京都大学とNTTは、withコロナ時代の新たな生活様式において人々が感じる孤独感・疎外感や帰属意識などの問題を個人とチーム・社会との関係性の観点から解明すべく、京都大学大学院文学研究科 出口康夫教授が提唱する「われわれとしての自己観」とNTTの個人特性計測技術に基づき、チームや社会に対する人の性格特性を測定する「Self-as-We尺度」を開発し、公開した。

これは、2019年11月より進めてきた、テクノロジーの進化と人が調和するIOWN時代の新たな世界観の構築に向けた両者の共創の最初の成果となるとのことだ。

新型ウィルス感染拡大防止のためテレワークや遠隔授業などwithコロナの新たな生活様式が広がる中で、孤独感や疎外感を感じたり、帰属意識の低下に伴う不安を訴える人が増加しているという。

また、帰属意識の高まりにより、極端に排外的な行動に走る人々も出てきており、このような外出自粛の状況下で、withコロナの社会やその先のIOWN時代における人と社会のウェルビーイングを追求するうえで、どのような人がどのような要因で、withコロナの生活様式の中で孤独感、疎外感、帰属意識の問題を抱えているか明らかにすることが、喫緊の社会課題であると考えているとのことだ。

京都大学とNTTは、IOWN構想を通じ、テクノロジーの進化と人が調和し、人が多様な価値観を自然に発揮できる包摂的な社会を実現するため、IOWN時代の新たな世界観の構築を目指した文理融合型の共創を2019年11月より進めている。

Withコロナの生活様式の下で、チーム(職場・学校など)や社会(地域や国など)といった集団とそれに属する個人の在り方が改めて問われており、それには自身が属する集団に対する行動・態度に関する性格特性が大きく影響していると考えられるとしている。

同研究では、職場や学校などの小規模のチーム(共通の目的を持つ数人~10人規模の集団)を対象として、チームに対する個人の性格特性の尺度の確立を目的としたとのことだ。

チームに対する性格特性は文化による差が大きく、たとえば、西洋の個人主義的な考え方に則りチームを自律した人格の集合と捉えるか、東洋的な全体論的価値観によりチームと自己を重ね合わせて捉えるかにより、その人がチームに求めるものも大きく変わると考えられる。

そこでまずは、日本を含む東アジア文化圏を対象として、京都大学大学院文学研究科 出口教授が提唱する、東アジアの全体論的自己の思想の流れを汲む「われわれとしての自己観」に基づき、チームに対する行動・態度を表す性格特性を尺度化することとしたとのことだ。

なお、「われわれとしての自己観」は、チームなどで何らかの行為を共にする人々や、道具や環境などのあらゆる事物からなる系(「われわれ」)を一つの自己と捉え、その中の「わたし」は、そのほかの人や物と同じく、「われわれ」から行為の一部を委ねられている存在とする考え方。

「われわれとしての自己観」に基づきチームに関する性格特性尺度を構築するために、まず提唱者である出口教授とNTT研究者のディスカッションを通して、ウェルビーイング研究等においてNTT研究所が培ってきた認知科学・社会心理学の知見に基づく個人特性計測技術を活用し、チームに対する行動・態度の観点から、「われわれとしての自己観」を2カテゴリ11種類の下位概念にまとめたという。

そして、それぞれの下位概念を各2問のアンケート質問項目に具体化し、合計22の質問からなる「Self-as-We尺度」を作成。

この尺度では、「共同行為態度」のカテゴリの質問項目により、チームに対する回答者の行動・態度に関する性格特性が測定できる。

また、「超越特性」のカテゴリは、チームへの行動・態度に影響を与える全般的な認知特性を測定するものとのことだ。

次に、作成した尺度を用いて500名規模の質問紙調査を実施し、尺度の信頼性を確認。この調査により、チームに対する人の性格特性の大まかな傾向も見えてきたとし、共同行為態度に関する回答を分析したところ、「われわれ志向」「わたし志向」と呼べる性格特性の傾向が見られたという。

「われわれ志向」は、「わたし」の視点から見たチームなど「われわれ」のあり方に関するもので、チームに貢献し、チームの成功や失敗を自分事として捉える考え方の傾向。

「わたし志向」は、「われわれ」の視点から見た「わたし」を含むチームメンバーのあり方に関係し、自分はチームの意思に従わされていると感じたり、リーダーや明確な役割分担がなくても個々のメンバー任せればよいと考える傾向であるとのことだ。

また、様々な形態のチームにおいて調査を進め、今後の研究を加速するためには、「われわれとしての自己観」の継時的な変化や状況による変化を捉える簡易な測定手法も必要となる。そこで同研究プロジェクトでは、人と人の心理的な距離や結びつきの強さを評価するIOS(Inclusion of Other in the Self Scale)に倣った「関係性ピクトグラム」による測定手法の開発も進めているという。

なお、Self-as-We尺度の詳細は、京都大学大学院文学研究科 哲学研究室が発行する紀要「PROSPECTUS」に掲載されており、誰でも質問紙調査などに活用することができるとのことだ。

従来の私中心の自己観と「われわれとしての自己観」の対比を、自転車で出勤するという行為を考えた際、従来の自己観では、自己である「私」が、自分の身体や自転車を使役すると捉える。

一方、「われわれとしての自己観」では、「わたし」や、その身体、自転車、さらには道路やその管理をしてくれている人々など、出勤という行為を支える全ての人・物を含むシステムを「われわれ」=自己と捉え、「わたし」を含む「われわれ」の全ての要素は、自己から行為の一部を委ねられていると考えるという。

これまでにも様々な性格特性の尺度が存在したが、同成果は、近現代社会の中で前提となってきた西洋的個人主義の考え方ではこぼれ落ちてしまう「わたし」と「われわれ」、即ち、「個人」と「チーム」に関する東洋的な感覚を掬い取りSelf-as-We尺度に組み込むことで、性格特性に新たな切り口を与えるものであるとのことだ。

成果として、チームに対する性格特性には「われわれ志向」と「わたし志向」の傾向が存在することが判明。

「われわれ志向」が強い人に対しては、テレワークや遠隔授業においてわれわれ性をより感じられるように、「わたし志向」が強い人に対しては両動感や被委譲感を新たな切り口とした対策が考えられるとしている。

今回の質問紙調査は、小規模なチームを前提に実施したが、Self-as-We尺度は地域社会や国、人類全体などもっと大きな集団に対する個人の行動・態度に関する性格特性の測定にも使用することができる。

その際には、見知らぬ人々や自然などとの超越的な一体感・連帯感などを表す「超越特性」が、分析のカギになってくると考えられており、社会に対する行動・態度に関わる性格特性を調べることで、たとえば、排外的行動などに至るような人と社会の関係における孤独感・疎外感や帰属意識の問題の要因の探究につながるという。

今回の成果は、「われわれとしての自己観」を基盤としてIOWN時代の新たな世界観を構築する共創プロジェクトの第一歩として位置づけられる。

今回の成果であるSelf-as-We尺度により実証可能となった「われわれとしての自己観」をもとに、IOWN構想における技術の進歩を前提条件として、人の様々な価値観(真・善・美)を見直す人文・社会科学的検討を進め、新たな世界観を共同で構築するという。

その成果をNTTの研究開発における技術課題の検討に反映することで、人や社会と調和した形でのテクノロジーの発展を促し、包摂的な社会の実現に貢献。

西洋的個人主義とは一線を画した、東洋的な思想に則った独自性のあるICT基盤の提供を通じて、グローバルな社会課題解決にも貢献していくとしている。

また、「われわれとしての自己観」をベースに、IOWN時代へ向けた今後の技術の方向性を踏まえて、「真・善・美」で表される人間の様々な価値観を見直し、新たな世界観を構築。それに基づきIOWN構想の技術課題検討を進めることで、包摂社会実現に資する情報社会基盤の実現を推進していくとのことだ。