INDEX
新型コロナウイルス感染拡大防止のため、ソーシャルディスタンスを保てる移動手段として、世界中で自転車への関心が高まっている。コロナ禍のアメリカも例外ではなく、2020年6月には、アメリカにおける電動自転車販売台数が前年比190%を記録した。
通勤や気分転換のためのレクリエーションのほか、健康問題への介入手段として、行政も自転車利用のメリットに注目しはじめている。ポートランドが良い例だ。
薬よりも自転車。自転車のサブスクリプションサービスを病院で「処方」
ポートランド市交通局は、オレゴン州マルトノマ郡の保健局と連携し、生活習慣病を抱える住民を対象に、自転車のサブスクリプションサービス「Biketown」を病院で「処方」する方針を明らかにした。特に、健康問題を抱えている比率が高いアフリカ系住民への効果が期待されている。
「Biketown」を処方されると、1年間のメンバーシップでシェア型電動自転車が乗り放題になる。この電動自転車は時速32キロまで出すことができ、通常の自転車よりも長距離・長時間の利用が期待できる。市内の移動だけでなく、ちょっとしたエクスカーションとして遠出をすることも可能だ。
提案の主体であるREACH(Racial and Ethnic Approaches to Community Health)の代表・Charlene McGeeは、単なるアドバイスではなく病院での「処方」として自転車の利用を勧めることで、患者側の積極的なエンゲージメントが見込めると説明。また、自転車の使用は身体の健康だけでなく、コミュニティ活動の一貫として行われることで、メンタルヘルスにも良いと話す。1人1時間でも身体を動かすことは、特に生活習慣病患者にとっては重要だ。
生活習慣病に悩む非白人系住民への効果に期待
アメリカ保健福祉省疾病予防管理センター内の組織であるREACHは、人種や民族の違いに起因する格差から生じる健康被害を防ぐための専門組織だ。アフリカ系、ヒスパニック、アジア系、アラスカの先住民族など、非白人系のコミュニティを対象に活動を行っている。
アメリカの大都市のなかでも、白人系住民の割合が最も高い都市の一つとされるポートランド。多様性の低さが課題となるなかで、アフリカ系を中心に、ラテン系・アジア系など非白人系住民の社会的・経済的格差も問題となっている。
教育や収入の差、社会的インフラへのアクセシビリティに関する居住区域による不平等など、人種や民族の違いが要因のひとつとなって生じる格差は、そのまま健康問題へも繋がるというのがREACHの考えだ。社会経済的に不利な立場にある住民は、健康保険や病院へのアクセスが限られている。新鮮で栄養のある食事や、住居環境なども健康状態に直結する。
肥満や生活習慣病、糖尿病などの病気は、ポートランドに限らずアメリカ全域で、非白人系市民に多い。2011年から2014年までのデータでは、アフリカ系成人の糖尿病疾患率は18%、ヒスパニック系は16.8%と、白人系市民の9.6%に対し、ほぼ倍に近い数値となっている。
ポートランドにおけるアフリカ系住民の死亡理由の8割は、生活習慣病だ。心身ともに健康であることは、社会的、経済的に住民を健康にし、長期的な視点では格差を縮めることに貢献していくだろう。市がREACHと共に行う今回のプログラムは、健康問題を超えて、人種・民族間の不平等に自転車を使って介入する、画期的な事例のひとつでもある。
非白人系住民のエンパワメントにも。多様性を称えるサイクリストコミュニティ
人種差別や格差へのカウンターアクションとして自転車を活用する事例は、他にもアメリカで徐々に増えている。
ニューヨークでは、白人系住民よりもアフリカ系・ラテン系住民の方が、警察による自転車利用の取り締まりが多いことが問題となっている。カメラやスマートデザインなど新しい自動施行技術を導入することで、警察官の偏見によるこうした差別を撤廃するよう、今年NPOが要求した。
アメリカにおけるサイクリストコミュニティが白人中心的・かつ男性中心的であることに抗議する運動「 Black Girls Do Bike(黒人女子も自転車に乗る)」も興味深い。人種差別や偏見の対象になりやすい黒人女性が結成した運動で、皮膚の色に関わらずにサイクリングを楽しめるよう、コミュニティへの参画を呼びかけている。ポートランドでも同様の活動が展開されているようだ。また、同市では今年6月、BLM運動の一環として、非白人系住民が差別撤廃を求める集団ライドが行われた。
サイクリストコミュニティの多様性を担保する、人種間の不平等に介入するという意味でも、自転車を「処方」する今回のポートランドの提案には効果がありそうだ。
文:杉田真理子
編集:岡徳之(Livit)