学習速度はクラス受講の4倍、社員トレーニングにおけるVR活用の可能性

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変化への順応求められるビジネス、社員スキルアップの重要性

第4次産業革命、デジタルトランスフォーメーションに加え、リモートワークシフトなど経済社会/ビジネス環境が大きく変化していることは、誰の目にも明らかだ。

多くの企業にとって、この変化にどう順応するのかが大きな課題となっているのではないだろうか。

変化への対応策の1つとして挙げられるのが社員のスキルアップだ。デジタル時代に求められるハードスキル/ソフトスキルを社員研修やEラーニングを通じて高め、生産性を向上させる取り組みだ。

以前(2019年5月)、ゲーミフィケーションを活用した社員トレーニング事例をいくつか紹介した。

たとえば、米住宅リフォーム建材小売大手Home Depotは2018年3月、店舗従業員の商品知識を向上させるためのモバイルアプリ「PocketGuide」を導入。これは、ステージランクが設定されたクイズゲームで、回答していくと商品知識が高まる仕組みになっている。

ゲーム要素をトレーニングに導入することで、社員のモチベーションを高められる可能性があるとして、他にも様々な企業でゲーミフィケーションを活用した社員トレーニングが導入されている。

Home Depoの「PocketGuide」(Home Depoウェブサイトより)

このゲーミフィケーション事例を紹介してから1年以上が経過した今、社員トレーニングは新たなフェーズに突入しようとしている。それがVRを活用したトレーニングだ。

すでに数年前から先進的な取り組みがいくつか実施されているが、VRヘッドセットの高性能化・コスト低下によって、広く普及する条件が整いつつある。

また、社員トレーニングにおけるVR活用がどのような効果をもたらすのかを示す分析レポートが登場するなど、企業のVRへの関心の高まりを示唆する動きも観察される。

今回は、PwCがこのほど発表したVR社員トレーニングの効果に関する実験レポートを参考に、企業におけるVR活用の可能性に迫ってみたい。

PwCが社内で実施したVRによるソフトスキル向上トレーニングの驚く結果

2020年6月、PwCは社員トレーニングにおけるVR活用の効果を調査したレポート「The Effectiveness of Virtual Reality Soft Skills Training in the Enterprise」を発表した。

同レポートは、デジタルトランスフォーメーション文脈での社員トレーニングで、VRトレーニングがどれほど効果があるのか調査したもの。

現在すでに、フライトシミュレーションや設備メンテナンスなどの職業技能トレーニングに関して様々なVRトレーニングが実施されているが、ソフトスキルに関するVRトレーニング事例は少ない。

そこで、PwCは同社で実施しているマネジャー以上向けの「インクルーシブ・リーダーシップ」トレーニングをVR化し、クラス受講/Eラーニングとの比較で、VRトレーニングの効果を調べた。

VRトレーニングは、オフィスの中で実際にチームメンバーと見立てたアバターと会話するイマーシブな仮想環境で実施された。

会話の中で選択肢が表示されるが、その選択肢を選ぶとき、参加者は選択番号をカーソルで選ぶのではなく、その選択肢に表示されたセリフを声を出して述べなくてはならない仕組み。実際にその場にいるかのような没入感の非常に高い仮想環境でのトレーニングとなった。

この実験で、VRトレーニングは驚くべき効果を示した。

まず学習速度はクラス受講に比べ4倍速いという結果が示された。

「インクルーシブ・リーダーシップ」トレーニングをクラス受講した場合、参加者が学習完了までにかかった時間は平均2時間だった。一方、VRトレーニングは29分で完了したのだ。45分かかったEラーニングと比べても、大幅な時間短縮を実現している。この比較では、クラスへの往復時間は含まれていない。

またVRトレーニングは、トレーニング後の参加者の自信を高める傾向も明らかになった。トレーニング後、実際のシチュエーションで学んだことを行動に移す上で、VRトレーニングを受けた参加者の自信度合いは、クラス受講した人に比べ40%、Eラーニング受講者に比べ35%高いことが判明した。

このほか、学習内容への感情的なつながりが強くなる傾向や集中力が高くなる傾向も観察された。

VRが人間心理に一定の影響を及ぼすことは、多くの学術研究でも観察されている。PwCの実験は、研究室だけでなく実際のビジネス環境においてもVRの効果があることを証明するものといえる。

トレーニング参加者が増えるほど費用対効果高まるVRトレーニング

PwCのVRトレーニングは、注意深くデザインされたもの。VRだからといってすべてのトレーニングが同じ効果を発揮するとは限らない。しかし、上記の実験結果を見て、自社でも試してみたいと考える企業は少なくないだろう。

そこで気になるのが導入コスト。VRヘッドセット、ソフトウェアなど、初期コストはどれほどなのか、どれほどのROIが見込めるのかなど気になるはずだ。

PwCのレポートは、トレーニング参加者1人あたりのコスト比較分析も行っている。

それによると、まず100人の時点では、VRトレーニングのコストは3,789ドルと、クラス受講トレーニングの2,740ドル、Eラーニングの2,596ドルを大幅に超えてしまう。

しかし、参加者が増えるほどVRトレーニングの1人あたりコストは下がり、375人でクラス受講と同じに、1,950人でEラーニングと並ぶ。3,000人がトレーニングに参加した場合、VRトレーニングの費用対効果は、クラス受講に比べ52%高まるとの計算結果となった。

参加者1人あたりのコスト、赤ラインがVRトレーニング(PwCウェブサイトより)

PwCの実験は「オキュラス・クエスト」を使って実施された。最新の「オキュラス・クエスト2」が前モデルに比べ100ドル安くなっていることを考慮すると、VRトレーニングのコストはさらに低くなる可能性がある。

テクノロジー調査会社IDC(2020年9月29日)によると、このところVRは、コンシューマーだけでなく、企業の間でも関心が高まっており、2020年の企業向けVR市場の成長率は38%になる見込みだ。また2024年には53%に拡大すると予想している。

VRが普及フェーズに入ったのは間違いない。企業における社員トレーニングを含め、ゲーム以外の領域でどのように活用されていくのか、今後の展開が楽しみだ。

文:細谷元(Livit

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