昨今、さまざまな業界で進む業務のDX(デジタルトランスフォーメーション)化。医療分野での紙カルテから電子カルテへの移行は、この分野ではその最たる例だといえるが、今注目を集めているのがスマートフォンやPCを使い、遠隔地から診療をおこなう「オンライン診療」だ。 

コロナ禍をきっかけに注目が集まるオンライン診療

日本では新型コロナウィルス感染拡大の影響を受けた2020年4月に規制を緩和後、オンライン診療は時限的・特例的な取り扱いとして、初診からの診察が可能になった。

とはいえ、2020年8月におこなわれた厚労省によるオンライン診療の指針について話し合う有識者検討会で発表された実績によると、7月末時点で遠隔診療に対応する医療機関は1万6,000施設で全体の15%。

そのうち初診に対応するのは6%にとどまっており、まだまだサービスとして普及しているとは言い難い状況だ。しかし、10月、時限的だった「オンライン診療」の措置が、コロナ禍染収束後も原則恒久化することに厚労相ら3大臣が合意。これにより日本の「オンライン診療」も今後、拡大していくことが予想される。

医療のDX化にともない、今後普及が予想されるオンライン診療だが、MarketsandMarketsによると世界市場規模は2020年の推計255億ドルから、今後2025年段階では556億ドルへと急速な拡大が見込まれている。

またコロナ禍を契機に、この分野において、世界で最も進んでいるといわれるアメリカでは2020年4月の調査によると、患者の46%が遠隔医療のサービスを利用し、19年の11%から大幅に増加するなど、オンライン診療へのユーザー側の意識が高まっていることがわかる。

中国のオンライン診療アプリユーザーは3億人突破

そんなアメリカではすでにヘルスケアアプリを使った遠隔医療患者モニタリングやサポートセンターと呼ばれる場所に専門医を集め、各病院をオンラインで結ぶ「遠隔ICU」といったオンライン診療が実際におこなわれている。

アジアを見ても中国ではAIチャットや専門医とのやりとりによるオンライン診察アプリのユーザー数が3億人を突破するなど、オンライン診療が身近なものになりつつある。

一方、日本は海外と比較して、大きく遅れをとってはいるものの、最近ではオンライン診療システムを手掛ける「MEDLEY」やLINEで直接医師に相談できる健康相談サービス「LINEヘルスケア」、今年11月から提供が開始されるLINEアプリ上で医療機関の検索から予約、診療、決済まで一括しておこなえる「LINEドクター」などに注目が集まっている。

こうして日本でもオンライン診療の普及が加速していく機運が高まっている。

オンライン診療で期待できること

今後、オンライン診療の普及によって期待できることは専門医がいない地方在住の患者と専門医のマッチングだ。

これによって、診療技術の平準化し、住む場所に関係なく質の高い診療情報にアクセスできることは地方における専門医の偏在問題の解決につながるだろう。

また、LINEやチャットボットによるカウンセリングによって、医師が事前にデータを収集することで業務の効率化も可能になる。業務が効率化されると医師の過重労働問題も解決されるといったことが起きるほか、患者も無駄な待ち時間なく、効率的な診療を受けることができるようになる。

効率的な診療体制ができると、適切な人材配置が可能になり、例えば労働時間に制約がる子育て世代も無理なく働ける環境が整い、医師のリソース不足解決につながる。そうなれば無理のない環境で医療機関の営業時間を伸ばすことも可能になり、より患者にとって充実した医療体制が整う。

こういった医療のDX化で肝心なのは、症例データをストックできるということだ。集まったデータを基に医師が、患者の状態を常にモニタリングすることは予防医療にもつながる。

今後、超高齢化社会を迎える日本において、医療費の高騰は社会全体にとっても大きな負担になってくるため、予防医療はその面でも高い効果が期待できる。

DX化によるオンライン診療は、歯科矯正の分野でも普及しつつある。

日本の歯科矯正の市場規模は現在、年間2,400億円といわれており、新規患者数は年間30万人に上る。しかし、日本人の6割が自分の歯並びに悩みを持ちながらも、4割が治療できていないのが現状だ。

多くの人が悩みを抱えながらも治療できない理由は、まず、従来の矯正では平均100万円程度の費用がかかるという金額面の負担の大きさにある。

次に通院回数の多さ。これは忙しいビジネスパーソンには特に負担になっている。また、実際に歯科矯正をはじめてみたものの、1日20時間以上装着しなければ効果が出にくいということも継続して行く上では心理的な面で負担になっている。

これらの物理的、心理的な負担が発生するにもかかわらず、そもそも多くの歯科矯正医がいる中で、どの医師を選べばいいかがわかりにくいということが、歯科矯正を希望しても実際におこなうまでに至らない理由になっている。

オンライン診療で治療方針の明確化と価格の透明化が実現

しかし、こういった問題も歯科矯正をDX化することで解決することができるはずだ。特にオンライン診療はその面での期待が大きい。

現在、歯科矯正の分野では、3Dスキャンによる歯型のデータ化、デジタルシミュレーションソフトウェアやAIを活用したチャットボットといったDX化によって、通院せずとも歯科矯正ができるオンライン診療サービスが普及しつつある。

例えば、診断した歯科医の知見を電子カルテによって共有することで、これまでであれば特定の専門医しか持つことがなかったナレッジを属人的なものから誰でもアクセスできるものにすることが可能だ。

また歯科医が患者の状況をトラッキングすることで効率的な診断プランを提供することができるが、これはスマートフォンでのやりとりを通して可能になる。データを参考にすることで高額な治療費も平準化し、適正価格に近いフェアな価格での治療も可能だ。

歯科矯正においてはこのようにDX化によって、治療方針の明確化と価格の透明化をすることで、これまで物理的、心理的な理由で矯正を選択することができなかった、もしくは継続することができなかった人も安心して歯科矯正を続けられる環境を提供できるようになる。

また、歯科クリニックの現場では、これまで診療の予約をしたにもかかわらず、クリニックで診療を待ったり、問診票を書くなど、オペレーションが効率されていないことによる患者側の弊害も起こっていた。

しかし、そういったこともLINEなどを活用し、オンラインで事前に済ましておいてもらうことで、実際にクリニックに通院した際、医師は事前の問診内容が頭に入った状態で診察に入ることができる。

患者も無駄な質問をされることなくすぐに医師に聞きたい質問ができるようになる。それに付随して、医師の業務が効率化され、現場の疲弊を失くすことでより質の高い診療が可能になることもDX化によるメリットだ。

DX化によってユーザー体験に変化を起こし、満足度を高める

先述のとおり、医療のDXで重要なのは、症例データをナレッジとしてストックできるということであり、それを起点にDXが進んでいくということだ。

その点を踏まえて、今後の歯科矯正分野でのDX化を考えると、例えば、多数の症例データをインプットデータとした矯正医とのマッチングや、AIによるマウスピース矯正シミュレーション、ユーザーの口腔内データをもとにパーソナライズされた口腔ケア用品のオンラインショップでいつでもどこでも買えるといった未来を実現する。

まさに”歯科矯正のエコシステム”と呼べるサービスが生まれてくるはずだ。

歯科矯正を含めて医療のDX化は、業務の効率化によって様々なコスト削減につながり、患者、医療従事者ともにユーザー体験が変わる、ひいてはそれがユーザーの満足度を高めるものでなければならない。

その視点でDX化が進めば、より社会的に意義がある医療サービスが普及していくはずだ。

また歯科矯正という分野で医療ビジネスにかかわる身としても、診療における利便性やクオリティを保てるDX化を先導していくことで、自社が医療に対する信頼性を高める一役を担っていけると考えている。

文:西野誠 / 株式会社Oh my teeth CEO