シリコンバレーに次いで、国民1人当たりのユニコーン企業数が多い北欧地域。中でもDX(デジタルトランスフォーメーション)やイノベーションのキーワードで高く評価されているのが、人口1,023万人のスウェーデン。

OECD(経済協力開発機構)のレポートでDXの取り組みにおいて世界的なリーダーと称されたほか、European Commission(欧州委員会)が発表した「European Innovation Scoreboard2020」ではトップを獲得、評価項目の1つであるイノベーションリーダー指数は、EUの平均スコアを大幅に上回った。

そして、スウェーデンのDXやイノベーション推進の要素として挙げられるのが、国内に多数存在する「イノベーションセンター」の存在。本記事では、同国のDXの背景からイノベーションセンターの役割を探る。

インフラ・教育・働き方改革。スウェーデンのDX概要

まず、スウェーデンが国を上げて取り組むDXの概要について、OECDのレポートをもとに紐解いてみたい。

スウェーデン政府がデジタル戦略を開始したのは2017年6月。 この戦略の全体的な目標は、スウェーデンがデジタル化を利用して世界のトップに立つこと。 また、同国が掲げる「2020年までにヨーロッパでもっとも低い失業率を達成する」という政府の目標達成も期待されている。

DXを推進する指標として、デジタルリテラシー、デジタルセキュリティ、デジタルイノベーション、デジタルリーダーシップ、デジタルインフラストラクチャの5つの目標が設定された。

DXを進めるにあたり、政府はそれに欠かせないインフラ整備に着手。2020年までに95%の家庭と企業の100Mbps以上のブロードバンド接続達成、 2025年までに人口の98%が自宅や職場で1ギガビット/秒(Gbps)、1.9%が100Mbps、0.1%が30Mbpsのブロードバンド接続を達成するとの目標を定め、政策を進めている。

このような政策もあり、現在スウェーデンはOECDの他の35の加盟国の居住者よりも多くのモバイルデータを使用しており、住民100人あたりのloT製品(ランプ、車、キッチン用品など)の数でもトップに。テクノロジーの発展やこれらのデバイスとネットワークへの国民の信頼が示されている。

国連が発表する電子政府ランキングでも2018年に5位、2020年に6位と、世界一を獲得しているデンマークや各国から注目されるエストニアには一歩及ばないものの、世界の標準レベルで見ればインフラは十分にIT化されていると言えるだろう。

日常生活だけでなくワークスタイルにも効率的にITが活用されている。それを表すのが上記データが示す「テクノロジー環境における問題解決能力の高さ」。16歳〜65歳の人々の能力スコアにて、スウェーデンはニュージーランドに次いで2位となった。

景気動向も非常に良く、移民により急速に人口が増えているにもかかわらず、スウェーデンのGDPは急速に成長している。それにはDXの浸透が影響しているかもしれない。

また、教育現場でもDX化の流れが加速している。2017年10月、スウェーデンの教育研究省は学校制度の国家デジタル化戦略を開始。目的は、すべての子供、学生、若年成人が自分たちの生活や仕事に必要なデジタルスキルやデジタルリテラシーを身に付け、彼らに将来の才能の基礎を提供することだ。

このようにインフラから教育、産業組織まで、あらゆる場面で着実にDX化を進め、その効果が数値として現れ始めているのがスウェーデンのDXの現状のようだ。

DXを促進するイノベーションセンターの存在

全人口2,600万人の北欧諸国は、Skype、Spotifyといったユニコーン企業23社を輩出しており、一人当たりのユニコーン企業輩出数はシリコンバレーに次いでいる。その中でも、イノベーションを牽引するのはスウェーデンと言っても過言ではない。

先に触れた通り、「European Innovation Scoreboard2020」ではトップを獲得、世界知的所有権機関(WIPO)が発表する「グローバル・イノベーション・インデックス2020」でも、スイスに次いで2位に位置する。スタートアップへの総投資調達額も北欧でもっとも多い。

そして、同国のDXやイノベーションの推進を支える要素の1つとして欠かせないのが、国内にある「イノベーションセンター」。これは、雇用増加やデジタルイノベーションの国際的なリーダー・企業を輩出する目的で、人、アイデア、知識、創造性を交差させる出会いの場であり、その多くは近隣の大学と地域の行政、あるいはグローバル企業とIT企業の架け橋として機能する。

熱量高く才能あふれる若手人材が集まり、日々新たなコラボレーションが生まれているようなコワーキングスペースやインキュベーションオフィスに近い側面を持ちつつ、業界・一般企業・政府との研究パートナーシップの促進やデジタルに関心のある研究者へのコラボレーションプラットフォームの提供、適切な資金調達のサポートなど、より大規模な企業・プロジェクトに発展させるためのベースが整っている。

強力なコネクションに加え、最先端の技術やテクノロジーが研究・開発されており、中小企業やスタートアップの立ち上げ、事業成長にとって理想的な環境と言えそうだ。

独自の個性を持ち、大学・行政・企業をつなげる

イノベーションセンターはそれぞれ異なる強みや特徴を持っており、ユニークだ。例えば、布地や衣類を含む繊維を用いたプロジェクト専用の「Science Park Borås」、ヘルステックに焦点を当てた「Sahlgrenska Science Park」、eコマースに特化した「E-commerce Park」、3D印刷やX線など製造分野に強い「Alfred Nobel Science Park」など。

イノベーションセンターによっては、現在走っているプロジェクトの詳細をHP上で公開している場合もあり、その活動が活発であることも伺える。

一つ例を挙げると、繊維業界に重点を置く「Science Park Borås」では、現在、スウェーデンの環境省が資金提供する「テキスタイル&ファッション2030」プロジェクトが進行中。環境省がBorås大学に「持続可能なファッションとテキスタイルの国家プラットフォーム作成」を委託している。政府の狙いはファッション業界の雇用促進と2030年までの環境目標の達成だ。

「Science Park Borås」は大学と政府の間に入り、スウェーデンの衣料関係企業などと連携しながら、環境への負荷を最小限に抑えた生産スタイルや中小企業の仕事の強化を軸に、環境とビジネス両方のメリットを組み合わせた持続可能なビジネスモデルの促進を目指す。

また、ヨーテボリ大学、ウメオ大学、ストックホルム商科大学の研究者で構成されるイノベーションセンターSCDI(Swedish Center for Digital Innovation)は、デジタルにまつわる多様な研究が進められると同時に、上記3つの大学の博士課程の提供も行っている。

その学習内容には、デジタルトランスフォーメーションの概要や組織の変化、および変化の管理方法について幅広い理解を得られる「Organising for Digital transformation」、デジタルテクノロジーを活用しようとする産業組織が直面するさまざまな課題とその解決に焦点を当てた「Innovation Strategy for the Digital Economy」などがある。

イノベーションセンターを有効活用して、教育科目を現実のプロジェクトに落とし込みながら、若手人材の育成につなげているようだ。

このようにイノベーションセンターは、才能ある多くの若者や中小企業・スタートアップに活躍のチャンスを与える場所であり、同時にDXを前進させる起爆剤ともなっている。ヨーロッパのみならず、世界基準で高く評価されるスウェーデンのDXとイノベーション。そして、それを強力に牽引するイノベーションセンターの役割。同国の戦略には、日本を含めた諸外国が見習うべき点が多くありそうだ。

文:小林香織
企画・編集:岡徳之(Livit