日本は「2025年の崖」に落ちるのかーー世界のDXリーダーに共通する6つのアプローチとガバナンスの課題

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国内外でDX(デジタルトランスフォーメーション)の重要性が叫ばれ、企業の様々な取り組みがニュースになっている。経済産業省は「2025年の崖」という言葉を使い、旧来のIT運用や老朽化したシステムを刷新しなければ、国際競争力の低下や経済の停滞などで2025年以降最大12兆円/年の経済損失が生じる可能性があると危機感を強めている。

世界のDXリーダーに共通する6つのアプローチ

EY社は9つの業種にわけてDXの進捗状況を調査した

多くの日本企業がDXを進めるべく、デジタル部門の設置や投資を行っているものの、「実際のビジネス変革には繋がっていない」というのが経済産業省のDXレポートにおける現状認識だ。では、世界のDXの流れはどうなっているのか。EY(アーンスト・アンド・ヤング)社が2020年3月に発表した最新レポートから、世界のDX最新事情を探ってみよう。

EY社は世界12カ国9業種の大手企業500社とスタートアップ70社を対象に、DXの進捗状況や取り組みを調査した。そして、特に「DXの進捗率が高く」「市場にテックイノベーションをもたらし」「DXカルチャーの浸透に精力的」という3つの条件に当てはまる96社を、DXリーダーと位置付けている。EY社によると、DXリーダー企業には、人材・テクノロジー・イノベーションに関し、共通する6つの習慣やアプローチ方法があったという。

1.顧客を最優先に考える

DXを進める原動力は何かという質問に対し、DXリーダーから最も多かった回答は「変わり続ける顧客の要求に応えること」で、収益目標の達成や売上の増加よりも高いポイントとなっていた。産業別に見ると、特に消費財メーカーや小売業界でその割合が高かった。

「お客様は常に正しい」は、カスタマーサービス分野で唱えられてきた古い標語のようなものだが、顧客が商品やサービスなどにおいて幅広い選択肢を持つようになった現在では、良いカスタマーサービスはもはや差別化要素ではなく、ビジネスの根幹部となっている。そのため顧客の変わりゆく需要に応えることは、企業のDX化の最も重要な目的であり、顧客が変化スピードを決めている存在であるとDXリーダーたちは認識していた。

IT化初期においては、パッケージ化されたITシステムが、企業の能力を最大化することを目的に導入され、必ずしも顧客の利便性に寄り添ったものではなかった。しかしDXにおいては、まず顧客体験をデザインし、それを実現するためにデジタルテクノロジーを適用させていくというアプローチが求められているのだという。

2.AIを積極的に活用する

DXリーダーとDX出遅れ組では、過去2年間のAIへの投資に大きなギャップがある

DXには様々なテクノロジーが使われるが、調査対象500社が過去2年間で投資したデジタル技術は、クラウド、データアナリティクス、IoTの順で、AIは4番目となっている。しかし対象をDXリーダー企業に絞った場合、クラウドに続きAIへの投資割合が高いことが分かった。

さらにAIに投資したDXリーダーの90%以上が、既に「コスト・効率性・生産性」と「ブランド認知」において、プラスのインパクトを得ていると回答している。AIを導入することで、現状の業務プロセスを評価し、プロダクトやサービスの問題点を洗い出して修正するスピードが格段に上がっているのだ。

3.パートナーシップを活用してイノベーションを進める

多様化する顧客ニーズに、一企業が単独で対応するのは至難の業だ。DXリーダーはDX出遅れ組に比べ、他社と協業したり、共通のエコシステムを作ってイノベーションを進めていくという、パートナーシップの意識を強く持っていた。DXリーダーの81%が、イノベーティブな協業によって大きな契約を勝ち取った経験があり、75%が去年より多くの投資をパートナーシップ構築に振り向けている。

その一方でパートナーシップに懐疑的な見方があるのも事実だ。42%の企業が、パートナーシップによって自社の企業文化が傷つくことを懸念しており、その割合はDXリーダーを母数とした場合45%に高まる。EY社はこの原因を、リーダー企業はパートナーシップが進行中であるがゆえに課題にも直面していて、懸念点への意識も高まっているからだろうと分析している。

4.新しいインセンティブやトレーニングでDX人材を育てる

インセンティブ設計やトレーニングにより、既存人材を育てていこうというアプローチが主軸となっている

DX人材の不足は全産業共通の課題だ。過半数の企業が、経営層・管理職層・IT部門・非IT部門全てにおいて、自社のDX戦略を推進するスキルを持つ人材は不足状態だと回答している。

この課題に対する取り組みは、DXリーダーもDX出遅れ組も共通しており、「新たなインセンティブを設定して従業員のスキル習得を促進する」「全従業員に新たなトレーニングプログラムを導入する」といった、既存の人材を育てていくアプローチが選択されている。これに加え、DXリーダー組は新たな採用戦略の導入にもトライしている。

いずれにしても企業買収や契約等によってスキル人材を獲得するという短期的方法ではなく、自社の人材に投資し、スキルセットとマインドセット両面から、長期的にDX人材を育てていく方法が主流となっていることがわかる。

5.アジャイル型アプローチでイノベーションを加速

DXリーダーはイノベーションのスピードアップへの取り組みにも共通点が見られる。データ分析の活用(83%)はもちろんのこと、DXリーダーの68%がマネジメントの階層をスリム化することで、イノベーション創出の時間短縮を行っている。

さらに同率で68%を獲得しているのが、柔軟なアジャイル型アプローチの実行で、これによりDXリーダーは既に目覚ましい成果を上げているという。例えば51%の企業が結論に早くたどり着けるようになり、48%がカスタマーエクスペリエンスの向上を達成し、41%がクリアなチーム内コミュニケーションを実現している。

DX時代のビジネスにおいては、スピードがより不可欠な要素となる。これに対応するには、データの活用に加え、内部プロセスをアップデートし続けることが重要だとわかる。

6.新たなテクノロジーに対するガバナンスを機能させる

DXリーダー企業はガバナンスに対する意識も高いが、まだ確立できていない部分も多い

革新的なデジタルテクノロジーはビジネスの成功に不可欠である一方で、それが規模化する際には、適切で倫理的なガバナンスが機能していなくてはならない。ガバナンス無しでは、顧客や市場の信頼を得ることができないからだ。

EY社の調査によると、約半数の企業が先端テクノロジーに対するガバナンスプランを策定中としているが、既にガバナンスプランを確立し、フレームワークを有効化できていると回答したのは全体の8%に過ぎなかった。この割合はDXリーダーを母数とした場合でも15%と限定的であり、DXの先進企業であってもガバナンス面の整備はまだ不十分なことがわかる。

とはいえ、多くの大手テクノロジー企業は、自分たちの作り出したテクノロジーに対して独自のガバナンスプランを設定し、運用のトライアルを始めている。たとえばマイクロソフトはAIの開発に関し、透明性や公平性、説明責任といった6つの基本原則を設定している。グーグルの持株会社であるアルファベットも、クラウドにおけるデータガバナンスについて、基本方針とベストプラクティスを公開している。

DXにはテクノロジーだけでなくマネジメントやガバナンス面からのアプローチが不可欠

「DX=IT化」とも思われがちだが、DXはAIやIoTといったデジタル技術を導入したら完了するものでは全くない。組織構造や人材育成、マインドセットといったマネジメント面や、ガバナンス面においても取り組むべき課題が数多く存在し、それらが結びついて企業の在り方やビジネス自体を変革していくものだ。

EY社のレポートが明らかにした、DXリーダー企業に共通する6つのアプローチは、これからDXを本格化させる企業にとって、大きな道しるべとなるだろう。

文:平島聡子
企画・編集:岡徳之(Livit

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