世界各国の企業で導入されつつある「週4日労働制」。最近、ニュージーランド首相が、観光産業支援のため、国内での幅広い週4日制の採用を提案するなど、注目のトピックとなっている。
憂鬱な月曜日を少しはマシな気持ちにしてくれるかもしれないと、日本でも話題になっている週4日労働制。だが、もともと労働時間が日本より短い欧州諸国の企業も、この新しい働き方に強い関心を寄せている。
フランスでは人材スタートアップ「Welcome to The Jungle」が週4日労働制を社内で実験的に実施。そのポジティブな結果をふまえ、他社にも同様の実験の実施と、その結果の共有を促す呼びかけを行っている。
同様の社内実験は米国などでも実施されており、週4日労働制の導入の是非を巡る議論は盛り上がるばかりだ。
人材系仏スタートアップ「Welcome to The Jungle」の社内実験
この、週4日労働の導入を熱心に提唱している「Welcome to The Jungle」は、パリに拠点を置き、世界中に160人のスタッフを抱えるテクノロジー企業向け人材採用プラットフォームを開発するスタートアップだ。
同社が採用活動のサポートを通じて、多くの企業と関わる中で抱えるようになった疑問が、「現代において、私たちはほんとうに週5日働く必要があるのか?」というもの。
それを検証すべく、昨年社内で行われた実験では、コンサルティング会社「Fabernovel」と神経科学者の協力のもと、給与の変更なしに週末を1日増やす週4労働制を5カ月間実施。最終的には、135人のフランス人社員全員が実験に参加することとなった。
週4日労働で労働時間は短く、生産性は高く?
この実験に続いて、同社は週4日労働制を本格的に導入、普及を提唱するまでになったわけだが、その動機は社内に起きたポジティブな変化=「生産性の向上」だった。
同社では、週4日労働制に伴う労働時間の短縮に対応するため、社員のスケジュール管理により高い裁量を与えたところ、業務にプライオリティをつけるスキルが向上し、無駄な会議が大幅に減るなど日々の仕事の効率が向上したという。
労働時間の長さと企業が生み出す利益が、必ずしも比例しないのは広く知られるところだが、同様の結果は日本マイクロソフト社が2019年に、週4日労働制を1カ月間テストした際にも得られており、こちらでは40%の生産性向上が報告されている。
週4日労働のもう一つの効果「ウェルビーイングの向上」
「Welcome to The Jungle」が今回の実験を通じて得たもう一つのポジティブな変化は、社員の「ウェルビーイングの向上」、つまり精神面、身体面のコンディションの向上だ。
同社では、週4日労働導入後、社員のモチベーション向上、ワークライフバランスの改善によりストレスの減少、バーンアウトの減少、社員満足度の向上といった反応が確認できたという。
この週4労働制による「ウェルビーイングの向上」に関しても、これまでいくつか報告がある。前述の日本マイクロソフトの実験で「社員の幸福度向上」が報告された他、イギリスの人材系企業「MLR Recruitment」の実験でも「社員の幸福度向上」に加え、「病休日数の減少」が確認されている。
世界中で増加する週4日労働導入企業
このような週4日労働の利点が、次々と報告されるのに伴って、ドイツ、ノルウェー、スウェーデン、フランスなど欧州の国々では、導入企業が徐々に増加している。
ハードワーカーの国として知られるアメリカでも、シアトルのフィットネス・トレーニング・アプリを開発するスタートアップ「Volt」が今年のパンデミックの最中、在宅勤務の導入に続いて、週4日勤務への切り替え実験を行なった。
6週間のテスト期間の後、同社が週4日労働制の継続を決めたのは、他の企業で行われた実験と同じように週4日勤務によって「生産性の向上」と「社員満足度の向上」が得られたと結論づけたからだ。
議論が尽きない週4日労働
このように、週4日労働についてポジティブな結果を報告する企業が着実に増えているのは間違いない。
しかし、長時間労働信仰が日本ほど強くない諸外国においても、週4日労働の導入に関してまだ議論が尽きないのは、このような実験のアウトカムの解釈には注意が必要だということもあるかもしれない。
そのひとつは、あたりまえかもしれないが、産業分野や職種によって向き不向きがあるという点だ。
たとえば最終的にはポジティブな結果となった「Welcome to The Jungle」の実験であっても、エンジニアリングチームは2カ月で新しい働き方に馴染んだものの、マーケティングチームはその倍の期間を要している。
そして、実験期間をどのように設けるかによっても結果は大きく変わる。「Welcome to The Jungle」でも実験の終盤には逆転したものの、最初の1カ月だけをみると仕事のパフォーマンスは20%低下していた。
さらにいうと、短期的な効果はともかく、週4日労働の中長期的な効果はまだわからないところが多い。
週4日では、緊急性の高いタスクをこなし「仕事をまわす」ことはできても、トレーニングや社員同士のちょっとした交流といった、緊急性は低いが重要性の高いことに費やす時間が不足する可能性は否定できず、長期的に業務に何らかのデメリットをもたらす可能性はこれまでも指摘されている。
週4日労働への移行は時代の流れなのか?
労働時間は、時代とともにこれまでも大きく変わってきた。
「Welcome to The Jungle」は、欧州における19世紀の週6日・1日10~12時間労働から、20世紀の週5日・1日8時間労働への移行に言及し、現代における週4日労働へのシフトの可能性を主張しているが、日本においても時代とともに労働時間はどんどん短縮している。
現在は一般的になっている週休二日制は、80年代になってようやく普及したものにすぎず、当時は全国でたった6.7%の企業が行う「斬新な働き方」だった。
1965年に日本で最初に週休2日を導入したのはパナソニックだったそうだが、興味深いことに同社はその理由のひとつに「生産性の向上」をあげている。労働時間の適切な短縮により、生産性の向上が得られるということは、当時から認識されていたということなのだろう。
そんなパナソニックの挑戦から、半世紀以上。仕事を効率化するテクノロジーは格段に進歩し、新しい産業や職種が生まれ、人々の価値観も大きく変化している。
「そろそろ私たちは、新しい働き方の検証を開始するべきではないのか?」という「Welcome to The Jungle」のメッセージは、説得力をもって多くの人に届いているのではないだろうか。
文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit)