高齢化問題を経済活性化の推進力に。欧州エイジテックのハブ目指す「フレンチテック」の挑戦

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EU域内だけで37億ユーロの市場であるといわれる、高齢社会に関連したサービス。

欧州トップクラスの長寿国フランスでは、2013年より高齢者やその家族を対象にした産業を「La Silver Economy(シルバーエコノミー)」と名づけ、力を注いでいる。なかでも同国でこのところ注目されているのが、「AgeTech(エイジテック)」と呼ばれるテクノロジーを活用したサービスだ。

フランスでは2013年には、高齢化社会における経済の活性化を目指す「シルバーエコノミーロードマップ」が公開。その取り組みの一環として、エイジテックにフォーカスするビジネスハブ「シルバーバレー」もパリで創設された。

介護、医療、孤立といった、高齢化に伴なう社会課題に挑むだけでなく、アクティブな高齢者に旅行やエンターテイメントを提供するサービスまでも生み出すフランス。エイジテックのハブを目指す同国の取り組み、そこで注目されるスタートアップをお伝えする。

個人主義の国、フランスの高齢化社会

高齢化への対応を迫られるフランス(PIXABAY)

日本より高齢化のスピードは多少遅いとはいえ、ヨーロッパにおいても高齢者層の増加への対応は待ったなしだ。出生率の回復に成功した国として取り上げられることの多いフランスもその例外ではなく、2040年には75歳以上の割合が人口の15%に達すると予測されている。

フランスでは、施設ではなく自宅での生活を強く希望する高齢者が多いものの、個人主義の国と言われるだけあり、子どもが高齢の親と同居することは少ない。近年、都市部の不動産価格の高騰から、経済的な理由で親と同居するという若者は増えているが、高齢者の側が自身の世話をしてもらうため、子供との同居を望むことは多くないようだ。

したがって、独居高齢者の看護、介護、見守りや生活サポートといったサービスのニーズが高まるばかり。もちろん公的なサポートも提供されるが、政府財源の逼迫、また看護・介護職の人手不足といった問題は、日本と同様、年々深刻さを増している。

民間発、フランスの高齢化に挑む取り組み

そんななかフランスでは、民間からも高齢化に伴う社会的課題の解決に寄与するサービスが次々と生まれている。

2003年、フランスで1万5,000人の死者を出した熱波が襲った際は、多くの独居高齢者が犠牲となってしまった。この苦い経験を教訓として生まれたのが、独居高齢者と若い世代が住居シェアをするアイデアだ。

独居高齢者と住まいを探す若者をマッチングするNPOが生まれたほか、2017年に200万ユーロを調達し、現在も成長を続けているのが、ノルマンディーに拠点を置く住居シェアマッチングプラットフォームを開発するスタートアップ「Cette Famille(セット・ファミーユ)」だ。

同社のプラットフォームでは、専門家によるトレーニングを受け、政府の認定を受けた受け入れ家庭を現在約6,000件紹介。独居に不安がある高齢者とマッチングし、有料の長期ホームステイを提供する。高齢者施設より家庭に近い環境で暮らしたい高齢者に新たな選択肢を提供している。

高齢者にハウスシェアの機会を提供する「Cette Famille」(公式サイトより)

エイジテックで経済活性化を目指すフランス

こうしたフレンチ・エイジテックの成長には、高齢化に伴う国内の課題解決のみならず、経済的な意味でも大きな期待が寄せられている。シニア関連産業は、これからの「成長分野」として、フランスが産官学で総力を挙げて取り組む分野とみなされているのだ。

フランス政府が2013年、エイジテックのイノベーションを支援するため設立した非営利組織「シルバーバレー」は、スタートアップ、中小企業、グローバル企業、大学、研究機関、公的機関、投資家など180のメンバーを集め、フランスをエイジテックの起業家にとって魅力ある国にすることを目指している。

エイジテックといえば、そのターゲットは介護や医療、孤立といった高齢者が抱えることの多い課題の解決であることが多いが、フランスのエイジテックはそれに加え、自立した、アクティブな高齢者をターゲットに、「人生を楽しむため」のサービスを創り出すことも志向している。

つまり、高齢者が医療や介護のためだけでなく、よりアクティブに、より生活を豊かにするために活用できるようなデジタルサービスを生み出すことがシルバーバレーには期待されているのだ。

2018年には、55歳から92歳までの約1万人の高齢者が自身の経験を共有し、高齢者向けサービスの創出に役立てるオープンラボを開設。住宅、高齢者施設、病院の緩和ケアユニットなど、多様な高齢者の生活の場を想定した、製品やサービスの内容、マーケティング、価格設定などの検討を重ねている。

シルバーテック✖️シェアリングエコノミー

高齢者の生活支援にもシルバーテックが存在感を示す(PIXABAY)

フランス発のエイジテックスタートアップを概観すると、生活支援サービスのオンラインマーケットプレイス「Ouihelp(ウイヘルプ)」といった高齢者の支援自体にフォーカスしたものもある。

一方で興味深いのは、シェアリングエコノミー関連だ。先に挙げた住居シェアに加え、スキルシェアサービスもいくつか生まれている。

「Silver in Touch(シルバーインタッチ)」は、高齢者の日常生活支援に特化したスキルシェア・プラットフォームだ。高齢者やその家族は、運転、買い物、掃除、料理、ガーデニング、DIYといった日常生活で必要なサポートを投稿、それに対応できるユーザーが有料で各タスクに対応する。

住み慣れた地域で、可能な限り独立した暮らしをしたい高齢者は、ピンポイントで生活のサポートを得ることができるし、若い人たちは地域の高齢者を助けることでいくらかの収入を得ることができる。

「Alphonse(アルフォンス)」もやはり有料のスキルシェアサービスではあるが、サービスを提供するのは高齢者の側だ。

「高齢者はケアされる存在」というのは、ある意味、先入観であることも多く、退職後にもベビーシッター、ペットシッター、裁縫や編み物、料理のレッスン、語学の個人指導、楽器のレッスン、写真撮影など、コミュニティに提供できるスキルを持つ高齢者は多い。

同社はそんな高齢者を、そのスキルを必要とする人とマッチングするだけでなく、退職後をよりアクティブにすごすためのロードマップ作成も支援する。

コミュニティに必要とされるスキルを持つ高齢者は多い(PIXABAY)

他にも、今年に入ってから電子生体認証スキャナーを内蔵し、心臓発作を予測するコットン製の洗えるTシャツ型のウエアラブルデバイス開発を進める「Chronolife(クロノライフ)」が欧州連合の医療認証を取得するなど、先進的な医療・介護機器の開発でも話題のフレンチテックが生まれている。

世界最速の高齢化社会として注目されている日本にも、フランス大使館を通じてフレンチ・エイジテック企業がPRに訪れるなど、各社は国際的な展開にも意欲的だ。

「フランスをデジタル大国にする」と宣言したマクロン大統領のもと、フランスは高齢化という世界共通の問題を経済活性化への推進力に変換できるのだろうか?

文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit

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