3日に1度は森へ行く。フィンランドに暮らす人はなぜ「森」を求めるのか?

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「自然と共存する暮らし」を国として掲げている北欧フィンランド。国土面積の約73%が森林で森の多さは世界で13番目(2017年)、実際にフィンランドの街を歩いていると、いたるところに神秘的な森が見られる。

フィンランドで暮らす多くの人は「森に入る」という行為をごくナチュラルにしており、例えば森でベリーを摘み、そのベリーをふんだんに使ったケーキやタルトを焼くのは、こちらではよく見られる光景だ。

フィンランドに暮らす人にとって、森はどんな存在なのだろうか。どうしたら、森と共存する暮らしを楽しめるのか。今回は、2014年にフィンランドに移住、2018年にフィンランド人男性と結婚し、首都ヘルシンキで森の近くに暮らす吉田みのりさんに「森と共存する暮らし」について聞いた。

吉田みのり
1983年宮崎県生まれ。国際基督教大学にて仏語と哲学、お茶の水女子大学大学院・パリ第7大学にてジェンダー開発論・フェミニズム理論を学ぶ。フィンランド系企業での仕事を経て、2014年にフィンランド移住。個人活動として雑誌『SUOLA 〜はぐくむ人へ〜』を2020年10月17日発売開始予定。創刊号BOXはサンゴの海から作られた「恋ヶ浦の塩」と「SUOLA冊子」の2点セットで、本人考案の美味しい恋ヶ浦の塩を味わえるレシピも掲載。

スカンジナビアに根づく「自然享受権」とは

フィンランドの国樹である白樺(筆者撮影)

フィンランドをはじめとする北欧地域には、古くから「自然享受権」が存在する。これは、土地の所有権に関係なく、誰でも自然を楽しむことができる、言い換えると「豊かな自然を独り占めしてはいけない」という法律だ。

一部の立入禁止エリアを除き、国民や観光客は、現地の森に自由に入ることができる。ただし、住宅の近くには侵入しない、自然や動物に危害を加えない、火を起こさない、ゴミを捨てない、長期間のキャンプはしないなどのルールがあり、それらを守った上で、自然を楽しめるのだ。

フィンランドの森で採れるキノコと吉田さんが愛読するキノコ辞典(吉田さん提供)

住宅の近くに生えているもの以外は、キノコ、野草、ベリーなど(絶滅危惧種や保護されている品種以外)の採集が誰にでも認められている。

特にフィンランドでは国土面積に対する森林の割合が非常に多いことから、森でジョギングや犬の散歩をする人、ベリーやキノコを採集する人など、森の存在が日常に溶け込んでいるように感じる。ヘルシンキの都心に住んでいても、森は身近にあるものであり、フィンランドらしい光景の一つとなっている。

外国人観光客も大勢訪れるヌークシオ国立公園

例えば、日本映画「かもめ食堂」に登場し注目を浴びたヌークシオ国立公園は、多くの日本人観光客が訪れる有名スポット。雄大な森や湖があり、季節に応じてキノコやベリーが採集できる。ハイキングコースとしても人気で、2.4キロ、3.7キロ、7.2キロの3つのコースがある。

ヘルシンキの北に位置するシポーの森(筆者撮影)

また、吉田さんいわく日本人にはあまり知られていない“穴場”がシポーの森。ヘルシンキ市内からは距離があるが空港からは近いため、空港近くに宿泊するとアクセスしやすい。筆者も実際に訪れてみたところ、湖周辺は地元の家族連れでにぎわっているが森は静かで散策しやすかった。

森の朝が教えてくれた、自然とつながる心地よさ

2014年にフィンランドに移住した吉田さんだが、父親の親友がフィンランド人だったために、幼いころから何度も現地に遊びに行っていたとか。移住してからは、3日に1度は森に入る生活を送っているという。

そんな彼女が森の魅力を強く感じたのは、旅行で現地を訪れた2009年のこと。

雪が積もる森の風景(吉田さん提供)

「真冬に、森の中に建っている家に宿泊した日のことでした。目が覚めたら真っ白な雪が一面に積もっていて、シーンとして静かで。窓の外にリス用のエサ台があるのですが、そこにリスが朝ゴハンを食べに来ていました。そのリスと一緒にフィンランドの伝統的な朝ゴハンのカレリアパイを食べ、森で採れたベリーを使ったジュースを飲んでいたら、すごくセンセーショナルな感覚になって。

森で採れた自然のものを食べながら、野生動物と一緒に食事をする。自然とつながっている心地よさを全身で感じました。ホテルの豪華なビュッフェよりも、贅沢な朝ゴハンだなぁと思ったんです」(吉田さん)

フィンランドの森などでよく出会うリス(吉田さん提供)

吉田さんの言うとおり、フィンランドでは壮大な自然に加えてリスや鹿といった野生動物に遭遇するシーンもあり、とにかく自然との距離が近い印象が強い。筆者もフィンランドで暮らす中で、野生動物と触れ合う機会に恵まれ、東京ではあり得なかった風景に心が安らぐのを感じた。

5年通ってもまだアマチュア。奥深いからおもしろい

すっかり森に魅了された吉田さんは、移住後、足しげく森に通うように。フィンランドの森は政府によってしっかりと管理されており、木の一本一本までもが把握されている。そのため行き先を示した看板が立てられるなど、基本的に整備されているが、中には鬱蒼(うっそう)とした歩きづらい森もあるそう。

ヘルシンキの森でキノコを探す吉田さんの夫(吉田さん提供)

「やっぱり最初は手探りですよ。1人で森に入って出られないぐらい迷子になったり、キノコや野草を見つけても食べられるものか区別がつかなかったり。いろんな失敗やチャレンジ、勉強を重ねて、ようやく少しは森を理解できたかなという感じ。でも、1年に100回ぐらい森に入って、5年経ってもまだアマチュアだと思います」(吉田さん)

そう吉田さんが言うように、初心者がいきなり森に入っても、なかなか食べられるキノコや野草を判別するのは難しいだろう。吉田さんはここ数年の間に、キノコ図鑑等の書籍を利用して、かなり勉強を重ねたという。というのも、吉田さんは当時シェフの仕事をしており、自身が作る料理に森で採れた食材を多く使用していたため、それらの知識が仕事にも役立っていたのだ。

フィンランドの森で採集したキノコ(吉田さん提供)

森で採れる食材は季節によって変わり、キノコの場合、春から12月ごろまで収穫でき、多いときで5〜10種類も採れるのだとか。パスタ等によく使われるポルチーニ茸も、フィンランドでは多く収穫できる。また、夏はベリーが旬で、毎日食べきれないほどの量が採れるそうだ。

森のキノコを使った自家製パスタ(吉田さん提供)

吉田さんほどの知識があると、食べられる野草や花も見分けられるため、森で採れた食材だけで彩り豊かな何種類もの料理を作ることができるのだ。それらの料理を発信している吉田さんのTwitterアカウントには2.6万人のフォロワーが集まり、彼女のように自然と心地よくつながる暮らしに憧れを持つ人が多いことが伺える。

「すぐそばに森があるって本当にいいですよ。食べ物の採集以外にも、気分転換にジョギングしたり、少し思考がモヤッとしたときに散歩に行ったりもします。すごく空気が澄んでいて、自然ならではのいい香りがして、血液がキレイになるのが分かる感じ。森にいると自然に生かされているなと思います」(吉田さん)

森と出会い、より一層オーガニックな暮らしへ

フィンランドの森で撮影した吉田さんのポートレート(吉田さん提供)

日本に住んでいたときから、山登りやキャンプが趣味で、自然の中にいるのが好きだったという吉田さん。フィンランドに移住してからは、より一層オーガニックな暮らしに移行しているという。

「現在は、夫の実家の庭と自宅のテラスで数十種類の野菜やエディブルフラワーを育てていて、それらを日々収穫しながら、調理していただくという生活をしています。森で採れた食材と収穫した野菜や花だけでもかなりの量なので、食物が育たない冬以外はスーパーに行く回数がだいぶ減りました」(吉田さん)

庭で採れたイチゴやキャベツなど(吉田さん提供)

森で食材を採集したり、自宅で野菜を育てたりするのは節約が目的ではないが、結果的に節約になっていると吉田さんは言う。フィンランドでは数年前から「野菜づくり」が流行していて、都会に住む若い人にも、畑を借りて自分で耕し野菜を育てることが好まれているようだ。自ら育てた安全で新鮮な野菜が食べられて、節約にもなれば一石二鳥なのだろう。

「私の場合は農薬を使わないオーガニック野菜を育てていて、育てるのが難しく手間がかかる分、すごくおいしく感じます。それに、自然と季節に合わせた食事をするようになって、旬の食材を生かした料理を作るようになりました」(吉田さん)

自家栽培のイチゴや森で摘んだベリがー主役のケーキ(吉田さん提供)

毎日、スーパーに行けば食べたいものが買える便利な世の中だが、それよりも季節に合わせて自然の食べ物を食べるほうが贅沢に感じると吉田さんは言う。

「フィンランドに来てから、より自然との距離が近づき、自然の偉大さや自然の食材をいただく心地よさを実感しています。これからも森の近くで暮らしながら自然の偉大さやおもしろさを学びつつ、環境保護運動などにも積極的に携わっていけたらと思っています」(吉田さん)

今後、吉田さんは夫と共にヘルシンキで居酒屋レストランの開業を予定しているほか、自身が考案したレシピを掲載した雑誌の創刊も予定しており、森で採れた食材もふんだんに使用する予定とのこと。森との出会いが、彼女の人生にさまざまな好影響をもたらしたようだ。

「フィンランドで暮らす人びとにとって、森はどこにでもあるけれど、特別な存在なのだと思います。身近だけれど、神聖で、大切で、初心に帰れる場所というか。日本人にとっての神社のように、訪れると心が浄化されるような感覚があるのではないでしょうか」(吉田さん)

森は「いつでもおいで」と、やさしくそこに居てくれる。フィンランドで暮らし始めたばかりの筆者にも、森の温かさは確かに伝わっている。

サムネイル写真:本人提供

<取材協力>
吉田みのり
雑誌『SUOLA  〜はぐくむ人へ〜』2020年10月17日発売開始予定

取材・文:小林香織

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