日本では少子高齢化が進み、人手不足がますます深刻になっているのは周知の事実だろう。この人手不足を補うため、様々な業界でITを活用して人手不足を改善する必要に迫られている。その中でも、同じ作業が少なく、毎秒動きのある建設業や設備メンテナンス業、機械化されていない製造現場など、いわゆる「現場の仕事」へのIT導入は難易度が高いとされ、IT化が遅れるに伴いレガシー産業とも言われるようになった。
実際、2020年に厚生労働省が実施した「労働経済動向調査」によると、建設現場における人手不足は全産業の中で最も深刻であった。また、2018年にスパイダープラス社が実施した調査によれば、従業員数が200名未満の企業のモバイル導入率は約50%であったため、他の産業と比較すると、建設業と卸売・小売業のIT導入率がかなり低いことが分かる。
このような現場で働く労働者の人手不足を解決するため、「産業をアップデートする」をミッションとし、日本の現場仕事をIT化しているのが株式会社QUANDO(クアンド)だ。
今回は、株式会社クアンドのCEO、下岡純一郎氏(以下、敬称略)に、現場仕事でITを導入しにくい理由をはじめ、これからどう地方産業をアップデートできるか、マイクロソフトとの取り組みで生まれるシナジーについて伺った。
「技術力」ではなく今は、「現場力」の日本
――日本の現場仕事における、最大の課題は何ですか。
下岡 いま、日本の現場仕事では、慢性的な技術者不足が大きな課題となっています。
これは人口減少・少子高齢化と現場へのネガティブなイメージから、若い人が業界に入ってこなくなってきていることが主な原因です。作業者を取りまとめて現場を管理する人や、技術を持つ人は高齢化し、若い人が育つこともない。現場の技術を持つ人が減少し続けていることが最大の課題と感じています。
――なぜ現場ではデジタル化が進まないのでしょうか。
下岡 現場仕事はその仕事の性質上、デジタル化がしづらい環境にあると考えています。
まず、業務形態が関係していると思います。定型化した作業の多い製造業は機械化が進みやすく、デジタルデータを多く扱うメディア業や金融業はITと相性が良いでしょう。一方で、定型化した作業が少なく、アナログ情報を多く扱う建設業やメンテナンス業はIT化への障壁が高いと言われています。アナログ情報をデジタル情報に変換してリアルタイムで反映することの難しさを、私も常日頃感じています。
もう一つは、建設業の歴史が関係していると思います。元々建設業は、不景気時の経済対策としての雇用を生んでいたという一面があります。この慣習からも、デジタル化して無駄を削減する、つまり人手を必要としなくなる方向に向かうのが難しかったのではないかと思います。
――昔と状況は変わったものの、高い導入ハードルから、現場はデジタル化の波に乗れていないということでしょうか?
下岡 はい。高度成長期後の働き手が多い時の日本は、仕事が不足し、どこかで無駄を作ってでも雇用を生み出さねばならない状況でした。逆に今は、人口減少・少子高齢化の時代となり、人手が不足しています。これを解消するために建設現場にもデジタル化が求められるようになったものの、導入時の高いハードルにより実現できていません。時代の急激な変化に置いていかれ、建設現場では人手不足から多くの問題が発生していると感じます。
実際、技術者不足による影響が出始めています。建物は建てるよりも、むしろ維持する方にお金がかかります。この維持に人手を割けず、水道管の老朽化により日本中の様々な場所で水道管が破裂したり、地盤沈下したりするなど、気がつかないところで弊害が起こっています。
日本の「現場力」が世界に通用するカギ
――そのような社会背景の中、どのような想いでクアンドを設立されたのでしょうか。
下岡 モノが作られる日本の現場仕事の魅力が徐々に失われつつある姿を見て、何とかしなければと思いました。
私の父は北九州出身で、祖父の代から半世紀続く建設業を営んでいます。私自身も幼い頃から現場仕事が身近にある環境で育ってきたため、業界に対する思い入れが強くあります。
私はいまIT業界に身を置いていますが、ITエンジニア業界では技術やスキルを貪欲に吸収して成長し、本当に楽しそうに働いている若者の姿があります。一方で父の建設会社の従業員の平均年齢は60歳で、若手は全く入ってこず、業界全体が停滞している感があります。
どちらも同じモノをつくる作り手であるはずなのに、どうしてこんなに状況が違うのかと悲しくなったことを覚えています。そのように考えているうちに、建設現場のツールや労働生産性を変革することで、現場仕事の真の魅力を引き出せるように、そのギャップを埋めたいと考えるようになりました。
また日本の強みに「現場力」がある、と感じた点も、会社設立の原動力となっています。私は新卒で入社したP&Gの仕事で、新しい製造ラインの開発を2年間イタリアで行っていたことがあります。様々な国の担当者が集められているなかで日本人に与えられた仕事・ミッションは、技術設計ではなく、製造現場のオペレーター代表としての立場でした。それまでは日本の強みはモノづくりや設計だと思っていましたが、実際には現場を回す力であると肌で感じました。その経験を元に日本人の現場力を価値に変えたサービスやプロダクトは世界に通用するのではないかと思い、現場仕事をアップデートする事業を始めることを決めました。
近い将来、日本の現場力という強い価値を海外にも輸出していきたいと考えています。
――福岡の拠点からビジネスを行っている理由はどこにあるのでしょうか。
下岡 東京だけでなく日本の各都市からそれぞれの強みを活かして、世界にビジネスを発信したいと考えているからです。
東京は日本の産業の中心と考えられていますが、一方で海外では、必ずしも国の中心が産業の要となっているとは限りません。例えばアメリカではワシントンが国の中心ですが、産業の中心となっているのは、IT企業のシリコンバレー、金融のニューヨーク、ヒューストンの宇宙産業など各都市ごとに強みが異なります。
日本でこの世界観を作りたいと考え、その第一歩として福岡を拠点にしている、というねらいがあります。
現場と遠隔地とのコミュニケーションを滑らかに
――先日リリースされた「SynQ Remote(シンク リモート)」とは、どのようなサービスでしょうか。
下岡 「SynQ Remote」は、遠隔地にいる管理者と現場担当者をつなぐコミュニケーションツールです。
オフィスワーカーにとってのZoomのように、遠隔地から現場の仕事に対して、自然なコミュニケーションを取ることが可能です。
現場の仕事の中で、「価値を生まない時間・作業」が1日平均で60分あると言われています。例えば、現場間の移動がそうです。現場を管理する現場代理人は、複数の現場にいる作業者から呼ばれ、それぞれの現場まで移動し、現地現物を見て判断し指示します。この移動時間という無駄をなくすデジタルツールが「SynQ Remote」です。
「SynQ Remote」は音声や動画でコミュニケーションを取るだけに留まらず、現場特有の課題を解決するソリューションが搭載されています。
まず、遠隔地からポインタを出すことで、配線の位置など口頭で伝えにくいことを、簡単に間違いなく指示することができます。また、騒音環境で音声が聞こえにくい現場環境を考慮して、話した言葉がテキスト化されスマートフォンの画面に表示されます。これにより、現場と遠隔地間のリモートでのコミュニケーションを、現地で話しているかのように自然に行えるシステムを実現しました。
――現在、どのような企業に導入され、活用されているのでしょうか。
下岡 2020年11月2日に正式リリースを行ったばかりですが、建設業だけではなく、製造業の海外現場の技術派遣など、海外工場からの受注依頼を特に多く頂いています。コロナ禍で現地に行くことができない状況が当たり前となり、「SynQ Remote」の需要が急増していることを実感しています。
正式リリース前の有償版については、大手の建設会社に導入され、好評をいただいています。実際に「SynQ Remote」を使うことで、現場間の移動時間が1日に50分程削減されたというお声もあります。また「SynQ Remote」は熊本の水害被害の復興支援でも活躍しました。人を行かせにくい危険な場所での作業を必要最小限の人数で実施できたという報告もあります。
――地方やレガシー産業に、新しいものを導入するハードルは高くないのでしょうか?
下岡 ハードルが高いと感じたことはありません。
「SynQ Remote」はUIがシンプルで、LINEのような感覚で使えるものになっています。現場の年配者もLINEを当たり前に使っていますし、ITリテラシーが低いのは問題にはならず、いかに簡単なUIにするか、操作に慣れてもらえるかということだと思っています。
――これからクアンドはどのような価値を世に打ち出していきますか?
下岡 SynQのビジョンは「現場で働くフィールドワーカーを、時間・空間・知識・言語の制約から解放し、豊かさと喜びのある現場仕事を創造する」というものです。デジタルツールで無駄をなくし、そこに貯まったデータを活用することで、フィールドワーカーを今のITエンジニアのような自由な世界に近づけたいと思っています。
SynQシリーズ第一弾である「SynQ Remote」は、無駄をなくすためのデジタルツールでした。デジタルツールを使うと、そのやりとりに関する知識・スキルデータが蓄積され続けます。技術が必要な現場の仕事も、今までのように属人化せずデータ蓄積をし続けることで、「誰でもできる」ことが増えます。この蓄積されたデータを活用するのが次のステップと考えています。
これらを実現すると、個人の仕事の履歴がデジタル化され、技術者であっても個人同士がコラボレーションできるようになると考えています。これに伴い、個人と会社の雇用関係や働き方、給与の決め方なども変わり、現場で働く仕事を面白いと感じる人が増えると信じています。
事業拡大のために必須なビジネスパートナー
――『Microsoft for Startups』参画の経緯はどういったものだったのでしょうか。
下岡 もともと、福岡のスタートアップイベントStartupGoGoにて、Microsoft賞を頂いたのがマイクロソフトとの出会いでした。
地方やレガシーの業界では、マイクロソフトが一強なんです。元々、他企業のクラウドサービスを使用していましたが、クライアントからすると「なにそれ?」と言われてしまうものでした。しかし、マイクロソフトを使っているというだけで、うちのような小さい企業でも信用度が上がります。そういったところから賞を頂いたものですから、大変影響がありました。
信用の厚いマイクロソフトとなら、地方やレガシー産業の縛りを解くような良いモノを生み出せるのでは、とプロジェクト参画を決意しました。
――『Microsoft for Startups』で、どんなことを実現したいですか。
下岡 Azureを一定量無料で使わせていただいているので、資金を気にせずに大胆な開発をできればと思っていました。
実際、本プログラムに入ってからは、ここまでできるのかというほど大胆に開発させてもらっています。これまでは、資金がなく制限がある中で開発してきたので、Azureを自由に使えることでビジネスの可能性が格段に拡がりました。好きなだけチャレンジングなサービス作りに挑戦して、あたるかどうかを試すことができるので、『Microsoft for Startups』は開発者冥利につきる環境だなと思います。
私たちはこのようなリモート製品以外にも、複数の動画サービスを展開しているので、サーバー負担がかなり大きかったんですね。そういった面でも非常に助けられています。
――『Microsoft for Startups』に参画して、よかったこと思う部分はどういったところでしょうか。
下岡 事業運営に関することなら何でも素早く相談できる点は大きいですね。何らかの壁に当たった時や相談したい時にチャットを飛ばせば、すぐにマイクロソフトの担当者から返信が来る、というスピード感です。マイクロソフトの担当者さんに弊社のメンターをお願いしており、それこそマーケティングから、技術、営業の相談までさせていただいています。
通常、マイクロソフトのような大企業の窓口に問い合わせると、各部をたらい回しにされて、何度も弊社の背景を伝えて、答えに辿り着くまでにかなり労力と時間がかかります。特にAzureはアメリカ発信で日本に情報が落ちてくるまでにも時間がかかるので、本当に自力でやるのは大変だと思います。
一方で『Microsoft for Startups』に参画すると、弊社の内部事情を把握しているメンターさんにスピード感ある対応をお願いできます。情報を迅速に手に入れられるというだけでなく、本プロジェクトに参加していなければ知り得なかったような価値の高い情報をベストタイミングで得ることができます。
実際、私の質問に回答するために、マイクロソフト内部の調整やリソース捜索を担当者さんに迅速に行っていただいています。プレビュー発表されたばかりのマイクロソフトの新製品であっても、担当者さんのご尽力があり、リリースを待たずに社内情報を得ることができたこともありました。
困った時に何でも相談でき、弊社の内部事情を知っていながら他の目を持つ方に、解決策としての情報を出し惜しみなく頂けるこの環境は、本当に恵まれていると思っています。
――その他に、マイクロソフトから受けられている支援はありますか。
下岡 マイクロソフトと並走したこの1年間は、先ほども述べたようにAzureを我々が利用する分は全て無料にしてもらうことで、チャレンジングな開発をすることができました。
一緒にやっていく中で感じたことは、単なる開発支援に留まらず、ビジネスを成功させるためにはどうしたらいいのか、というところまでパートナーとして付き合ってくれるな、という点です。
今後もビジネスパートナーとしてタッグを組み、開発したソリューションを産業サイクルの一部にうまく当て込んだり、マイクロソフトの営業担当の方と私たちのサービスを永続的に売れるような仕組みを一緒に考えていきたいですね。
『Microsoft for Startups』は無料でAzureが使えるだけのプログラムではなく、マイクロソフトとの事業的な連携こそが最大のメリットだと思うので、ぜひ皆さんにもおすすめしたいですね。
――マイクロソフトと連携して、クアンドが実現したい世界とはどんなものでしょうか。
下岡 クアンドが持つITコンテンツやサービスと、マイクロソフトが持つネームバリュー、チャネルを組み合わせて、産業・人のポテンシャルが最大限拡張した世界を創っていきたいです。
ベンチャー企業の私たちにはどうしてもまだ、ビジネス的な信用と販売チャネルが不足しています。レガシー産業にいるクライアントと話すと、WindowsやOfficeなどのマイクロソフト製品は当然よく知られています。一方で、従量課金型のクラウドサービスに馴染みのない業界の人にとっては、Azureはまだまだ知られていない存在です。
弊社とマイクロソフトが、レガシーな産業領域にAzureを導入する仕組みを構築してシナジーを創りだし、現場だけでなく人々の働き方そのものを満足いくものに変革していきます。そして、地方のポテンシャルを最大限に拡大できるような世界を実現させていきたいです。
ITの力で現場仕事を輝かせたい
――クアンドは、コロナ禍でIT変化が急激に進んだ現在の状況をどのように捉えていますか。
下岡 波が来ている、そう思っています。
コロナショックにより、私たちの事業領域である「遠隔から操作すること」が、災害などの非日常の中に存在するのではなく、日常的になったことを感じています。
また国の制度も、公共事業のデジタライゼーションを進め、デジタル庁をつくろうという方向に動いており、デジタル化の機運の高まりを感じます。
フィールドワーカーの人達の働き方はこれからかなり変わるだろうなと思っています。人口の構造を見ても、ITテクノロジーの進歩も、国の制度でもそう感じます。
――フィールドワークの方々のイメージを刷新するために、何がキーとなってきますか?
下岡 ムーブメント作りですね。これは弊社のミッションの一つでもあります。
製造業で機械を扱う人や建設業にエンジニアと呼ばれる人達がいます。一般的にエンジニアというと、ITエンジニアを指しますよね。でも究極、彼らは同じじゃないかなと思うんです。基本的にモノを作るという核が一致しているので、製造業や建設業のエンジニアはITにも精通できると思っています。こうなると、ハードウェアも扱いながら実際の現場も分かっていて、モノを作る中でITも取り入れられる人が誕生します。
こういうムーブメント自体もできて、現場にいながらもITで変えていくという「カッコよさ」を作れるとおもしろいですね。
――事業の先にある未来を教えて下さい。
下岡 レガシー産業に眠る知見・モノづくりの精神・高い品質など、日本の強みはこれまで見えず曖昧なものでした。このような形のない日本の強みをIT技術と組み合わせることで、日本でしか生み出せない価値を創出していきたいと強く思います。
日本という観点だけでなく、東京でないと見えにくい・やりにくいような地方ならではの課題に対して挑戦し続けます。地方ごとに強い価値を作り、雇用を作り、今の働き方を変えていきます。
創業以来、現場に寄り添って仕事をしてきました。ITエンジニアがヘルメットを被って、現場の横でコーディングする風景は、他社では珍しいと思いますが、弊社では当たり前の光景です。私たちにしか見えない現場のことを、マイクロソフトの力を借りながら、ITで解決していきたいですね。地方やレガシーの産業を変えて、現場仕事を輝かせることで、普通に働いている人たちの生活や仕事に価値を提供していきたいです。
※この記事は日本マイクロソフトからの寄稿記事です