現在、私は地政学を題材にした漫画『紛争でしたら八田まで』を「モーニング」(講談社)で執筆しており、地政学の専門家ではないが、物語舞台を現代の紛争地に設定している都合上、常に最新情報をチェックしている。
いま、私が最も注目しているのは2020年アメリカ大統領選挙だ。これは世界No.1の覇権国家の動向が、世界の未来を決定するものだからだ。このアメリカの新方針が策定される大統領選挙と、その先数年を、地政学漫画家なりに予測してみることにした。外交面でアメリカの援助が大きい日本はとって、この大統領選挙は非常に重要なことと考えている。
混迷が続くアメリカ大統領選挙の状況(本原稿執筆時点12月中旬)
2020年12月15日に「選挙人投票」が行われ、民主党のジョー・バイデン確定と米主要メディアが報道した。アメリカ大統領選は、まず有権者が州ごとの選挙で各党の「選挙人」を選び、その選挙人が正副大統領を選ぶ間接選挙である。
つまり「選挙人投票」がアメリカ大統領選の勝敗を正式に決めるというわけだ。全米で538人いる選挙人の過半数270人以上を獲得した候補が当選するのだが、今回、民主党候補のバイデンは、全米の選挙人538人の過半となる306人の支持票を獲得した。
しかし、ドナルド・トランプ現アメリカ大統領はいまだ「敗北宣言」をしておらず、不当選挙を訴え法廷闘争中だ。こうした混迷は続くが、2021年1月20日の「アメリカ大統領就任式」は、確実に行われる。現時点では、2021年1月20日にバイデン新政権が誕生する可能性が高いと予測する。
公約実行?レームダック?カギは上院選挙結果に
アメリカの行政は「大統領・上院・下院」が一体になることで機能する。執筆時点(2020年12月中旬)では、大統領=民主党、上院=選挙中、下院=民主党という状況だ。
上院選挙の結果は2020年1月に出るが、そこで共和党が過半数を獲得した場合は、いわゆる「ねじれ国会」という状態になり、バイデン政権は発足直後から「レームダック(死に体)」になる可能性がある。一方、上院を順当に民主党が獲得した場合は、バイデン政権は予定通り公約を実行できることになる。
バイデン政権の公約は?
民主候補指名選挙時の政権公約や「the 2020 democratic platform」などから推測すると、バイデン政権の重要課題は「貧富の是正」と「地球温暖化対策」だと考えられる。現在のトランプ政権下において最重要課題とされた「対中問題」よりも、この2つが最優先されるようだ。
まず、「貧富の是正」は、貧富の格差を是正するために、貧困層への給付金やインフラ投資で5,000万人の雇用生み出す。その財源は巨大IT企業や富裕層への「増税」だ。バイデン政権は温室効果ガス増加の根源として石油関連産業を敵視しており、石油産業と関係企業、投資家、富裕層対しての「増税」を図る。さらに石油輸送ルートであるシーレーンの無駄な防衛を止めて「国防費削減」をする。
増税と国防費削減などから、貧困層への給付金やインフラ投資で雇用を作るというわけだ。
また、民主党の政策では「グリーンニューディール」というキーワードが挙げられる。グリーンニューディールとは、気候変動と経済的不平等の両方に対処することを目的として提唱された経済刺激策のこと。1929年の世界恐慌、ウォール街大暴落からアメリカ経済を救ったフランクリン・D・ルーズベルトのアプローチと、地球環境に配慮した再生可能エネルギーなどの施策を組み合わせたものだ。
このグリーンニューディールという切り口で、石炭、石油、ガスなどの化石燃料から再生可能エネルギーに転換させるための「増税」と「規制」が行われる。コロナショックで経済復興が必要なこの時期に行うことで、アメリカ経済が沈下するかもしれない。
ちなみに「国防費削減」は、アメリカと同盟国の防御が弱まることを意味する。「No1国家」の弱体で、その座を狙う「No2国家」の動きが活発化することが予測できる。
混乱する米国の一方で起こる小国の紛争
アメリカは現在、軍事・経済・技術で圧倒的No1の覇権国家だ。その座を狙うのは、中国・ロシアなど。各国、ともに核武装しているため、戦争での直接決着はありえない。
代わりに小国の戦争や紛争を介し、詰将棋のような勢力競争が行われている。
例えば過去に、バラク・オバマ前大統領が「アメリカはもはや世界の警察官ではない」と公言した際、中国は東シナ海、南シナ海に勢力を拡大した。ロシアはウクライナ紛争に介入し、クリミアを領土に取り込んだ。
これらの行為は、第二次世界大戦以降に制定された国際法に違反しており、平時のアメリカであれば許されない行為だ。
そして現在、アメリカは大統領選挙で国内分断の危機にある。その間、ロシアはナゴルノ・カラバフ紛争に介入し、和平仲介をしつつ、同様に介入したトルコと関係改善をして、反米連合を作った。
エチオピア内紛やモロッコの西サハラ進行も同様で、覇権国家の混乱中に行われる大国のパワーゲームが繰り広げられている。
バイデン政権はいつまで続くか
バイデン政権が誕生した場合でも、トランプは不正選挙の追求を続ける可能性がいまだ残っている。公約を実行すれば経済は崩れるリスクもあり、次期大統領選では共和党に戻る可能性もある。いずれにしろ、アメリカの混乱は4年後の次期アメリカ大統領選挙まで続くかもしれない。
混乱するアメリカを前に、日本の施策とこれから
トランプ政権では対中政策の重要なパートナーとして日米関係が重視されてきたが、バイデン政権において対中政策は環境問題の下に位置付けられている。今後の日米関係の重要性については注視すべきだろう。
日本のような小国が自立するには同盟が重要だ。安倍政権を引き継いだ菅政権では、それを意識した動きがみられる。例えば、シーレーン防衛からアメリカから外れた場合を想定し、日英豪印のクアッドを緊急で進めている。日本のチセイにとって重要なニュースが続く。今後の動向にぜひ注目してほしい。
文:田 素弘