冬期ロックダウンでVR需要はさらに伸びる?
英国で再びロックダウンが始まるなど、依然出口の見えないコロナ禍。まだまだ自宅で時間をつぶす手段を考えてなくてはならない。
そんな状況を反映し、VRヘッドセットの売り上げは今後も伸びる見通しだ。
テクノロジーコンサルティング企業IDCは2020年9月16日のレポートで、2021年のVRヘッドセット市場が前年比で46%以上拡大するとの予測を発表した。
すでにその傾向は現実のものとなっている。フェイスブックは2020年10月末の収支報告で、このほど販売開始したVRヘッドセット「オキュラス・クエスト2」のプレオーダー数が前モデルの5倍以上となったことを明らかにしたのだ。
英語メディアThe Vergeが報じたところで、オキュラスVRヘッドセットの売り上げ増にともない、VRゲーム/コンテンツの売り上げも増加。オキュラス向けのリズムシューティングゲーム「Pistol Whip」などを手掛けるゲーム開発企業Cloudheadでは、オキュラス・クエスト2の販売開始後から、同社ゲームの売上高は10倍増加、一方VRアドベンチャーゲーム「Apex Construct」などを開発しているFast Travel Gamesでは800%の売上増を記録したという。
徐々に盛り上がりを見せるVR。ゲーム以外の領域でもそのポテンシャルを発揮しつつある。
その1つが心理学だ。VRが作り出す没入空間、そこでの人の行動は現実世界の行動を如実に反映するもの。このVRの特性を生かし心理学研究が増えている。
どのような研究がなされているのか、その一端を見てみたい。
現実世界の性格が反映されるVR空間での行動
直近で話題となったのが、英リバプール・ジョン・ムーア大学の心理学教授らが実施した実験だ。
この実験は、人が持つ心理傾向「ネガティビティ・バイアス」をVR空間でも捉えることができるかどうかを調べたもの。ネガティビティ・バイアスとは、ポジティブな情報よりもネガティブな情報により敏感に反応する人間の心理傾向。この傾向が強い人は、心理学では「Neuroticism(神経症)」と分類されることが多い。
同実験では、34人の被験者をNeuroticism傾向が強いグループと弱いグループに分け、それぞれのグループがVR空間でどのような行動を取るのか観察した。
VR空間には地上200メートルの高所に70cm四方の氷のブロックが4×4マスで設置され、被験者はその氷のブロックを渡ってゴールを目指す。
ブロックは安全ブロック、崩壊ブロック、ヒビが入るが崩壊しないブロックの3種類。ゴールに到達するには、崩壊ブロックを避ける必要がある。研究者らは、崩壊ブロックの数を加減することで、VR空間の脅威度を調整した。
落ちるかもしれないという恐怖心を煽るVR空間で、被験者を観察することでどのようなことが分かったのか。
当然だが、脅威度が高まると、安全ブロックの上にいる時間が長くなり、次に踏むブロックが安全かどうかテストする「リスク回避行動」がより顕著になった。興味深いのは、そのリスク回避行動の傾向とNeuroticism傾向の強弱が一致していたということ。
つまりNeuroticism傾向が強いグループの方が、安全ブロックにとどまる時間が長くなり、次に踏むブロックをテストする頻度も高くなったのだ。
これは言い換えれば、ユーザーのVR空間での行動から、心理学における5大性格の1つ「Neuroticism」かどうかを判別できる可能性を示唆するものでもある。
同研究論文の共同執筆者の1人、ステファン・フェアクロー教授は、VR空間での行動データから性格が分かってしまうリスクに触れ、そのデータ/情報の悪用を防ぐために、ユーザーはVRでの行動データがどのように扱われているのかに注意を払うことが必要になると指摘している。
心理学ではこのほか、社会不安、倫理的意思決定、感情反応の領域においてVRを活用した研究が実施されている。
VRによるメンタルセラピーへの期待
心理学研究だけでなく、メンタルセラピー領域でもVRへの期待が高まっている。
2020年7月にオンライン開催されたメンタルヘルスの国際会議「Psych Congress Elevate」では、VRがホットトピックの1つになったといわれている。
同会議で発言した南カリフォルニア大学・医療VR研究所のアルバート・リッゾ所長は、臨床医のガイダンスのもと行ったVRによる高所恐怖症治療では、VRが既存の治療方法と同等の効果をもたらしたと説明。また自閉症患者の職業インタビュー訓練でVRを導入したところ効果が見られたという。さらには、臨床医よりもVR内のアバターに自己の状況を語るケースが多く、VRで患者の初期診断ができる可能性もあると指摘している。
シンガポール地元紙ストレーツタイムズ紙が伝えたVerified Market Researchの予測によると、ヘルスケアVRのグローバル市場規模は2019年、21億4000万ドル(約2240億円)だったが、2027年には337億2000万ドル(約3兆5200億円)に拡大する見込み。
同紙によると、ロンドンのセントジョージ病院では、手術中の患者にVRヘッドセットをかぶせリラックスした映像を視聴させ、その効果を調べる実験が実施された。その結果、94%がリラックスできたと回答、痛みが和らいだとの回答は80%に上ったという。
心理学やメンタルヘルスケアなどに活用領域が広がるVR。今後どのような領域に拡大していくのか、その動向が気になるところだ。
文:細谷元(Livit)