世界最大級のスタートアップイベント「Slush」をはじめ、イノベーションが生まれる地としても注目を集めるフィンランド。

なかでも、2016年、2017年と2年連続で「ヨーロッパで最も持続可能な都市」の1位を獲得、2018年には「世界で最も知的なコミュニティ都市」に選出、さらに2020年には「EU都市イノベーションアワード」で準優勝と、突出した教育やエコシステムが世界から評価されているのが、フィンランド第2の都市エスポーだ。

MySQLやSupercellといったユニコーン企業を輩出し、スタートアップシーンを牽引するエスポー市の革新性をひもといてみたい。

英語が公用語、教育レベルは国内ナンバーワン

近代的なデザインのメトロ・ケイラニエミ駅

ヘルシンキからメトロで15分ほどの場所に位置するエスポーは、人口28万人とヘルシンキに次いで人口が多く、住民の20%が15歳未満とフィンランドのすべての主要都市で最年少。毎年5,000人ほど人口が増加しており、国内でもっとも成長速度が速い都市だ。

ヘルシンキに近いタピオラ、ケイラニエミ、オタニエミ地域は、北欧最大のイノベーションハブであり、繁栄する国際企業、スタートアップコミュニティ、著名な科学者や研究者のコミュニティが存在する。エスポーは100の異なる国籍の人々が働くダイバーシティでもあり、公用語として英語が認められている。外国語人口の数は2025年までに2倍になる見込みだ。

教育レベルが高いのも特徴的で、25歳以上の居住者の51%が大学の学位を取得。これは世界視野で見ても例外的な数値で、市内にあるアールト大学やフィンランド技術研究所(VTT)の存在が取得率を押し上げているようだ。

また、生涯学習を可能にし、開拓した功績により、ユネスコ学習都市として表彰された実績も持つ。市内にあるエスポー成人教育センター (Espoon työväenopisto)では、成人向けにさまざまな科目の授業が提供されており、そのほとんどが夜間に行われるため働きながら通学することもできる。

教育におけるICTの利用も盛んで、幼児教育の一貫としてVRコンテンツの利用、一般高校の授業で生徒自身によるVRコンテンツの制作、基礎教育を行う一部の学校でプログラミングの授業などが実施されているという。

オープンイノベーションを加速する独自のエコシステム

タピオラ、ケイラニエミ、オタニエミ地域には、約5,000人の研究者と約25の研究開発組織、国際企業などが集まる。そして、エスポー市が推進するイノベーション・エコシステム「Espoo Innovation Garden(エスポー・イノベーション・ガーデン)」が、研究機関・企業・大学を結び付け、オープンイノベーションを活発化させる起爆剤となっている。

世界中から注目されるスタートアップイベント「Slush」もエスポーから生まれた

優れた起業家を育成するために設計されたアクセラレータプログラム「Kiuas」やスタートアップ・一般企業・投資家向けのオンラインマッチメイキングプラットフォーム「Launchpad」などを通じて、日々さまざまなプロジェクトやオープンイノベーションが生まれているようだ。2020年5月〜10月のコロナ禍では、WEBを活用したマッチメイキングイベントも実施され、現状で5社がビジネスパートナーとしての契約締結や投資のチャンスを獲得したとのこと。

さらに、アールト大学構内にある将来のユニコーン企業のためのスタートアップコミュニティ「A-Grid」の存在も見逃せない。ここは約150のスタートアップ、欧州宇宙機関ビジネスインキュベーションセンター、国連テクノロジーイノベーションラボ(UNTIL)などの拠点として機能している。

プライベートオフィススペース、オープンワークエリア、ミーティングスポット、イベント会場のほか、工房やラボなども構え、メンバーになるとこれらが利用できる。加えて、デザインファクトリー、アールト・スタートアップ・センター、Aalto Entrepreneurship Society、Kiuas、Slushなど、スタートアップの成長を支える強力なネットワークも併せ持つ。

利用料は月150ユーロからと手頃で、スタートアップにとって事業を加速させるための格好のコミュニティといえる。

快適さと持続可能性を両立させる暮らし

映画『かもめ食堂』の舞台としても有名なヌークシオ国立公園

メトロに多大な投資を行うエスポーは、ヘルシンキまで約15分、ヘルシンキ・ヴァンター国際空港まで約1時間と利便性の良い都市でありながら、豊かな自然にもアクセスしやすい。同市にあるヌークシオ国立公園は国内外から多くの人が訪れる人気観光スポットで、トレッキングやきのこ狩り、ベリー摘みなどが楽しめる。

また、「ヨーロッパで最も持続可能な都市」として評価されている通り、環境対策にも意欲的。2030年までにカーボンニュートラルになること、ヨーロッパで永続的に持続可能な都市になることを目指し、施策を実施している。

取り組みの一例として、2018年4月に発足した環境デザインチームがエスポー市民のフィードバックを大々的に募集、合計2万件以上のコメントを住民から受け取り、その声をもとに環境デザインを整えるプロジェクトを実施した。

また、カーボンニュートラルプロジェクトでは、2025年に石炭の使用中止を中間目標に掲げ、2014年から開発作業が実施されている。これは新世代の地域暖房として、化石燃料を廃熱、再生可能電力、地熱エネルギー、バイオエネルギーなどに代替えすることで、カーボンニュートラルを達成する取り組みだ。

2020年春には新しいバイオ暖房施設が試運転を開始、これによりエスポーのカーボンニュートラルな地域暖房のシェアは40%に増加した。さらに、世界でもっとも深い地熱井を掘削するオタニエミ地熱ヒートプラントや夏に処理された廃水と海水からの余剰熱を利用するSuomenojaのヒートポンプ施設の稼働も予定されている。

クリーンエネルギーの大手企業「Fortum」の公式HPより

エスポーをはじめヨーロッパに多くの支社を持つクリーンエネルギーの大手企業「Fortum」は、エスポーのカーボンニュートラルな地域暖房のシェア予測を上記のように公表している。供給の安全性のため天然ガスの容量はわずかに残るものの、2029年には95%を達成すると保証している。

このように、オープンイノベーションに積極的な起業家やスタートアップ、あるいは国際的な企業で働く移民などにとって、エスポーは首都ヘルシンキ以上に魅力にあふれた都市であるに違いない。今後も右肩上がりの人口増加に伴い、独自のエコシステムの発展が見込まれるイノベーション都市・エスポーの動向に期待したい。

取材・文:小林 香織
編集:岡徳之(Livit