パンデミックで病院を訪問するリスクが高まる中、利用者が急増している「遠隔診療」。新型コロナで甚大な被害を受けている欧州で、特に注目されているのが、「イノベーション・インデックス2020」でEU1位となったスウェーデン発のデジタル医療スタートアップだ。

スウェーデンでは、ITインフラの充実や教育水準の高さなどを背景に、これまでもデジタル分野でいくつものグローバル企業が誕生しているが、デジタル医療は次のイノベーションが起こる分野として期待を集めている領域だ。

パンデミックで加速する欧州のデジタル技術を活用した遠隔診療の普及と、その中でたしかな存在感を示すスウェーデン発のスタートアップを紹介する。

パンデミックで急速に広まる遠隔診療

 パンデミックはあらゆる局面で私たちの生活を大きく変えた PIXABAYより

診察、検査、治療、予防など、医療のあらゆる局面でテクノロジーは革命的な変化をもたらしているが、2020年は特に「遠隔診療」の年となった。

パンデミックは多くの側面で私たちの生活を激変させているが、今年に入ってからの遠隔診療の浸透の速度は驚くばかりだ。イギリスでは、これまで、かかりつけ医・看護師が一年間で担当する患者の約1%にすぎなかったオンライン・電話といった遠隔診察が、パンデミックにより半数近くまで達したという。

これは日本でも起こった変化だが、パンデミックにより国民健康保険や医療保険会社が遠隔診療や治療を支払い対象としたこと、また規制緩和が進んだことが遠隔医療普及の追い風になっている。

拡大する欧州の遠隔医療市場

遠隔診療はパンデミックの前から、メドテックでは注目の分野だった。へき地に医療インフラを提供する、医療コストを下げるといった、導入への強い動機が行政にあるからだ。

欧州でも、へき地の医療従事者不足と高齢化に伴う医療費の増大は多くの国が悩むところであり、その問題解決の一助として遠隔診療には大きな期待が寄せられている。

拡大する欧州の遠隔医療市場 PIXABAYより

「ビフォアコロナ」の2018年、すでに欧州委員会は、遠隔医療市場は2021年までに370億ユーロの規模に達するだろうと予測していたが、パンデミックにより遠隔医療の利用が急増したため、この予想は大幅に上方修正されるだろう。

このような状況下で、欧州でひときわ注目されているのが、スウェーデン発のオンライン診察アプリ「KRY」だ。

ユニコーン企業の「密度の高さ」を誇るストックホルム

スウェーデンはもとより、欧州のスタートアップハブとして名高い国だ。スタートアップハブといえばシリコンバレーだが、人口比のユニコーン企業数で2位に続くのが、スウェーデンの首都ストックホルムとなっている。

ユニコーン企業の「密度の高さ」を誇るストックホルム PIXABAYより

IKEA以外にも日本人が気づかずに使っているスウェーデン発のサービスは多い。

その筆頭が、音楽業界の在り方自体を変えたと言われる革命的なデジタル音楽ストリーミングサービスであり、今や欧州を代表する企業となった2億3,200万人のユーザーを誇る「Spotify」だ。

他にも、大ヒットゲーム「Candy Crush」で知られる「KING」、史上最も売れたビデオゲームの1つであるMinecraftを開発した「Mojang Studios」もスウェーデン発のユニコーン企業。エストニア発の「Skype」も、共同設立者の一人はスウェーデン人なのだ。

欧州を席巻、スウェーデン発のオンライン診療アプリ「KRY」

欧州を席巻、スウェーデン発のオンライン診療アプリ「KRY」 KRYより

スウェーデンでは国民健康保険適用のアプリがいくつか利用されているが、中でも前述の「KRY」はこれまでに2億5,100万ドルを調達するなど、投資家からも高い注目を集めている。

「KRY」が提供しているサービスは、医師、看護師と心理専門職による遠隔診療で、医師の診察は毎日6:00~24:00とほぼ終日提供されており、カバーしている分野も風邪、アトピーやニキビといった皮膚疾患、アレルギーや、性感染症、慢性疾患の薬の管理、腰痛、月経やPMSといった婦人科の相談など幅広い。

スウェーデンでは、20歳までは無料で使用可能で、成人に関しては、医師によるアドバイス、他専門職への依頼、また処方箋の発行など、何らかの治療を提供する場合にのみ課金される。検査が必要な場合は、直営の医療センターを訪問し、対面のサービスを受けることになる。

アクセス後、5分から10分以内に折り返しの電話がかかってくるという迅速なサービス提供と多言語対応機能で、ローカルだけでなく、在住外国人にも重宝されているようだ。

新型コロナ禍でも欧州各国をサポートする「KRY」

ここ数年、次々と遠隔診療サービスが出てくる中、「KRY」が、スウェーデンだけでなく、スウェーデン、フランス、イギリス、スペイン、ポーランドなど、欧州の幅広い地域で利用されているのは、単に使い勝手が良いというだけでなく、的確に人々が必要とするサービスを創り出しているからだろう。

それは、これまでになく医療資源が貴重なものとなったパンデミックの中でも顕著だった。新型コロナで甚大な被害を受けた欧州全域で、「KRY」は在宅モニタリングサービスを提供、ドイツの一部地域では無料のかかりつけ医による遠隔診療サービスを開始し、英国では、政府公認のデジタル・ヘルスケア・サプライヤーとして、パンデミックで逼迫する医療現場をサポートした。

高齢の医師も安全に診察を提供できる KRYより

また、英国で新型コロナによる看護師の死者数が、第一次世界大戦のそれに匹敵するほどの数に達するなど、今年は各地で医療従事者の犠牲が相次いでいるが、「KRY」は新型コロナ重症化のリスクが高い高齢、既往症をもつ医療従事者が、安全に自宅から働き続けるための選択肢にもなっている。

デジタル化は専門職の提供するサービスをどう変えるのか

このような専門職が担ってきた分野のテック革命につきものなのが、人間がテクノロジーに代替されるのか、という議論だ。これは医療職業界団体の規制緩和への強い抵抗の一つの理由でもあるだろう。

しかし、スウェーデンのメドテック界は、ヘルスケアの未来は「対面での診察とデジタル診察のミックスで構成される」と考えており、「KRY」もデジタルサービスの開発と同時に、対面の医療を提供するヘルスケアセンターを展開している。

対面での診察とデジタル診察は互いを補完しあう KRYより

文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit