2020年は大きく働き方を変える人が多かった。朝9時から夜6時まで会社に出勤して仕事をするという画一的なあり方のみが良しとされる時代はコロナで一変、リモートワークが導入されるようになった組織も多い。
共に働くメンバーには、さまざまなバックグラウンドがある。家族が医療従事者の場合もあれば、満員電車に乗らなければ出社できない場合もある。チームメンバーと会う機会が減ってしまったことで、コミュニケーションについては見直しが必要な局面になったところも多いが、それぞれの状況に合わせて会社と対話をし、多様な働き方を生み出した会社も少なくないのではないだろうか。
この記事では、図らずともこのコロナによって浮き彫りに「なってしまった」メンバーの多様性というものに注目してみる。そもそも一緒にはたらくメンバーは多様であったことを思い出すためにも、組織や働き方のあり方を立ち返ってみてはどうだろうか。
福祉や炎上防止のためではない、今考えるべき「ダイバーシティ&インクルージョン」
ダイバーシティ&インクルージョンという言葉を聞くことが多くなり、この社会に生きていく中で私たちは、「多様なあり方がたしかに存在していること」を無視できなくなった。
2020年も幾度となく、性の多様性やジェンダーの問題、外国人に関する偏見や無理解、差別的な発言が原因で多くの人が傷ついた。そして傷つけてしまった人はハッキリと「それはおかしい」と反論されてきた。ダイバーシティの話になると、仕事でバリバリ結果を出してきたビジネスマンや大きな影響力を持つ著名人が途端に「どこまで自分の発言はOKなのか」とドキドキしはじめたり、もっと良くないと「自分はわからないから」と開き直ってしまったりする。
しかしセクシュアリティやジェンダー、ダイバーシティについて学ぶこと、会社で実践することが、そんな「叩かれ、炎上防止」のためにすぎないものになってしまうなら、本末転倒だろう。そんな「やってる風」だけの見掛け倒しのダイバーシティ&インクルージョンなどは、外からの見栄えは多少良くても、中にいる人からすればかえって信用をなくすきっかけになる。では、なにを大切にすれば良いだろう?
本質的な「人格の居場所」を作ることが、社員の幸福・充実度を高める
まずは「なぜやるのか」というところに注目したい。筆者は大きく2つの理由で、ダイバーシティ&インクルージョンについてはどんな小さな組織、チーム、会社でも学び実践すると良いと考えている。
理由の1つ目は、当たり前の話なのだが、誰もが軽視されていい対象ではないからだ。人はみな、「新人」「女性」「部長」など、さまざまな属性を持っている。見た目では判断できない属性、あるいはまわりが見た目で決め付けた属性が、本当は全然ちがうこともある。たとえば人は、目の前の人が異性愛者であることを前提に話し始めてしまうことが多い。
相手が異性に興味を持たない素振りがみられると「もしかして、ソッチ?」などと聞いて悪気なく笑いを取ろうとするようなコミュニティも少なくない。ふたを開けてみれば全然その人の持つ属性は違うのに、多様なあり方について知らないと、属性の決めつけによる個人の人格の軽視をしてしまいかねないのだ。
また、私たちは人を属性で判断し、態度を変えていることがままある。属性に優劣をつけることもある。だからといって「この人は若い女性だから軽く扱ってもOK」とか「この人はゲイだからイジって大丈夫」ということは、無い。属性を勝手に決めつけ、優劣をつけて対応するというのは、目の前にいるその人自身を軽視して大切にできていないことに繋がる。属性ばかりに気を取られると、その人の価値や影響力を認めることができず、結果的に相手を心理的安全性の感じられない状況に追いやることもある。
一緒に働く人は自分とは違う価値判断やバックグラウンドを持つ一人の尊重すべき存在であり、そんな誰かを同じ会社で働くメンバーとして受け入れたならば、その人がしっかりと成果を出せるような組織を互いに歩み寄りながら築いていくということが大切ではないだろうか。
そしてもう1つは、そんな会社で働けば働くほど、その人の心はその組織から離れていくからだ。毎日、責任感だけで働いている人がこの社会に何人いるだろうか。これはLGBTQ+や女性活躍の話だけではない。自分を属性ではなく、ひとりの人格として大切にしない組織には恩も貢献意欲も持ちにくい。自分がいくつもあるコマの1つとして扱われていると気づいたときに、人はどんな気持ちになるだろうか。心理的安全性や幸福感を感じない場所、つまり「居場所ではないところ」で、人は生き生きとその力を発揮できるのだろうか。
「完璧な体制・対策はない」。多様性が必要とされる時代に企業が意識すべきマインドセット
筆者が経営する株式会社TIEWAは小さなベンチャー企業だが「パレットーク」というセクシュアリティやジェンダー、ダイバーシティに関するメディアを運営していることもあり、経営の中でも「多様な人」がいることを忘れないように心がけている。
最も忘れがちで大切なことは「こんな体制があればダイバーシティ対策はもうOK」などと思わないことだ、と筆者は考えている。研修や勉強会など、さまざまな具体例を基に多様なあり方について学ぶことはできるが、「これで完璧ではない」という柔軟性を持つことが大切ではないだろうか。たとえば「ゲイのひとは○○と言われたら困るから、言わないようにしよう」という対策は、とある「ゲイ」という属性を持つ1人については対策できたことになるかもしれないが、困ることはそれだけではないし、「ゲイ」といっても人それぞれだ。
企業のダイバーシティ&インクルージョンは、具体的な対策をしていれば網羅できるものではないということを、まずは実践する側が理解しておくことが必要だと思う。むしろその考え方を基に、一人ひとりが違うということ、想定されにくい「属性」があること、どんな「属性」を持つ人も軽視してはならないこと、をベースに企業に合った体制を整えていくほうがよほど健全かもしれない。弊社ではそういった、ベースのマインドセットを経営陣でしっかり共有し「互いにセーフスペースであれ」「互いを軽視しない」というざっくりとした決まりごとを公にすることで体制を整えてきた。
「そもそも同性同士でパートナーシップを結んでいるということを話しても軽視されない」というベースがあるためカミングアウトしやすく、たとえば住んでいる自治体にパートナーシップ宣誓をすることになれば結婚と同様の扱いとして祝い金が渡される。「男であれば仕事に集中すべき」という決めつけをしないベースがあるため、育児に関わっている男性従業員は育休や時短勤務を打診しやすい。「性自認や性的指向はそれぞれ」というベースがあるため、社内での呼び名や代名詞、さん付けくん付けをどうしてほしいかなどの相談がしやすい。
こんなふうに、そもそも体制を利用するための背景を話しやすくしておくことで、スムーズに対話がすすみ、より「会社を居場所」として大事に思ってもらえるようになった。以前聞いた別の会社では、トランスジェンダーの社員のカミングアウトをきっかけに全社でダイバーシティに関する勉強会をひらき、使いたいトイレや名前について1つずつ決めていったそうだ。そこにも、心理的安全性の担保された環境下での対話が基盤にあった。
個性を活かしエンゲージを高めることが、よりよい生産性を生み出す
組織は、同じ方向を向いて成果を出すために結成されている。
筆者は「成果を出せる最適な環境を用意できているか?」ということを従業員に問い続けた。個人が会社を居場所だと思っていきいき働けていれば、個人の業績は上がっていく。ひいては、会社の業績もアップする。つまり組織へのエンゲージメントを変えれば、チームが出す結果をも変える可能性がある。どれだけ優秀なメンバーでも、居場所ではない組織には、必要以上に貢献しない。ポジティブな気持ちで結果を出せる人を増やすというのが、組織を作る立場の人間の使命だと私は感じている。
そのために、ダイバーシティ&インクルージョンについて考える必要があるのは、むしろ少人数で、誰一人掛けては困る組織なのではないか。「うちはプロダクトがまだまだだから組織のことなんて考えられない」などと言っている場合ではないかもしれない。
文:AYA