日本のGDPを上回る米国シニア経済、その規模870兆円
「高齢化社会」に関する議論ではよく「医療費増大」や「経済不活発化」という言葉が登場するため、高齢化というのはネガティブな響きを持つものになっている。
これは、議論の前提として「古いタイプのシニア層」がイメージされているからだと考えられる。定年退職後、様々な活動への興味を失い、家に引きこもり、テレビ漬けの毎日を送るというイメージだ。このような生活を送っていては、消費活動が停滞し、メンタル/フィジカルの健康度が下がっていくのは想像に難くない。
しかし現在のシニア層の実態は、この古いイメージとは大きくかけ離れたものとなっている。高齢化しつつも、メンタル/フィジカルの健康を維持し、経済を活性化する主要な消費者グループとして存在感を増しているのだ。
この状況は海外では「longevity economy(長寿経済)」という言葉で説明されることが多く、メディアにおける登場頻度も増している。
米退職者団体AARPのレポートによると、現在米国の50歳以上の人口は1億1,740万人、全人口の35%を占め、同国GDPの40%に相当する8兆3,000億ドル(約870兆円)の経済を生み出しているというのだ。「人生100年時代」と呼ばれる現在、シニア層の割合は今後も増加することが見込まれ、2050年には米国ではシニア人口1億5,730万人、経済規模28兆2,000億ドル(約2,960兆円)に達する見込みという。
AARPは、このシニア経済の主要分野として金融サービス、保険、ヘルスケアを挙げている。
一方、いま若い世代が中心となっている分野でも、シニア消費者の比重が高くなることが見込まれる。
その1つがゲーム市場だ。
現在ミレニアル世代とZ世代が中心となっているゲーム市場だが、シニアゲーマーが急増しているのだ。若い世代に比べ時間的/資金的余裕を持つシニア層の経済的インパクトに加え、ゲームの「脳トレ」的な側面やソーシャル機能による「孤独緩和」など、健康改善や社会問題の解決につながる可能性もあり、メディア、起業家、投資家らの関心度合いが高まっている。
90歳ゲームYouTuberとシニアeスポーツチーム
日本では現在90歳の森浜子さんが世界最高齢のゲームYouTuberとしてギネス認定されたとして話題となった。ゲーム市場におけるシニア層の台頭を示す象徴的な存在といえるだろう。
海外に目を向けても、同様にゲームで活躍するシニアは少なくない。
スウェーデンで2017年に結成された「Silver Snipers」は世界初シニアのみで構成されるプロフェッショナルeスポーツチームだ。様々なeスポーツ大会に出場し、ゲームメディアだけでなく一般ニュースメディアでも取り上げられることが増えている。
現在のメンバー構成は、男性3名、女性2名の計5名。最も若いメンバーは65歳、最高齢は77歳となっている。
Silver Snipersがプレイするのはチーム対戦型戦闘ゲーム「カウンターストライク」。特殊部隊側かテロリスト側に立ち、お互いのミッションを先に達成すれば勝ちとなるゲームだ。
同チームにはカウンターストライクの元世界チャンピオンやトッププレイヤーのコーチが付き、大会での勝利を目指した本格的なトレーニングを行っている。
2019年には、Silver Snipersはeスポーツ大会Dreamhackのシニア部門で優勝を果たし、メディアでの注目度がさらに高まった。
ゲームメディアPC Gamerは2020年8月5日に、元Silver Snipers所属で、上記大会の優勝メンバーの1人でもあった、アッベ・ドラックボーグさん(78歳)の特集ドキュメント動画と記事を公開し、ゲーム市場におけるシニア層の活躍を伝えている。
eスポーツ大会でシニア部門が開設されたこと、またSilver Snipersの活躍やそのメディア報道が増えていることから、eスポーツ参戦するシニアは今後さらに増えてくることが想定される。
ゲームで若さ維持、メンタルヘルス向上、孤独解消
冒頭で紹介した米退職者団体AARPは、同国シニア層のゲーム利用状況についても調査を行っている。2019年末に発表した調査レポートは、ゲーム市場におけるシニア層の活発化だけでなく、ゲームの健康面におけるポジティブな効果を数字で示すものだ。
同レポートによると、米国で50歳以上のゲームプレイヤーは2016年に4,000万人だったが、2019年には約1,000万人増の5,060万人に達したと推計。また、ゲームへの支出額も大幅に増えている。2016年1〜6月期、50歳以上のゲーム支出額は、5億2,300万ドル(約550億円)だったが、2019年1〜6月期には35億ドル(約3,700億円)と6倍以上伸びたという。
なぜシニア層のゲーマーが増えているのか。その理由が興味深い。
理由として多かったのが「精神的な活力を維持したい」というもの。この理由を選んだ割合は世代別に見ると、50代で64%、60代で67%、70歳以上では72%に上る。また「何かにチャンレンジしたい、問題を解決したい」という理由も多く、50代で64%、60代で62%、70歳以上では62%となった。
精神的な若さを保つために、ゲームをプレイするシニアが増えていることを示す数字となっている。
家族や孫とのゲームプレイだけでなく、オンラインで知らない人とも知り合えるソーシャルの側面がある現代のゲームは、「孤独感の解消」などメンタルヘルスにポジティブな影響を与える可能性もある。「ゲームが自身のウェルビーイングにポジティブな影響を与えている」と回答したシニアの割合は55%に上ったのだ。
これらは主に米国の状況を示すもの。より高齢化が進む日本において、ゲーム市場がシニアシフトしたとき、経済・社会にどのようなインパクトを与えるのか、考えてみるのもおもしろいのではないだろうか。
[文] 細谷元(Livit)