消毒の未来を考えるデザインコンペ
withコロナ時代と呼ばれる現在。身の回りのデザインに、感染予防を前提にした新しい形が求められている。
スペインのトイレ・バス用品メーカー「Roca」が、「消毒の新たなデザイン」をテーマとしたデザインコンペを行った。受賞作品が発表され、各方面から注目を集めている。
2004年にスタートした「jumpthegap」は、「未来のバスルーム」をテーマに2年に一度開催されるデザインコンペティションだ。新進のデザイナーや建築家が世界中から集まる。今年はコロナウイルスの影響もあり、バスルーム領域から「消毒の新たなデザイン」へとテーマを拡張した。
公共施設で使用する赤外線を使用した手の殺菌ステーション「LAMBDA」(Denis Lara Molina)や、人間工学に基づいて設計された高齢者向けのトイレ「STILL YOU」(Sanna Völker & Marta Cuquet)など、jumpthegapの過去の受賞作品を眺めるのも面白い。毎日使用しているにも関わらず、あまり意識を向けないトイレ・バス領域に潜むイノベーションの可能性を感じさせるものばかりだ。
この記事では、Rocaの最新デザインコンペの受賞プロジェクトを紹介しつつ、withコロナ時代、消毒に関するデザインや建築、空間はどう変化していくのか、その動向を探る。
新しい生活様式を形づくる、衛生管理、掃除、消毒
スペシャルエディションとなる2020年のコンペでは、5名の受賞者が発表された。
Rocaのブランド・コミュニケーション・ディレクターであり審査員の1人であるXavier Torrasは、「衛生管理、掃除、消毒の分野は、バスルームに限定されず、幅広い領域をまたいで新しい生活様式をつくります」とコメントしている。
全国94ヵ国から297もの応募が集まり、総勢1,597名の参加者となった。9名の審査員で15日間審査が行われ、結果賞を勝ち取った5つのプロジェクトは、どれも消毒の未来をイメージさせるものだ。ゲーム的要素を取り入れたソープ・ディスペンサーから、子供の体温測定器、UVライトによる消毒キャビンまで、幅広い分野から受賞作品が選ばれた。
「消毒の新たなデザイン」に挑戦した2020年の受賞者
受賞プロジェクトの1つ「OM(Rafael Vinader)」は、ドーナツの形をした手の消毒マシン。行き来の激しい空港や駅、店舗、オフィスなどで、消毒と体温チェックを同時に素早く行ってくれる機械だ。
ユーザーが手首をリングの輪の中に差し込むと、LEDスクリーンでユーザーのステータスを表示してくれる。また、消毒ジェルが出てきて同時に手の消毒も行える仕組みだ。今まで別々のステップを踏んでなされてきたことを、同一のマシンで行えるようにした。
「Lux(Juan Restrepo)」プロジェクトでは、公共トイレの細菌を99%まで殺菌できる、遠赤外線を利用した新しいトイレを提案。ムーブメントセンサーを用い、使用後に自動的に遠赤外線殺菌が始まる仕組みとなっている。
「UVCLEAN(Ekatarina Epifanova、Lidia Grits)」は、手を洗っている最中にスマートフォンなどに付着する細菌をUVセンサーで殺菌できるデバイスだ。スマートフォンは「普段洗わない第3の手」でもあるという着想が面白い。
液体殺菌ジェルでシャボン玉をつくり、子供たちが遊びながら手の消毒ができる「BUBBLE BUMP(Alina Pshenichnikova)」は、消毒という一見つまらない行為に遊び心を添えた。
また、細菌は手だけでなく足にも多く付着している。「E-TAPIS(Hao Wang、Hanyuan Hu)」は、デバイスの上に乗るだけで、フットフェアの殺菌をしてくれる。
先述の審査員・Xavier Torrasが語るように、これらのデザインは、単にバスルームという空間領域に限定されない。人々の衛生管理に対する考え方やニーズが変われば、それに伴うシステムや空間の作り方・使われ方、行動様式も変化する。今回のコロナウイルスのような感染症は、ライフスタイルだけではなく、都市や建築のデザインにも影響を与えるのだ。
「消毒」に関わるデザインと建築
コレラの流行はロンドンの近代的な下水道システムの整備に寄与したし、結核、インフルエンザなどの大流行は、20世紀のモダニズム建築の形成に寄与したと言われている。都市で発生する感染症への処方箋として、建築家たちはデザインに解を求めたのだ。
モダニズム建築は、幾何学的構造、近代的な素材、装飾の排除とミニマルで清潔な住宅といった思想が背景にある。モダニズム建築の巨匠ル・コルビュジエは、じゅうたんや重い家具、不要な装飾品などを家から排除し、壁や床を剥き出しにしたうえで、白塗りの家々が立ち並ぶ、シンプルな都市を構想した。
彼の代表作の1つであるサボア邸は、病院を想起させるミニマル・ホワイトで、細菌の棲む地面から距離を取った高床構造になっている。大きなガラス窓は、病原菌と戦う日光の力を取り入れ、風通しを良くすることが目的であった。
また、19世紀後半から20世紀にかけて作られた、結核など長期的な療養を必要とする人のための施設であるサナトリウムは、結核患者を収容し、治療、隔離するために、衛生面と採光、通風を重視したデザインが採用された。
withコロナ時代、消毒に関するデザインと建築、空間はどう変化していくのか
近代的衛生観が近代的建築を生み出してきたことを考えると、コロナ以降も、消毒や感染に対する考え方や対策、デザインが、私たちの空間体験や都市の機能を大きく変化させていくはずだ。
ソーシャルディスタンスを意識した店舗やレストラン、公園のデザインは既に多く提案されているし、密になりにくい自転車を活用した都市モビリティも、今後増えていくだろう。粗悪な衛生状態、空気の淀み、人口過密といった感染症の拡大要因に対抗するため、学校や駅などの公共施設のデザインも、今度アップデートされていくかもしれない。
いずれにせよ、「衛生管理、掃除、消毒の分野は、バスルームに限定されない」というRocaの指摘に疑問の余地はなさそうだ。今回の消毒デザインコンペティションのような、分野に縛られないデザイン発表の場が、今後も増えていくことを期待したい。
文:杉田真理子
企画・編集:岡徳之(Livit)