SDG目標16「平和と公正」、リーガルテックの重要性
17の目標で構成される持続可能な開発目標(SDGs)。その中で特に注目されやすいのは、気候変動、海洋汚染など環境問題に関するトピックだろう。
目標16の「平和と公正をすべての人に」に関する議論は少ない印象だ。同目標は12のターゲットで構成されている。その1つとして掲げられているのが「すべての人に司法へのアクセスを提供する」というもの。
暴力事件の被害者や判決を受けていない勾留者が司法にアクセスできる環境を整え、司法サービスを享受できる人の割合を増やすことが具体的な目標指標となってる。
この目標を達成するためにはどのような要素が必要か。様々なことが考えられるが、シンプルに考えると弁護士/判事数と司法サービスにおける生産性を高めることがカギになるといえるかもしれない。
SDG・目標16に関して注目すべき国として挙げられるのがイスラエルだ。
人口あたりのスタートアップ数が世界最多であり「起業国家」と呼ばれるイスラエルだが、人口あたりの弁護士数でも世界トップ。司法サービスが身近にあり、かつテクノロジーに精通した弁護士が多く、リーガルテックを活用した司法サービスの生産性向上が見込めるからだ。
起業国家として知られるイスラエル。今回は「リーガルテック」の側面から、その実情を探ってみたい。
人口1,000人あたり弁護士数・世界トップのイスラエル
イスラエルが起業国家と呼ばれる理由の1つは、人口あたりのスタートアップ数にある。
人口850万人ほどのイスラエルだが、毎年1,400社のスタートアップが誕生、現在は約6,000社のスタートアップが存在している。これは人口1,400人あたりに1社という計算になる。
フォーブスのまとめ(2018年5月14日)によると、人口1,400人あたりのスタートアップ数は、英国で0.21社、フランスで0.112社、ドイツで0.056社。言い換えれば、イスラエルの人口あたりのスタートアップ数は、英国の5倍、フランスの10倍、ドイツの20倍ということになる。
冒頭で述べたように、イスラエルはこの起業国家という側面に加え、弁護士国家とも呼べるべき側面も持っている。
人口あたりの弁護士数が世界トップなのだ。 この数字が明らかになったのは、少し古いが2012年のこと。イスラエルの司法組織Courts Administrationの調査で明らかになった。この時点における、イスラエル国内の弁護士数は5万2,142人。当時の人口が740万人ほどだったので、人口1,000人あたりの弁護士数は7人ほどとなる。
これは他国と比べてどれほどの数となるのか。
シンガポール弁護士供給委員会が2013年に発表したレポートの中で、イスラエルの弁護士数と他国の比較を行っている。それによると、シンガポールでは、人口530万人に対し、弁護士数は4,432人、人口1,000人あたりでは、0.83人となる。イスラエルとの差は8倍以上。
また、ニュージーランドは、人口446万人に対し弁護士数は1万2,005人で、人口1,000人あたりでは2.96人。このほか、英国のロンドンのみで見た場合、人口817万人に対し弁護士数は2万1,571人、人口1,000人あたりでは2.64人となる。イスラエルの弁護士数が如何に多いのかが分かる数字だ。
イスラエルでテックサビーな弁護士が育成される理由
イスラエルの法曹界でもかつてはテクノロジー導入について眉をひそめる人が多かったようだが、テックサビーな若い世代の法曹界参入によって、その状況は大きく変わってきているという。
弁護士というと「文系」であり、理系科目にはあまり触れないイメージがあるが、イスラエルでは少し様相が異なる。イスラエルでは、18歳になると男性は3年、女性は2年の兵役を課せられる。この間に、多くがテクノロジーに対する知見を深めるのだといわれている。
また、一般的な軍隊は「上官命令は絶対」だが、イスラエル軍では上官とチームメンバーによるオープンディスカッションを通じて、課題解決に臨む文化があり、起業家精神も養われるという。イスラエルのテック起業家には、同国諜報部隊「Unit8200」出身者が多いといわれているが、このような背景がある。弁護士になる者も同様の経験を積んでいる。
イスラエル発の注目リーガルテック企業
テクノロジーと法律の知識を持ち合わせる人材が多いということは、リーガルテックが活況する土壌があるということでもある。
実際、欧州リーガルテック・アソシエーションは、世界の主要リーガルテックハブとしてイスラエルを挙げている。
イスラエル発のリーガルテックにはどのようなものがあるのか。
注目されるリーガルテック企業の1つがAIによる契約書分析自動化ツールを提供しているLawgeexだ。国際取引を専門とする弁護士だったヌーリー・ビコー氏とAIの専門家イアン・アドモン氏が創業したスタートアップだ。
ビジネスの取り引きでは必ず秘密保持契約(NDA)や業務委託契約などの契約書のやり取りが発生する。通常は、法務部や専属弁護士らが、それらの契約書を確認している。この契約書確認は時間を要し、また文言の修正が発生すると、ビジネス取引スピードは大幅に遅くなってしまう。この契約書確認をAIに任せ自動化できるのがLawgeexのツールだ。
このLawgeex、2年前にある実験結果を発表し、海外メディアの注目の的となった。同社は、米国で数十年の経験を持つ企業弁護士20人に対し、NDAのリスク分析において、同社のAIがどれほど正確なのかを調べる実験を行った。実験の結果、弁護士の精度が平均85%だったの対し、AIは94%の精度を達成。5件のNDA分析に要した時間は、弁護士の平均が92分だったの対し、AIは26秒だった。
一見、弁護士の仕事がなくなってしまうのではないかと危機感が高まりそうだが、多くの弁護士はこの快挙をポジティブに受け止めている。Hacker Noonがこの実験結果について、弁護士らの意見をきいたところ、定型的な分析作業から開放され、より複雑な課題に取り組めるとして、ポジティブに捉える人が多かったという。
イスラエルではLawgeexのほかに、オンラインの弁護士アウトソースプラットフォームのlawflexや同国初オンライン弁護士サービスのEttorneyなど40社ほどのリーガルテック企業が存在するといわれている。
SDG・目標16の達成にリーガルテックがどのような役割を果たすのか。イスラエルは、その動向を知る上で欠かせない国といえるのではないだろうか。
文:細谷元(Livit)