どこにも行かない体験フライトが人気、広がる「flight to nowhere」トレンド

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パンデミックによる厳しい出入国制限が世界中で行われている昨今、ほとんどの航空会社がフライト数を大幅に減らしている。この夏から運行を再開した路線もあるが、感染リスクや流動的な国境管理と交通機関の運行状況を考えると、飛行機を使った旅行は当分考えていないという人は多いだろう。

そんな状況下で、比較的国内の感染をコントロールできているアジア、オセアニアで広がっているのが「flight to nowhere」トレンド、「どこにも行かない空の旅」の企画だ。

飛行機を移動手段としてしか捉えたことのない人がいる一方で、搭乗経験そのものを深く愛するという人もまた意外に少なくない。鉄道ファンに、写真に外観を収めるのが好きな「撮り鉄」だけでなく、列車に乗る経験自体を楽しむ「乗り鉄」もいるように、「飛行機に乗る」という経験そのものを楽しむ根強いファンがいるのだ。

日本では、ANAが実施した遊覧飛行イベント「Flying Honu」に、海外旅行に行けない中、旅行気分を味わいたいという人が殺到。この90分間の遊覧飛行では、通常は東京〜ホノルル間を運行していることから、空港内や機内ではハワイのリゾート体験を提供し、倍率は150倍にも達した。

オーストラリアや台湾といった諸外国でも、航空ファンの心を惹きつけるさまざまな体験フライトが次々と計画されている。しかし、その一方で、環境団体からの反発を受け、遊覧飛行の計画を中止した国も出ている。

この「どこにも行かない空の旅」トレンド、世界の各航空会社はどのようなプランを練り、どのようなレスポンスを受けているのか、その動向を追ってみたい。

「体験」としてのフライトを提供、flying to nowhereプラン

フライトに移動手段以上の価値を見出す人は多い(Pixabayより)

空港で免税店でのショッピングや限定スイーツを楽しんだ後、ラウンジでくつろぎ、パスポートと搭乗券をみせてチェックイン、機内食やサービスに感動したり、時にがっかりしたりしながら、窓から青空や雲、夜景を眺めるーー。

パンデミックで失われたそんな一連のプロセスがたまらなく恋しい、そんな人たちのために、国内での感染者数が比較的少ないアジア各国で、航空会社がフライトそのものを目的として販売を開始したのが「どこにも行かない空の旅」。

想像以上の売れ行きをみせたのはANAの企画だけではない。オーストラリア、カンタス航空も国内の遊覧飛行チケットを販売、価格は約6〜30万円と決して安くないながらも、10分以内に完売となった。

この遊覧飛行では、窓の大きな機体を使用、上空からシドニーオペラハウス、グレート・バリア・リーフ、ウルル(エアーズロック)といった「飛行機の窓映え」する世界遺産を、ときに低空飛行しながら周遊する。

「飛行機の窓映え」する景観が多いオーストラリア(Pixabayより)

台湾では、現地航空会社エヴァ・エアが、ハローキティ機による台北の桃園国際空港発着の約2時間45分の体験フライトを開始。国営航空会社チャイナエアラインは8月、台北に離着陸する2便を運行し、好評を博しているという。

ブルネイでは、ロイヤルブルネイ航空が先月、ブルネイとマレーシアのボルネオ島の海岸線を周遊する85分間の遊覧飛行「Dine & Fly」を運航。ブランチとパイロットの解説が含まれたこのフライトは48時間以内に完売した。

長時間のエコノミークラスでのフライトは、どちらかというと苦痛に感じるという人が多いだろうが、このような数時間のエンターテイメント性の高いフライトは、たとえどこにもたどり着けないとしても、パンデミックの閉塞感にあえぐ人びとに、少しの気分転換と、コロナ前の生活を偲ぶノスタルジックな気持ちをもたらしているようだ。

環境への配慮を求められたシンガポール空港が提供するフライト体験

各国では予想以上に好意的な反応が得られており、パンデミックに苦しむ航空業界にとっては数少ない良いニュースともいえる、このような「どこにも行かない空の旅」トレンドの広がり。

しかし、このような体験フライトの運行は、順調に拡大していたと思いきや、このところ、シンガポール航空が計画を取りやめたとの報道があった。

国内線を運航しておらず、他の航空会社以上に大打撃を受けているシンガポール航空にとっては、さらなる追い打ちといえるのだが、問題視されたのは感染リスクではない。このようなフライトを繰り返すことによる「環境負荷」だった。

もとより飛行機はCO2の排出が多い移動手段として論争があり、欧州ではミレニアル世代を中心に「飛び恥(Flying shame)」という、飛行機利用を避ける運動まで起こっている。

日本ではさほど話題になっていないが、欧州ではアジアやオセアニアのような遠い目的地であっても、飛行機を使わない旅行を計画する人に出会うことが、最近ではさほど珍しくなくなっている。

たしかに、窓からの景色と機内の雰囲気を楽しむだけであれば、大量のCO2を排出する遊覧飛行よりもVR(仮想現実)の活用など、他の手段を検討するほうがいいのではという主張はある程度理解できる。

実際、VRによるフライト体験はコロナ前から日本で始まっており、エンターテイメントとしての人気は証明済みだ。

「池袋に国際空港オープン」を謳い文句に、実際の飛行機で使われていたファースト・ビジネスクラスの座席を使用したレストラン「ファースト エアラインズ」では、約110分間のヴァーチャルなフライト体験を提供。搭乗手続きから、離着陸、客室乗務員役のサービスを体験し、VRで観光名所を訪問、レストランだけに「機内食」を味わうこともできる。

現在はニューヨークやパリ、ヘルシンキなど10路線があり、中にはタイムトラベル便というユニークなものまである。

ハイレベルのサービスでファンの多いシンガポール航空(Pixabayより)

遊覧飛行計画を取りやめることになったシンガポール航空も、VRこそ使わないものの、物理的な飛行を伴わない「フライト体験」の提供へとシフトすることで、新たな計画を立てているようだ。

世界トップレベルのサービスでファンが多いシンガポール航空が現在企画しているのが、ジェット機機内でのランチイベント、スタッフのトレーニング施設の見学ツアー、ファースト・ビジネスクラスメニューからのフードデリバリーという、3つのフライトに関連した「体験」の提供だ。

その航空会社ならではの食事メニューもフライトの魅力の一つ(Pixabayより)

ランチイベントでは、メニューは多国籍料理とシンガポール伝統の味、プラナカン料理のメニューを予定。シンガポールの伝統的な服装をまとって参加する人には、ギフトなどの特典があり、参加者も機内の雰囲気作りに貢献できる。

見学ツアーでは、パイロットや客室乗務員の案内でフライトシミュレーターなど訓練施設の見学をするほか、追加料金で実際に操作することもできるという。

それ以外にも、見学ツアーのオプションプランは客室乗務員トレーナーによる身だしなみ講座、ジュニア客室乗務員体験など多種多様で魅力的だ。

もっとも、このようなシンガポール航空の体験プランの企画も、損失のカバーは現実的でなく、同社のファンに向けたイベント的な意味合いが強いようだ。

長引くパンデミックの中、航空会社290社を代表するIATAは、今年の航空輸送量が2019年の水準を66%下回り、パンデミック前の水準に戻るのは、早くても2024年になるとの見通しを示している。数十万人が失業の危機にあるとされる航空業界は、パンデミックだけでなく、環境負荷への批判にもさらされるという難しい状況下にある。

アフターコロナの世界で、航空業界はどのように変わってしまうのか、これまでのように気軽に飛行機の利用ができる日は来るのか。航空機ファンだけでなく、旅行好き、ビジネスパーソン、海外在住者まで、多くの人がこれからの航空業界の取り組みに注目している。

文:大津陽子
企画・編集:岡徳之(Livit

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