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深刻さを増すパンデミック第二波への対応を迫られている欧州。2度目のロックダウンを行う国も出ているが、同時に、公共交通の利用をできるだけ避けるといった、長期的な生活様式の変化も進められている。
電車や地下鉄の代替手段であり、環境負荷が高い車のかわりに持続可能な移動手段として脚光を浴びているのが「自転車」だ。以前から環境対策で自転車インフラの整備を進めていた都市は数多くあったのだが、パンデミックがその動きを一気に加速させている。
中でも注目度が高いのが、イタリア・ミラノ市が進める、「オープンロード」を意味する「Strade Aperte」計画だ。
同じく公共交通・車から自転車へと移動手段のシフトを進めるニューヨーク市が、「世界の他の都市より1カ月も先を行っている。モデル事例としたい」と語る、ミラノの自転車フレンドリーな街づくりを紹介する。
サイクルロードと法令を短期間で整備したミラノ市
イタリア北部の都市は、新型コロナ第一波で甚大な被害を受けた地域の一つであり、今年前半には厳格なロックダウンを経験した。長期化するパンデミックの中、市民の55%が通勤に公共交通機関を利用してきたこの街で、経済活動と感染対策を両立するために行われた施策の一つが、この「Strade Aperte」計画だ。
ミラノ市はイタリア政府に国の交通法規の変更を要請し、35kmにわたる仮設自転車スペースを市全体に急速に拡大。同時に制限速度、歩行者と自転車の優先道路の設定といった関連ルールの整備も急ピッチで行った。
歩行者の安全に配慮するために設けられた自転車の制限時速は30キロ。これはいわゆるママチャリの最高速度とほぼ同じだ。ロードバイクなど高速を出せる自転車の利用は想定されていない。
感染症・環境対策、どちらも追求
スウェーデンの環境活動家、グレタ・トゥーンベリも称賛しているというこの計画の目的は、感染症対策だけではなく、大気の質を向上させ、CO2排出量を削減することにもある。
ロックダウン下のミラノ市では、自動車の交通渋滞が30〜75%減少し、それに伴って大気汚染も減少。主に自動車から発生する汚染物質であるベンゼンと窒素酸化物は、3分の2にまで激減したという。
ミラノ市が危惧しているのは、コロナ前に1日100万人以上だったミラノ市の地下鉄利用客が、ロックダウン解除により「密」を避ける手段として車の利用にシフトし、この汚染物質の減少が一転、急激な増加へと転じることだ。
パリ協定の定めるCO2排出削減目標を達成し、都市の大気をこのまま綺麗に保つため、ミラノ市は自転車利用を促進し、ロックダウン中に生じた車の利用減を恒久的なものにしたいと考えている。
賛否両論、ミラノ市民の反応
ミラノ市、つまり行政主導で進められているこの計画。しかし市内に自転車レーンを張り巡らせ、関連立法をするだけではもちろん計画は完結しない。
自転車フレンドリーな街になるためには、市民が自転車を移動手段として受け入れることが不可欠だからだ。
第一波のロックダウン初期から段階的に始まったこの計画だが、数カ月がたった今、市民の反応は様々。
サイクリストの数は徐々に増えてきてはいるものの、まだ車を好む者も多い。また、サイクリストと車の運転手両方にとっての安全確保、レストランのテラス席や小売店の屋外展示スペースが狭くなるといった諸問題への対応が不十分なまま、突貫で進んだ計画に不満を覚える市民も少なからずいるようだ。
欧州全域で広がる「自転車フレンドリーな街」への投資
ミラノ市民の反応は様々とはいえ、欧州で自転車フレンドリーな街がスタンダードになりつつあるのは間違いない。
ミラノ市は1億1500万ユーロをこの計画に投資しているが、パンデミックは他の欧州各国でも自転車関連のインフラ整備に向けた前代未聞の投資を誘発、その総額は10億ユーロを超えた。
市民一人あたり投資額ランキングを眺めると、イタリアは5.04ユーロと欧州2位。1位はフィンランドの7.76ユーロだ。
フィンランドの首都ヘルシンキでの自転車の売り上げは、2020年4月までで昨年比60~70%増加。長い期間、雪に閉ざされる北国フィンランドだが、悪路と寒さはサイクリストのモチベーションを挫くものではないようだ。
パンデミック前の2019年の時点で、すでにフィンランドは気候・エネルギー戦略の一環として、2030年までに徒歩と自転車の利用を30%増やすという計画を発表しており、たとえ20%増の達成であっても、40億ユーロの医療費を削減できると試算している。
感染症対策、環境対策だけでなく、医療費削減で元を取れると踏んでいることが、フィンランドの大胆な投資を後押ししているのだろう。
大都市パリ、ロンドンでも進む自転車インフラの整備
ミラノは端から端まで15kmの小さな都市で、人口は140万人、平均通勤距離は4km未満で、自転車通勤は現実的な手段だ。フィンランドの首都ヘルシンキも人口約63万人と、けして大きな都市ではない。
では、「自転車フレンドリーな街」は、小さな都市だからこそ目指せるものなのだろうか?
国際的大都市であるパリ、ロンドンも、このトレンドに強い関心を示していることを考えると、そうとも言えないようだ。
「大都市であっても、日常生活で必要な目的地はすべて徒歩圏内にあるべき」という都市デザインの考え方は、アメリカの都市思想家ジェイン・ジェイコブスが初期に提唱し、いまや英国やフランスを含む、世界中の都市計画に取り入れられている。
人口220万のパリで市長アンヌ・イダルゴは、「車を使わず、日常生活に必要な場所に自転車で15分でアクセスできる街にする」ことを公約に掲げ、今年の再選を果たした。
大都市であってもオフィスや学校、病院、ショッピングなどを一極集中させず、分散させることで自転車フレンドリーな街は実現可能なのだろう。
パンデミックで大きく変わる生活様式、互いに学びあう世界の都市
とはいっても、道路と法の整備、都市デザインといった行政サイドの取り組みだけでは、自転車フレンドリーな街の実現は難しい。実際はあらゆるセクターの変化と協力が欠かせず、街は包括的な変化を求められている。
ミラノ市においても、前述の市民の精神的受け入れ以外にも課題は山積みだ。サイクルロードの混雑対策として、柔軟な労働時間とリモートワークの推進といった企業との協力、また、柔軟に自転車を活用してもらうための電車内の自転車の持ち込みといった鉄道会社との協力に加え、自転車や部品の供給量の確保も問題になっている。
これは自転車の普及に限ったことではないが、これから数年、あるいは数十年かけて起こるはずだった変化が、パンデミックによって数カ月といった短期間で急激に生じていることで、様々な課題がより表面化しやすいというところもあるのだろう。
しかし、ニューヨーク市がミラノ市のこの計画を「モデル事例」として強い関心を持っているように、図らずも世界の各都市が同じ生活様式の変化とそれに伴う課題を共有することとなったのが、今年のパンデミック。
ミラノ市のこの自転車フレンドリーな街づくりも、世界にたくさんの示唆を与えてくれるだろう。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)