1つが「フェイクニュース」への対応だ。
日本ではあまり報じられることは少ないようだが、世界各地ではフェイクニュースを発端する暴力・殺人・虐殺の事例は枚挙にいとまがない。また、フェイクニュースによる経済損失も無視できないもので、貧困に苦しむ地域が貧困から脱することを困難にしている。
フェイクニュースは通常ソーシャルメディアを通じて拡散する。ソーシャルメディア・プラットフォームによるフェイクニュース対策は進められているようだが、それでも脅威の拡大には歯止めがかかっていない状況だ。
フェイクニュース対策には、技術面の対応だけでなく、ソーシャルメディアを使う人々の危機感やリテラシーを高めることも必要といえる。誰かがシェアしたニュースが真実なのかどうか、批判的に考え、見ることができるようになれば、フェイクニュースによる暴力や経済損失は少なくなるかもしれない。
危機感、リテラシー向上の第1歩は、フェイクニュースとはどのようなもので、どのような影響を与えているのか、その現状を知ることだろう。フェイクニュース問題の規模と深刻さを知ることで、フェイクニュースへの関心・意識は高まるはずだ。
数字で見るフェイクニュース問題の規模と深刻さ
フェイクニュース問題を数字で見ると、その規模と深刻さをイメージしやすいかもしれない。
イスラエル発のオンライン広告セキュリティ企業CHEQが2019年に発表したフェイクニュースに関する調査レポートは、数字を切り口にフェイクニュース問題の深刻さを知るきっかけを与えてくれる。
同調査における分析は、ボルチモア大学のロバート・カバゾス教授が担当。同調査ではフェイクニュースを「視聴者をミスリードするために意図的に操作された情報。暴力の誘発や政治的・個人的・金銭的な利益を目的するもの」と定義している。
この調査で明らかになったフェイクニュースがもたらす経済損失額は世界全体で少なくとも780億ドル(約8兆円)。その内訳で最大は、世界株式市場における損失で、390億ドル(約4兆円)に上る。
その事例の1つとして挙げられているのが、2017年12月フェイクニュースが米株式指数S&P500に与えた影響だ。
当時、ABCニュースは、ロシア疑惑に関連して、元国家安全保障問題担当大統領補佐官のマイケル・フリン氏が2016年の選挙キャンペーン時にトランプ氏がロシア高官への接触を命じたことを証言するというニュースを報道。後にフェイクニュースであることが判明したこの報道によって、S&P500は38ポイント下落、その損失額は最大で3,410億ドル(約35兆円)に膨らんだ。
このほかにも、フェイクニュースが株式市場に影響を及ぼした事例は多数存在する。イェール大学の研究によると、投資関連ウェブサイトに掲載されるフェイクニュース記事によって株価が変動する傾向も観察されている。特に、小さな企業の株価が影響を受けやすいという。
米英では予防可能な麻疹が蔓延、背景にはフェイクニュース
フェイクニュースは、医療費増加という形で国の財政や経済にも影響を及ぼす。
CHEQのレポートは、健康関連のフェイクニュースによって経済損失額は米国だけで年間170億ドル(約1兆7,629億円)に上ると推計している。
たとえば、米国では麻疹ワクチンに関するフェイクニュースが広まり、ワクチン接種率が低下。その結果、医療費増にともなう損失額は90億ドルに達したという。英国でも同様にワクチン関連のフェイクニュースで、ワクチン接種率が低下し、麻疹の発症ケースが3倍増加したとも報告されている。
また、コンゴでもエボラウイルスに関するフェイクニュースが蔓延。医学誌Lancetの意識調査によると、コンゴの回答者の半数近くが、エボラウイルスは存在しない、または同地域を不安定化させるために意図に製造された、金儲けのために製造された、と信じていることが判明。こうしたフェイクニュースを信じる人々は、治療を受ける割合が低くなる傾向があり、症状の悪化を招きやすいということも分かった。
フェイクニュースが大規模虐殺事件に発展したケースも
紛争の火種がある地域では、フェイクニュースが大規模虐殺につながる可能性もあり「平和と公正をすべての人に」を目標とするSDG・目標16の観点からも無視できない。
ナイジェリアでは2018年6月に、フェイクニュースを発端とする虐殺事件が発生、200人以上が殺されたとみられている。
この事件、同国Gashishという地域で、イスラム系住民がキリスト教系住民を殺しているというフェイクニュースが惨殺写真や映像とともにフェイスブックで拡散。写真や映像はまったく関係のないものであったにも関わらず、その報復と見られる殺人が実際に起こり、86〜238人が殺害されたといわれている。フェイクニュースを流布したのは、英国在住の男性であることが判明している。
また、インドではWhatApp上で拡散したフェイクニュースで、5人の男性が殺害されるという事件も報告されている。
途上国や新興国では、経済発展のためにまず安定した社会が必要だが、上記事例はフェイクニュースによって社会情勢は不安定化し、経済発展を困難にしている状況を浮き彫りにしている。
フェイスブックによるAI企業Bloomsbury AIの買収やツイッターによるFabula AIの買収などソーシャルメディアによるAIを活用したフェイクニュース対策強化の取り組みや各国政府によるイニシアチブが増えてきている。消費者側でもフェイクニュースに対する危機感やリテラシーの高まりを期待したいところだ。
文:細谷元(Livit)