COVID-19は世界の貿易に多大なるインパクトを与えた。WTOの貿易見通しによると、最悪のシナリオでは、2020年の世界の財貿易量は前年比で最大31.9%まで落ち込むとまで予測されている。これは、ある意味、海外需要のみに頼った経済の脆弱性が露呈した形と言えるだろう。
外需に依存しない経済構築の重要性に対する認識が世界レベルで高まっている中、本稿ではコーヒー原産国で起きている、あるムーブメントに注目したい。
そんなわけで、この先はぜひともコーヒーを片手に読んでいただきたいと思う。
原産国内のコーヒー消費量は総じて低い
あなたが今手にしているコーヒーは、どの国から来たものだろうか?
コーヒーの原産国は限られており、どれだけカフェ文化が発展している国でも、そのほとんどは輸入されたコーヒーが支えている。
しかしながら、世界中でこれほど愛されている飲み物が、実はこれまで原産国ではあまり消費されてこなかった、という事実を知る人は意外と少ないかもしれない。
例えば、コーヒー消費量が高いフィンランドやノルウェー、スイスなどでは、国民一人あたり年間約10kg程度が消費されている一方で、コロンビアやエチオピアなど、多くのコーヒー原産国内における消費量は、例年約2kg前後に止まっているのだ。
その中で、ブラジルでは年間消費量約6kgと、原産国の中では突出した国内消費量を誇っている。今やブラジルは世界最大のコーヒー生産国であると同時に、米国に続く世界第2位のコーヒー消費国だ。
これは、決して成り行きではない。かつてはブラジルも多くのコーヒー原産国と同様、国民一人あたり消費量は約2kgに止まっていた。しかし、ブラジルのコーヒー産業全体が国内における需要拡大と消費促進に長年邁進した結果、勝ち取ったのが現在の6kgという数字なのだ。
そもそも、多くのコーヒー原産国では歴史的に見ても、クオリティの高いコーヒーは輸出に回し、国内で消費されるのは輸出するクオリティに満たない、価格の安いコーヒーばかりだった、という背景がある。
しかし、ブラジルではCOVID-19の影響を受ける以前から、輸出だけに頼らない内需を生み出そうという動き、すなわち「コーヒーの地産地消促進」が盛んになっていた。
ブラジルがコーヒーの地産地消を目論んだ理由
地産地消の促進が恩恵をもたらすのは、コーヒーの生産者だけに止まらない。バイヤー、焙煎所、コーヒーショップやカフェ、そしてコーヒーを楽しむ消費者まで含め、サプライチェーン全体にベネフィットをもたらし、産業の盤石な土台を構築する。
ブラジルは、コーヒーの国内消費が冷えきっていた1980年代半ばごろから、そこに目をつけていた。
以下で、具体的な「地産地消」のベネフィットをかいつまんで挙げてみたい。
消費量の増加=需要の拡大
これは一般論だが、消費量の増加はより高い需要を生む。それは最終的にコーヒーの価格を引き上げることに繋がる。国内で長期的に需要が高まれば、価格だけでなく、国内におけるコーヒー自体の価値も引き上がる。
コーヒーの価格が上がり生産者の収入が増えた時に、国内でコーヒーの価値が高水準に保たれていれば、生産者はさらなる設備投資に向かうことができるかもしれないし、そのための資金調達も容易になるかもしれない。
こういったことの積み重ねが、産業の大きな発展に繋がっていく。そのスタート地点が、国内における消費量の増加であり、ここが実現できれば、「正のループ」を生み出すことが可能になるのだ。
国際市場の変動に左右されにくい
コーヒーの生産者は、国際市場の価格に基づいて販売価格を交渉する必要がある。ここでは、コーヒーの生産にどれだけコストがかかっているかは考慮されない上に、国際価格はUSドルで設定されている。そのせいでコーヒーの価格変動は予測不可能なものになっており、生産者は生計の見通しが立てられない。
もし、国内の市場で現地通貨の価格で固定したビジネスが可能になれば、仮にコーヒーの国際価格が乱高下しても、生産者は慌てることなく国内市場に向けて供給することにフォーカスできる。
物流のハードルが少ない
国際市場でコーヒーを販売するためには、いくつものライセンスと、法的な手続きが必要となる。生産者が直接海外へ輸出しようとする場合は、輸送のためのリソース確保や商品の保管倉庫などの手配といった面倒がさらに増える。様々な仲介が必要となるため、各関係者の手数料によって、コストもかさむ。
実際、世界のコーヒー市場がCOVID-19の影響を受けた際は、物流リソース確保の困難や流通量の減少を恐れた輸入大国による在庫の買い占めなどによってコーヒーの価格は高騰したが、それは生産者になんのメリットももたらしていない。
国内市場により多くのコーヒーを流通させることができれば、それらの面倒な要件に心を砕く必要性も小さくなる。
コーヒーのクオリティ向上
上で述べたように、国内市場でのビジネスなら輸出に必要な仲介手数料で利益を削られることはない。利益を適切に設備投資に回すことができれば、当然コーヒーのクオリティは向上する。もし生産者がその気になれば、自ら焙煎所を作っていわゆるD2Cブランドとして消費者に直接コーヒーを販売することも可能だ。
国内のバイヤー、あるいは消費者と直接的な関わりを継続的に持つことで、生産者は消費者のコーヒーに対するインサイトをより正確に得られる。そして、それに沿ったコーヒーを育て加工することができる。それはすなわち、コーヒーの価値を高めることに直結する。
“言うは易し、行うは難し”と言うが、ブラジルは、コーヒー産業全体がこれらのベネフィットを享受するために実際になにを行ってきたのだろうか。
施策の柱は、“品質の保証”
ブラジルが行ってきた様々な施策の中でも、国内消費量を決定的に増加させたものが2つある。
ABIC(Associação Brasileira da Indústria de Café、ブラジル工業コーヒー協会)によって主導された、「コーヒー・ピュリティ・コントロール・プログラム」と「コーヒー・クオリティ・プログラム」である。
前者は、国内で販売されるコーヒーに、混ぜ物のない純度100%のコーヒーであることを示すラベルを導入したもので、1989年から一貫して取り組まれている施策だ。
後者は、販売されるコーヒーにオフィシャルな「高品質認定」を与えると同時に、感覚分析手法を用いて、コーヒーを「エクストラストロング」「トラディショナル」「スーペリア」「グルメ」という4つのカテゴリに分類する施策で、2004年から導入されている。
当然、定められた基準に達した製品でなければこれらのラベルを商品に掲げることはできない。そのため、生産者は品質向上のためにより努力を重ねるようになった。そして、消費者はそれが可視化されることで、安心して国産のコーヒーを手にすることができるようになったわけだ。
ただし、これら“品質の保証”がベースとなったプログラムは、前提として「国内に流通するコーヒーは低品質のもの」と言う共通の認識があったからこそ効果を発揮した施策と言える。
そして当然、これだけで消費量が増えたわけではない。ABICはこの2つのプログラムを柱に据えると同時に、様々なプロモーションを仕掛けている。
改めて浮かび上がる「マーケティング」の重要性
ABICは、コーヒーユーザーと非ユーザーに対して、これらのプログラムに対する反応を調査すると共に、コーヒーを飲むことによる健康上のベネフィットを国内市場で訴求したと言う。
ABICが主導することで、このキャンペーンは、すぐに民間企業をも巻き込んで市場を活性化させることに成功したが、彼らが根底で常に大事にしていたのは、すべての商業活動の基本であるマーケティングだった。
人びとがどうやって、そしてなぜコーヒーを飲むのか?なぜもっと多くのコーヒーを飲まないのか?逆になぜコーヒーを飲まないのか?収入や年代によって、情報に対する反応がどう違うのか?
これらを正確に把握することで、ターゲットとなる消費者層を鮮明に描き、正しい仮説が立てられるようになる。
同じ商品を売る場合でも、ターゲット層によって違ったメッセージを発信する必要があるし、逆に同じメッセージを伝えるにもターゲット層によって情報を流通させるチャネルを変える必要がある。
例えば、消費量を増加させるために絶対に巻き込んでおきたいミレニアル世代に向けてプロモーションを実行するなら、コーヒーをより「ライフスタイルの一部」として捉えてもらえるメッセージが必要だし、情報を流通させるのにSNSは外せない。
当然、これらの施策はそのままコピーすれば成功できるものではなく、一朝一夕で成果が出るような即効性があるものでもない。ブラジルは、ピュリティ・コントロールプログラムを始めた1989年を起点とするならば、実に30年の時間をかけて今の地位を築いているのだ。
近年は他のコーヒー原産国もブラジルの動きを追随するようになっているが、未だ国内消費量が増えていないことが、成果を出すためには相当の忍耐力が必要なことを物語っていると言える。
日本における地産地消の課題を考えるキッカケに
日本は決して食品の輸出大国ではないが、ブラジルで行われてきたことを地方と都心部の関係で捉え直したときに、色々とヒントは見つかるかもしれない。
地方で作られた農産物が、一度中央に集められて販売される仕組み。そしてそれが生産者の収入の大部分を占める前提になっていることが抱える課題は、本稿で取り上げたコーヒー原産国における課題とよく似ていると言えるのではないだろうか。
日本でも地産地消の取り組みは随分と時間をかけて行われているが、全体的にはもっと時代の潮流を捉えたマーケティングの視点が必要だろう。
今や、物流やECプラットフォーム等は日々進化しており、地方の生産者が自ら全国の消費者と繋がることのハードルは下がっているため、それらを活用し自ら実行できる生産者と、そうでない生産者との間で格差が広がっている感もある。
もちろん、地方の過疎化や、それに伴う事業継承者の不足など、付随する課題も山積しているだろう。しかし、少なくとも、地域で生産される商品が地元でどう捉えられているのか、そしてそれを踏まえた上で、その商品の地元での価値を高める活動については、まだまだできることがたくさんあるに違いない。
文:池有生
企画・編集:岡徳之(Livit)