2020年、パンデミックですべてが停滞したように感じられる中で、立て続けにアップルストアの新店舗が東南アジア圏に登場、そのデザインやビジネスインパクトで話題を集めている。

7月末にバンコクでお目見えしたのが、同国2店舗目となる「アップル・セントラル・ワールド」。これに続き、9月にシンガポールに登場したのが「アップル・マリーナベイサンズ」だ。アップルはこのシンガポールの新店舗について「最も野心的なリテールプロジェクト」と語っている。

新しい店舗が作られるたびに話題となるアップルストア。今回は東南アジアに今年登場したこれら最新の2店舗を紹介しつつ、アップルが東南アジア、そしてシンガポールでのビジネス展開に野心を燃やす理由を探る。

製品同様、美しいデザインのアップルストア 

バンコクの雑踏に大木のように佇む新店舗(アップル公式サイトより)

アップルの製品はデザイン性の高さが魅力の一つだが、バンコクとシンガポールの新しいアップルストアは、その佇まいのユニークさと美しさで建築としても目を引く。

バンコクの新店舗「アップル・セントラル・ワールド」は、バンコクの雑踏にまるで大木のように浮かび上がる、アップルストア史上初の全面ガラス張りの建築だ。

バンコク、シンガポール、どちらの店舗もデザインを手がけたのは、トルコ、中国、そしてタイ第一号店のアップルストアの建築デザインを担当した、イギリスの著名な建築家、ノーマン・フォスター率いるFoster + Partners(フォスター・アンド・パートナーズ)。

香港国際空港、ロンドンシティホールなどのデザインで世界にその名を知られた建築デザイン事務所であり、特に56階建てのドイツのコメルツ銀行タワーは、近代的な超高層ビルでありながら、自然光と緑あふれる「スカイ・ガーデン」を有する建築として称賛を集めた。 

その特徴的かつ近代的なデザインに、ナチュラルな木や緑の柔らかさが融合した美しさは、このバンコクのアップルストアからも感じることができる。

近代的デザインと木の柔らかさが融合したバンコクの新店舗(アップル公式サイトより)

バンコクの新店舗は「都心のオアシス」

都心のオアシス的存在となるバンコクの新アップルストア(アップル公式サイトより)

バンコクの新店舗が位置するのは、都市最大のショッピングセンターであるセントラルワールドの横。多くの人が行き交う大都市バンコクの中でも最も賑やかなこのエリアで、デザイナーの狙い通り「静かな彫刻のような存在感」を示している。 

観光客のほとんどが立ち寄るというバンコク随一のショッピングエリアにある店舗だけに、130人のスタッフが17の言語で顧客対応を行い、地下にはBtoB向けの会議室「ボードルーム」も設けられている。

店内のスクリーンでは、バンコクの正式名称「クルーンテープマハナコーン」のタイ文字と、Appleのリンゴマークを組み合わせたロゴマークが来店者の目を惹きつける。このマークはノベルティや公式サイトでダウンロードできる壁紙にも使用されており、「アップル・セントラル・ワールド」のシンボルとなっている。

タイ文字とリンゴマークを組み合わせた新しいロゴが目を引く(アップル公式サイトより)

世界初の水に浮かぶアップルストア、シンガポールの新店舗

水面に浮かぶようなシンガポールの新店舗(アップル公式サイトより)

バンコクの新店舗オープンの2カ月後、島国らしく、114枚のガラスからなる水面に浮かぶ球体というユニークな形で登場したのが、シンガポールの新店舗「アップル・マリーナベイサンズ」だ。

バンコクの新店舗はアップル初の全面ガラス張り店舗だったが、シンガポールでは3店舗目となるこの新店舗はアップル初の水中ボードルームを備えている。

マーライオンなどシンガポールを象徴するシンボルが並ぶマリーナ・ベイエリアの360度パノラマビューを楽しめるスポットともなっており、もはや観光名所と言ってもいい存在だ。

シンガポールで最もラグジュアリーなショッピングスポット、マリーナベイエリア(PIXABAYより)

このシンガポールの店舗に併設しているマリーナベイサンズホテルは、5つ星ホテルであるだけでなく、カジノ、ショッピングモール、美術館、シアター、空中庭園などを備えた複合エンターテイメント施設でもある。

同ホテルを象徴する世界一高い場所にあるインフィニティプールは、絶好のインスタ映えスポットとしても有名で、シンガポールの夜景を背景に空中に浮かび上がるようなプールの写真を目にしたことのある人も多いだろう。

このマリーナベイサンズのモールには、ディオール、カルティエ、イーソップなど世界のラグジュアリーブランドが並んでおり、5つ星ホテルへの滞在やカジノ、ハイブランドでのショッピングを楽しむ富裕層が、この新アップルストアに流入することが期待されている。

水面に浮かぶようなシンガポールの新店舗(アップル公式サイトより)

スマートフォンの最重要マーケットとなった東南アジア

このところアップルが東南アジアに注目しているのには、もちろん理由がある。

昨年、世界のスマートフォン販売台数は2%減少したが、東南アジアに関しては逆の動きをみせ、1%増を記録。特にマレーシア、シンガポール、タイは、その動きの中心的存在だった。 

これまで東南アジア市場は、低価格のスマートフォンが牽引しており、シェア約20%のサムスンを除くと、約6割を中国ブランドが独占。高価格商品が中心のアップルにとっては難しい状況ではあった。

しかし、アップルは今年、手頃な価格の「iPhone SE」最新版を販売開始。また東南アジア各国の所得水準も高まっていることから、アップルの市場シェアがこれまで以上に高まることが十分に期待できる。

香港、ソウルなどスマートフォン保有率がほぼ飽和している都市が増える中、まだ伸びしろを残す東南アジアは、マーケットとして非常に魅力的なのだ。

シンガポール政府と協力、アップルが野心を燃やす「LumiHealth」プロジェクト

シンガポールの新アップルストア(South China Morning Postより)

それでは、なぜアップルはスマートフォン普及率が87%と東南アジアで最も高いシンガポールの新店舗を「最も野心的なプロジェクト」と呼んでいるのだろうか?

その理由は、高所得国で高価なiPhoneを売ろうという単純なものではないのかもしれない。

「アップル信者」と呼ばれるほど熱心なファンを持つアップルだが、主力商品の多様性に欠ける点が弱みとされることもあり、収益を多様化し、iPhoneへの依存度を下げる試みを重ねている。その戦略の一つが、健康管理システムを搭載したウェアラブル端末の展開だ。

その一環として、健康意識が高く、世界の健康な国トップ10に選ばれたこともあるシンガポールで、アップルが政府とタッグを組んでこの10月から開始したプロジェクトが「LumiHealth ルミヘルス」。

アップルウォッチを使って、アプリをダウンロード、ユーザーは健康診断や予防接種のリマインド、睡眠やマインドフルネス、食生活向上のためのアドバイスを受けながら、健康上の目標達成を目指す。2年間のプログラム期間中には、最大380シンガポールドルの報酬が用意されており、目標達成のインセンティブとなっている。

スタッフによる手厚いサポートが期待できるシンガポール新店舗(アップル公式サイトより)

テクノロジーで市民の健康増進を図りたいシンガポール政府だが、いくらインセンティブがあるとはいえ、シニア層も含めた市民の多くにアップルウォッチとアプリの活用を期待するのは難しいのでは、と考える人もいるかもしれない。

しかし、このシンガポール新店舗を訪れた市民は、23カ国語を話す150名近くのスタッフのサポートのもと、実際にアップルウォッチを含むアップル製品に触れ、様々な機能を試すことができる。そして「ジーニアス・バー」と呼ばれるサポートデスクでは、手厚いコンシェルジュサービスを受けることも可能だ。

顧客満足度で米国PC業界連続トップとなっているアップルのカスタマーサービス力が集結された「アップルマリーナベイサンズ」は、このシンガポールの居住者全体を巻き込んだ一大プロジェクトのハブともいうべき存在になることが期待できるだろう。

アップルファンでなくても、著名建築、景勝地、インスタスポットとして訪れずにはいられない人も多いアップルストア。パンデミックの最中であっても、期待を裏切らないニュースを発信しつづけている。

文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit