脳の情報を書き換えうつ病・難病治療。イーロン・マスクも本腰「ニューロテクノロジー市場」への期待

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イーロン・マスクCEOのニューラリンク社

自分の脳がコンピュータとつながり、意思だけでコンピュータを操作したり、コンピュータによって脳機能を操作する。サイエンスフィクションのような話だが、すでに技術は存在しており、現在欧米の企業/スタートアップでは、実用化に向けた動きが加速しつつある。

欧米メディアが関心を寄せる1社が、テスラのイーロン・マスクCEOが2016年に設立したNeuralink社(ニューラリンク)だ。

2020年8月末、マスクCEOはニューラリンクが開発している技術を披露するイベントを開催。そこでは、脳派を読み取る微小デバイスが頭に埋め込まれた豚と、その豚の脳派をリアルタイムでモニタリングする様子が公開された。

これらの技術は「ブレイン・マシン・インターフェイス(BMI)」と呼ばれるもの。

マスクCEOの知名度やパフォーマンスも手伝い、BMI領域ではニューラリンク社の名が広く知られるようになっている。

しかしこの領域では、ニューラリンク以外にも様々な有望スタートアップが存在する。現時点でニューラリンクと比べると知名度は低いが、ニューラリンクに並ぶ、またはそれ以上の技術を持つスタートアップも少なくないといわれており、そのような有望スタートアップへの投資が始まっている。

ニューラリンク社の競合と目されるスタートアップ、どのような企業が存在するのか、またどうような技術が開発されているのか、その動向を追ってみたい。

「ニューロテクノロジー」市場の主要プレイヤー

調査会社の市場分類では、ブレイン・マシン・インターフェイスを含め脳神経に関連するテクノロジーは「Neurotechnology(ニューロテクノロジー)」と分類されることが多いようだ。

米ウォールストリートに拠点を置く調査会社Marketexperrzはこのほど発表したニューロテクノロジー市場調査で、2018年の世界市場規模を90億ドル(約9300億円)と推計。今後、年率15%ほどの成長率となる見込みで、2026年には市場規模は190億ドル(約1兆9650億円)に拡大すると予想している。

同レポートではニューロテクノロジー分野の主要プレイヤーとして大手企業とスタートアップを取り上げている。大手企業には、シスコ、デル、オラクル、マイクロソフトなど米企業に加え、富士通など、計14社の名が挙がっている。

一方、ニューロテクノロジー市場で注目すべきスタートアップとして名が挙がっているのは21社。そのほとんどが米国と欧州のスタートアップだ。マスクCEOのニューラリンクもその中に含まれている。ニューロテクノロジー市場で注目すべきスタートアップは、ニューラリンク以外に少なくとも20社は存在することになる。

脳が発する神経情報を書き換え病気治療を目指す英BIOS社、来年には臨床試験実施へ

ニューラリンク以外の20社、その中でも特に注目度が高いスタートアップとしては、BIOS社やFlow Neuroscience社が挙げられる。

BIOSは、ケンブリッジ大学の元研究者らによって2015年に設立されたスタートアップだ。

BIOSが開発しているのは、脳と身体器官を結ぶ神経情報を書き換え、病気を治療するテクノロジー。脳から発せられる情報を操作することで、神経情報を書き換え、心臓病、関節炎、糖尿病、クローン病など、現在の医学では治療が難しいとされる病気の改善を目指す。

同社は、2017年にアクセラレータプログラム・Yコンビネータに参加、現在までに760万ユーロ(約9億3000万円)を調達している。社員36名、AIによる神経情報の解析に力を入れている。

同社共同創業者のエミル・ヒュージCEOは、英語メディアShiftedの取材で、数兆個のニューロンが同時に発火する神経系の情報は、遺伝情報に比べ遥かに複雑だと指摘。しかし、AIとビッグデータによる解析で、その複雑な情報から共通の「言語」を見つけ出し、それを書き換えることは可能だと語っている。

BIOSは2021年に、臨床試験を開始する計画だ。

欧州安全基準マークを取得、病院でも活用されるうつ病改善ヘッドセット

うつ病治療ですでに実用化されているニューロテクノロジーも存在する。

そのテクノロジーを開発したのはスウェーデンのスタートアップ、Flow Neuroscienceだ。上記Marketexperrzレポート内の注目すべきスタートアップ21社に含まれている。

開発したのは、前頭部を刺激し、うつ症状を改善する非侵襲型のヘッドセット。欧州の安全基準である「CEマーク」を取得、自宅で利用できる初のうつ病用ヘッドセットとして2019年にローンチされた。

同ヘッドセットの効果を示す研究結果もあり、英国ロンドンのHarley Street病院ではこのヘッドセットを使った治療が提供されている。

現在このヘッドセットを購入できるのは、欧州、英国、スイス、ノルウェー、香港となっている。VRやARと連動した場合の効果増進に関する研究も行われているという。

脳のデータからどの音楽を聴いているのか判別するテクノロジー

欧州だけでなく、米国にもニューラリンク以外に有望ニューロテクノロジースタートアップが存在する。

Kernelはその1つ。同社創業者のブライアン・ジョンソンCEOは、2013年にeBayが8億ドル(約825億円)で買収したオンライン支払いスタートアップBraintreeの創業者でもある。

KernelはジョンソンCEOが自己資金5400万ドル(約55億円)を投じ始めたニューロテクノロジースタートアップ。自己資金のほか、外部からこれまでに5300万ドルを調達している。

2020年5月には、脳の活動を読み取る2つのデバイス「Flux」と「Flow」を発表。また同時に、脳の活動からその人物がどの音楽や言葉を聞いているのか判別するソフトウェア「Sound ID」を公開した。このSound IDに関しては、DJのスティーブ・アオキ氏の脳活動から彼がどの音楽を聞いているのか判別する実験が行われ見事判別に成功したと報じられている。

メディアハイプの初期段階とも見て取れるニューロテクノロジー市場。今後、海外ではニューロテクノロジー関連の報道が増えてくるはず。どのようなスタートアップ、テクノロジーが登場するのか、注視していきたい。

文:細谷元(Livit

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