数字で読み解くLGBT・性の多様性ーー多様な「違い」を楽しむために

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「目に見えないアイデンティティ」への意識

グローバル化や少子高齢化を背景にDiversity & Inclusionを謳う企業が国内でも増えている。性別、年齢、国籍、障がい、宗教・信条など様々なアイデンティティに対する理解に取り組み、その包摂を目指す企業は少なくない。今後、深刻な人材不足に悩むであろう我が国の未来においては、均質化された人材を集めることではなく、多様な人材が働きやすい環境を整え、イノベーションを創発する環境を整えていくことは、企業の存続において重要な経営課題として捉えられている。

「多様性推進」とひと言に言っても、少し前は「女性活躍」と同義に捉えている企業も多かったが、いまや目に見えるアイデンティティだけではなく、目に見えないアイデンティティである「セクシュアリティ=性のあり方」の多様性にも意識が集まっている。「LGBT」と言われる、いわゆる性的マイノリティに対する社会の意識が大きく変化していることは、その象徴と言えるであろう。

同性や両性を好きになる人や、出生時に指定された性別と異なる性別を生きる人、もしくは生きたいと思っている人など、性のあり方は人それぞれである。しかし、つい最近まで、こうした性的マイノリティに対する社会の目は、好奇の眼差しや嘲笑の対象となり、ともすれば嫌悪感を持って捉えられてきた。

「見て見ぬふり」をしている人も多い社会の中、マイノリティ当事者は、そのアイデンティティを隠して生活してきたのだ。当然、職場環境は勿論、家族や親戚に知られぬ様に、死に物狂いで隠して日常生活を送るのが当たり前の社会だった。

ヨーロッパ、アメリカは2000年初頭から

しかし、昨今、こうしたアイデンティティに対する社会意識に変化が生まれてきている。国際社会では、ヨーロッパ、アメリカを先頭に2000年初頭から多様な性のあり方に理解が広がってきている中、15年ほど遅れて日本社会においても変化の波がやってきているのである。

2016年に我々が調査をした時、この「LGBT」という言葉の認知率は54.4%だったが、2019年には91.0%に上昇している。一方、高い認知に対し、未だ内容理解については、57.1%とやや低い状況だ。「なんとなく知っているけれど、意味までは分からない」という人が多いという実態が浮き彫りになった形だ。

そもそも、LGBTという言葉自体、性的にマジョリティかマイノリティかを分断しているため、このような言葉はなくなってしまう方がいいのかもしれないが、一方で、さまざまな性のあり方に対する正しい知識がないことによる、誤解や偏見で、社会的にストレスを感じざるを得ない性的マイノリティの人たちがいることも事実である。

正しい知識をもつことと、身近に存在しているという意識をもつことが、こうした状況の解消には欠かせないだろう。

2020年6月には労働施策総合推進法が改正され、大企業や地方自治体にはパワハラ防止対策が義務化される。性的マイノリティに対する侮蔑的な言動や、当事者のプライバシー保護についても知らなかったでは済まされない状況だ。ビジネスマナーのスタンダードとして、性のあり方に対する正しい知識をもっておくことは必須であり、今日は改めてLGBT・性的マイノリティについてご紹介しておきたい。

LGBT・多様な性のあり方とは

「LGBT」は、性的マイノリティの総称のひとつ。レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの英単語の頭文字から成る言葉だ。

国内では「LGBT」という4文字が多くみられるが、国によっては「LGBTQ+」という総称が使われる場合もある。QはQueer(クィア)という言葉を示し、LGBT以外の性的マイノリティを表すと言われています。末尾の「+」という表現は、これ以外にも、あらゆる性のあり方を全て含めていることを意味している。

LGBT・性的マイノリティを正しく知るには、「性的指向」と「性同一性」という2つの言葉を知っておきたい。

性的指向とは、性的・恋愛的に魅力を感じる性の傾向のことで、好きになる性のこと。多くは異性を好きになる異性愛者で93.0%を占めるが、同性が好きになる「同性愛」、異性・同性どちらも好きになる「両性愛」、性的指向が無い「無性愛」など、性的指向は多様にある。LGBTのL・G・Bはこの性的指向における少数者を指す。

性同一性とは、出生時に指定された性別に対する同一感のことを指す。出生時に指定された性別に対し同一感を抱き生きている人は93.9%を占める。一方、指定された性別と異なる性自認(自己の性別に対する認識)を抱き、異なる性別を生きたい人もいる。この指定性別と異なる性別を生きたい人をトランスジェンダーと呼称し、LGBTのTは、この性同一性における少数者を指している。

性的少数者は身近な存在?

LGBT総合研究所調査が2019年4、5月に全国20~60代の約43万人を対象に実施したインターネット調査(有効回答数約35万千人)では、性的少数者(前述の性的指向や性同一性におけるマイノリティ)に該当する人は10%だった。

しかし、実際に生活している中で、我々はどの程度、周囲のLGBTを認知しているだろうか?

殆どの人が、そうした実感を持たずに生活しており、同調査では83.9%の人たちが、周囲にLGBT・性的少数者が存在しないと回答した。実際には、存在していないのではなく、気づいていないだけだが、性のあり方は目に見えないため、周囲には中々認識されないのが現状だ。

こうした背景のひとつにはカミングアウト(自身の意志による公言)している当事者が少ないことが挙げられる。カミングアウトは個人の自由であり、他者に伝える必要は全くない。日常生活で、自身の性的指向や性同一性を公言して生きる必要性が無いシーンも多く、他者へ伝える義務もないが、自身の性のあり方に対して正直に生活したいLGBTも少なくない。同調査でカミングアウト率をみると友人(LGBT以外)に対しては14.4%、家族に対しては5.2%、職場環境においては3.0%という結果だった。こうした国内の低いカミングアウト率の背景には、未だ国内では性のあり方に対する理解が進んでおらず、誤った認識に基づく偏見が存在していることが挙げられる。

無理に受け入れようとせず、尊重し合うこと

誤解や偏見が多い中、まず我々が必要なことは、正しい知識をもつことである。残念ながら、当事者として日常生活の中で、まだまだ誤った認識を持っている人も多いと感じることも多い。同性愛者は異性の言葉遣いや服装をしたいのではないか、トランスジェンダーは皆、性別適合手術を望んでいるのではないか、といった「思い込み」が非常に多い。

メディアの影響もあるのだろうが、可視化されているもので、一括りにしてしまうことは危険だ。L・G・B・Tにもそれぞれの「らしさ」があり、多様なのだ。男性的なゲイもいれば、女性的なゲイもいる。レズビアンもしかり。指定された性別と異なる性別を生きたい人の中でも、手術をする人もいれば、望まない人もいる。

様々な価値観で、LGBT・性的少数者も生きている。性のあり方を知っても「思い込み」で捉えないことが重要だ。性のあり方を正しく知り、それぞれの性のあり方を尊重し合うことが重要だ。

ただ、人間、初めて知るものと向き合うことには勇気がいるし、不安もあるだろう。知らないが故に避けてしまうことも多い。カミングアウトされても困るという人も多いのも事実だ。「どう受け入れたらいいんだろうか」と悩むこともあるだろう。

だが多様性推進とは「何でも受け入れる」ではなく、多様なものを尊重し合うということ。必ずしも「受け入れなければいけない」ということはない。既存の価値観を大事にする人も尊重されるべきだと私は考えている。そもそも、人はたくさんのアイデンティティを持っている。

目に見えるものだと、年齢、性別、人種、身体的な特徴など。目に見えないものだと、性的指向、性同一性や性自認のほか、宗教などの思想、信条もある。そこで「LGBTを受け入れましょう!」と強要されてしまうと、「宗教的にLGBTがダメな人はどうすれば?」ということも起きうる。多様性推進は、時に、価値観の衝突も生む。だから「尊重」というスタンスが大事なのだ。

筆者の母はキリスト教カソリック信者だった。宗教上、同性愛は認められておらず、私は自身の性のあり方を隠していたが、ある時、母に知られてしまった。母は半年くらい悩み、自分を責め、どうすればいいのか困惑していた。

そんな母が、昨年他界したのだが、彼女の日記には「いいところがたくさんあるのに、このひとつ(性的指向)を許せないが故に、私は自分の息子を愛せないという決断を下すのだろうか?」、「受け入れられない部分を持っていても、それ以外のアイデンティティでその人を判断すればいいのではないか?」と記されていた。

人はみな多様な個性を無数に包含している。価値観の違いや受け入れられない部分を持っているのは当たり前。人と向き合うとき、ひとつのアイデンティティを無理に受け入れようとすると苦しいが、受け入れられなくても「違い」として理解し合うスタンスが重要だ。

知らないアイデンティティに向き合う時、我々はそこにフォーカスしがちになるが、無用な誹謗中傷や否定をするのではなく、正しく知り、違って当たり前というスタンスで向き合うことが重要なのだ。

多様な「違い」を楽しむことが、自分らしい生き方を誰もが出来る環境づくりになると、私は信じている。そのために、多くの人に性のあり方を正しく知ってほしいと、今日も願っている。

文:森永 貴彦

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