AIリテラシーが高まりつつある現在、2010年台から始まった第3次AIブームが終わりを迎えようとしている。その背景には、バズワードとなったAIへの期待と、実際の導入への課題との間にギャップの存在があることがわかってきた。
キーマンズネットが調査した「AI導入」に関する調査では、企業の業務およびシステムにAIは必要かという質問について、全体の回答(1,329件)のうち「必要だと思う」が85.9%、なのに対し、「利用コストや維持管理を考えると費用対効果が低い」などとして、「活用している」と答えた企業は約18%にとどまる結果となっている。
この導入に対するジレンマを解消すべく、導入における手間や人的コストを最小限に抑え、低価格かつサブスクで利用できるAIクラウドサービスの提供に力を入れているのが、株式会社トライエッティングだ。
今回は、株式会社トライエッティングの代表取締役、長江祐樹氏(以下、敬称略)に、現代の日本におけるAI導入における課題をはじめ、AI活用で見えてくる働き方や、サービスの発展と『Microsoft for Startups』プログラムとのシナジーについて伺った。
AI導入企業が抱えるコストというジレンマ
――AI開発の事業をされる中で、日本企業におけるAIの活用状況や、導入状況をどのように感じられていますか?
長江 AIブームが始まって5年ほど経ちましたが、AI活用されている事例って大手企業でもあまり聞かないですよね。実は、この5年の中でAIプロジェクトの実績はまだ2クール目なんです。
その理由は、単純に成果が出るまでに時間がかかるのに合わせて、成果をどう位置付けるかなどの結果検討に時間がかかるからです。その結果、コストの見積が難しくなってしまいます。
ここが分かって来てしまったため、AI開発というものに対するコストへの意識が、2クール目を経て非常に渋くなってきたのが現状です。これが業界全体の課題かなと感じています。
――ブームが始まった頃はAIへの期待値が高まっていたが、実際には実証実験もやらなければいけないし、コストもかかるし・・となってきたということですね。
長江 そうです。人件費めっちゃかかるやんって(笑)資産が積み上がっていく一方で、「これ本当に資産性あるの?」という話になってしまっている。それが企業様側からコストを確保する大きなハードルになっているというのが現状です。
従来のAI開発というのは、お客様にAIを開発するためのサーバーを用意していただいて、そこにAIシステムを構築し、その上でお客様のシステムを繋ぎ合わせないといけませんでした。また、そうするためにはお客様の社内に入って開発をしなければならず、人件費や開発原価が非常に高くなってしまいます。これがお客様にとってはいわゆる開発資産になってしまっていました。
だからこそ、手早く、コストを抑えながら、高精度で、現場に落しやすいようなシステムを提供する仕組みが必要になるわけです。
誰かの“できない”を埋められるサービスを
――トライエッティングを立ち上げたきっかけはどういったものだったのでしょうか。
長江 実は、私は体の中に埋めるセンサーを作る、というのが本来やりたいことでした。私は現在、名古屋大学の博士課程にいるんですが、半導体物理を専門としています。なぜ半導体専攻なのかというと、センサーを作るには半導体が必要だからなんです。
半導体を体の中に埋めて何をしたいかというと、例えば、未だに見つかっていない癌のマーカーにだけ特別に反応するセンサーを作って癌や脳卒中の予測をするなど、つまり未病の発見です。そのためには、半導体の材料開発が必要になってきます。
また、センサーでセンシングするためには、毎日何千万人という大量の人体データをとらなければなりません。そのため、莫大な数のデータ量をつつがなく処理ができ、かつオーダーメイド型の予測ができるAIを作る必要がありました。
私たちは、いきなりヘルスケアの領域で事業化するということが難しいと分かっていたので、まずは病気の予測AIを作る基盤を、私たち自身で提供できるようにしようと考えました。それが弊社を立ち上げたきっかけです。
――御社のサービス「UMWELT(ウムヴェルト)」はどういったサービスなのでしょうか。
長江 「UMWELT(ウムヴェルト)」はノーコードのAIクラウドサービスです。データの前処理をして、データウェアハウスを作るETL機能に加えて、RPAとAI、この3つがセットになっています。
さらに、プログラミングをしないノーコードで、手軽に業務のアルゴリズムを作って自動化できるようになっています。一言でいうと、自動化したい業務を簡単に自動化できるツールです。
私たちが得意としているのは、もともと企業が保有しているデータベースやエクセルなどの様々なデータを、システム上でひとつのデータにまとめるという作業です。これをアナログで行うとかなり工数がかかるんですが、「UMWELT」にデータを入れて簡単な操作をしていただくと、ひとつのデータウェアハウスにまとめることができます。これがETL機能です。
また、これは皆さんあまり意識されてないんですが、AIで出力したデータを、現場の方にどうやって使っていただくのかということが重要です。UMWELTは分析結果をエクセルに出力しますが、エクセルはあくまでもインターフェイスとして考えているので、分析結果の見やすさを重視して出力しています。
そうすると今度は、エクセル内の情報を持ち出して活用することが大変です。そこでようやくRPAというものが出てきます。RPAを使うことで、UMWELTを通して社内にある様々な種類や部署のデータをシームレスに見たり、利用することが可能になります。システムのつなぎでRPAを使っている感じです。
データを現場へ落とし込むためには、AIのアルゴリズムだけでは足りません。ETLだけでも核心を突けないし、RPAだけではデータを運んで入れるという単純作業しかできない。実際にツールを使う現場の方たちにとっての使いやすさを実現するためには、この3要素を組み合わせてあげることが重要だと考えています。
「ビジネス上の知性を、システム上で汲み上げる」この概念を表現したくて、UMWELTができました。単純なインテリジェンスではなく、相対としての知能、知性のことを、ウムベルトって生物学用語でいうんですが、それがサービス名の由来になっています。
――現場の使いやすさを重視しているサービスなので、クライアント企業の社員がAIを使いこなせない、という課題も解決できそうですね。
長江 そうですね。私たちの製品は、ターゲットとして2人のペルソナを置いています。1人はデータサイエンティストで、システムサイドの技術は分からないという方。もう1人は、SIerでデータサイエンスの知見がない方。「UMWELT」は、この2者間の知識の溝を埋めることができるツールです。
例えば、データサイエンティストの方は、自分でプログラムを書く必要がないですし、SIerの方は、システムがデータを最適化して出力してくれるので、データサイエンスの基礎的な知識だけ知っていれば使えます。さらに開発の手間もかかりません。
また、コストの低さも魅力の1つです。「UMWELT」は、どれだけプロジェクトを進めてもサブスクの定額でご利用いただけます。よく「簡単・速い・安い・うまい」のAIが作れるとお伝えをしています。
コストが高ければ高いほど、費用対効果は必然的に下がります。効果があってこその製品作り、導入なので、低価格での提供は経営者として一番意識しているところです。私たちのサービスは企業のシステムの根幹に入れるものなので、お客様にインフラとして末永く使っていただくためにも、低価格での提供が必要であると考えています。
ツールだけじゃない、マイクロソフトの持つビジネスサポートの強さ
――どのような経緯で『Microsoft for Startups』へ参画されたのでしょうか?
長江 1年前、福岡のICCでマイクロソフトの方とお会いした時にお誘いいただきました。実際に参画してからは数カ月というところです。
弊社のサービスは、低価格なサブスクでの提供方法を確立するため、もともとクラウド上でノーコードでツールを作っていまして、その基盤が実はマイクロソフトの『Azure』というクラウドサービスだったんです。
なぜ『Azure』なのかというと、弊社のCTOが、「僕はC#があればなんでもできる」というような、C#コードで開発を行うCシャーパーだったからです。(笑)『Azure』はC#がベースになっているクラウドなので、この選択肢をとっていました。
そういった経緯もあって、もともとマイクロソフトの大ファンだったので、今回こうやってアライアンスを組ませていただくことになりとても嬉しく思っています。
――実際にどういったサポートを受けられているのでしょうか?
長江 マイクロソフトの方は、みなさんとてもフランクに接してくださいます。大企業なのにスタートアップと同じ目線で、フットワーク軽くコミュニケーションがとれるのはありがたいですね。気軽に相談ができるので助かっています。特に担当者の方には大変お世話になっていて。ぼく、担当者の方が大好きなんです。(笑)
『Azure』などのMS製品を使っているスタートアップには、ぜひこのプログラムへの参画をお勧めしたいです。
AIの活用でサステナブルな働き方を実現する
――そもそも、なぜ今、企業にとってAIが必要という状況になっているのでしょうか。
長江 実は、AIを導入する大きな目的って「コスト削減」か「売上向上」の2つしかありません。売上を向上させるというのは、新規ビジネスにつながるようなことなので難しい。そのため、手っ取り早いのはコスト削減ということになります。コストが抑えられるところというのは、物的資産の削減か、もしくは人的資産の削減、効率化です。
その一つの例として、団塊世代の方々がこれからご退職やご定年になるというタイミングをきっかけとしてAIが導入されることが予想されます。例えば、ベテランの方が長年現場で培われたノウハウをAIでデータとして資産化することで、工数と人的資産の削減が可能になります。これを私たちはデジタル労働力と呼んでいます。
これから団塊の世代が抜け、働ける人が30%減ると言われているなかで、利益を向上するために、AIを使ったデジタル労働力のニーズが社会的に高まってくると考えています。
――最近では、UMWELTと三井物産さんとの共同実証実験のプレスリリースも出されていました。導入される企業には、どのような企業が多いのでしょうか?
長江 いずれも「モノを作って運んで売る」企業様が多いですね。例えば、ECサイトの企業様では、UMWELTを使って需要予測や在庫管理、さらにそこにシフト作成を組み合わせてご利用いただいています。
なぜシフトの作成を組み合わせているかというと、需要予測や在庫管理によってシフトの調整をしたいからなんです。繁忙期には人が必要ですし、在庫によってポジションごとの必要人数は変動します。さらに、扶養内で働きたい人の出勤日数の調整など、シフト作成はいろんな条件が組み合わさるので、実はすごく大変なものなんです。
モノを作って運んで売る、それは全て人とモノの作業です。人とモノという企業の二大リソースを最適化するということは、すなわち労働生産性の向上に繋がるということになります。そこにニーズがありますね。
――需要予測や在庫管理での成功事例があれば教えてください。
長江 大手食品系のメーカー様での事例なのですが、食品なので、全国の小売店に営業さんが張り付いて、翌月の生産計画を立てるんです。でも本社の責任者の方が勝手に生産数を調整してしまって困っている、というご相談がありました。
そこで、「UMWELT」を使ってAIで需要予測を行ったところ、需要をぴったり予測出来るようになりました。さらに、あえてその予測よりも若干多めに発注することで、欠品しないぎりぎりのラインで在庫を持てるようになったのですが、なんと結果的に3割の在庫が減りました。例えば100億円程度の在庫があったとした場合、そのうちの30億円分が減るということなので、かなり大きなインパクトですよね。
今後もAIの需要予測を活用していくことで、さらに効率的に生産計画を立てていただけると考えています。
AIはあくまで手段。目指すは身の周りの世界平和
――最後に、トライエッティングがこれから目指す世界や、長江さんご自身が考えられている夢やビジョンを教えてください。
長江 世界平和です。一言で世界平和といっても、具体的には、私の身の周りの世界を平和にしたいということになります。病気の予測をしたいというのも、私自身の出自によるものですし、私たちの会社をとりまく名古屋というモノづくりの地域で、モノづくりに使えるAIを提供することで平和にしたい。
私たちは、ただAIを作って売ることが目的ではないんです。将来のビジョンとして、別にAI教育をやりたいわけでもなく、AIを作りたいわけじゃなく、AIはあくまで手段です。
日本という社会において、必ず来ると言われている労働生産年齢人口の減少、労働生産性の低下によってGDPが3割減ると言われていたり、そういったことも要因となって社会保障・福祉制度・医療制度が崩壊するかもしれない。事業を進めていく中で、こういった社会課題に対してのアンサーを出し、それをひとつずつ形にするプラットフォームでありたいと思っています。
取材・文:花岡 郁
写真:西村 克也