都会のアパートから田舎の豪邸へ、リモートワークで変わる不動産事情と都市の役割

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新型コロナウイルスの影響で、自宅勤務が「ニューノーマル」になりつつある中で、欧米では都市部から郊外や田舎に引っ越す人が増えている。週1~2回の出勤なら、長距離運転も苦にならないし、なにより田舎に行けば、自分の仕事部屋や子どもたちが遊ぶ庭つきのマイホームも手の届く範囲だ。

こうしたトレンドを反映し、すでに都市部のアパートの賃貸料が下落する一方、郊外や田舎の不動産価格が上昇傾向にあるという。働く場所や住む場所ではなくなってきた都市は、これからどんな役割を担っていくのだろうか?

大都会からのエクソダス、都市部の賃貸料は下落

ロンドン中心部の1ベッドルームアパート(写真:Rightmove)

ロンドンの金融機関で働く29歳の女性は、ロンドン中心部で月々850ポンド(約11万5,000円)で1ベッドルームのアパートを借りていたが、新型コロナウイルスの影響で自宅勤務になってから、郊外のもっと大きなアパートに引っ越した。

ロンドンのアパートのオーナーは、彼女を引き留めようと2度にわたって家賃の引き下げを提案したそうだが、彼女はリモートワークになった今、「ロンドンに住む必要はない」と考え、広くて快適な住まいのほうを選択した(『ガーディアン』誌)。

イギリスの不動産サイト「Rightmove」によると、ロンドン中心部の賃貸料は今年7月時点で、2月から18%下落したという。同様の傾向はすでにパリやニューヨークでも報告されている。

オランダでもパンデミック以降、都市部を離れ、郊外や田舎に引っ越す動きが加速している。特に小さな子どものいる若い家族でこの傾向が顕著にみられ、広い庭やバルコニーのついた一戸建てを求める人が増えているという。

ワーゲニンゲン大学で都市経済を研究するエベリン・ファンリューウェン教授は、「コロナによって、人びとのスペースの評価が変わりました」とコメント。家で子どもたちを遊ばせたり、仕事ができるスペースを求めて、若い家族がこれまでとは違ったタイプの家を求めていると指摘する(『Eindhoven Dagblad』)。

例えば、オランダの人気都市ユトレヒトの中心部に位置する長屋風の家は、居住スペースが123㎡。敷地は64㎡で、10㎡の屋内倉庫と中庭が付いている。駐車場はなく、許可証を購入して路上駐車するシステム。1907年築と年季が入っているが、リノベーションされていて状態は良好。これで売り手の提示価格は、59万5,000ユーロ(約7,300万円)である。

一方、ユトレヒトから東に向かって100㎞ほど移動したテルボルフという人口約5,000人の村では、同じ価格で豪邸が手に入る。居住スペースは260㎡で、ベッドルームは5室。敷地面積は6,000㎡、2台の車が停められるカーポートや倉庫、馬屋まで併設されている。維持状態は良好。同じ値段で、居住環境が大きく異なる好例だ。

オランダの統計局によれば、2020年1~7月にアムステルダムから引っ越した人は2万9,000人(このうち0~10歳の子どもは3,453人)。同期間にアムステルダムに引っ越してきた人は1万1,000人と、引っ越した人の半分以下にとどまった。

ユトレヒトでも同様の傾向がみられる。一方、人口数万人の村が集まるオランダ東部のアフターホック地方に引っ越してきた人は9,500人(うち0~10歳の子どもは831人)に上り、引っ越した人の人数(8,300人)を上回った。

ファンリューウェン教授によれば、家を買ってから実際に引っ越すまでにはタイムラグがあるため、今後この傾向はもっと顕著になる可能性が高い。また、銀行系のシンクタンク「ラボ・リサーチ」も田舎の住宅人気については2021年に統計に表れるとの見方を示している。

ワーケーションと大学生の田舎移住

家でも職場でもない環境で仕事をする「ワーケーション」も盛況(写真:Airbnb)

出勤する必要がなくなったことで、自宅でもオフィスでもない環境で「仕事」と「バケーション」を組み合わせた「ワーケーション」を楽しむライフスタイルも増えている。

民泊サイトの「Airbnb」によると、パンデミック以来、アメリカではゲストのレビューのうち「リモートワーク」に言及したものが、前年の3倍に増加。「ペットを許可する」というフィルターを使った検索数も前年比で40%伸びており、田舎の家で28日以上の長期滞在をする人が増えている。

人気のロケーションはカリフォルニア、ニューヨーク、フロリダなどの沿岸州。また、バージニア州のシェナンドー国立公園やバーモント州のストラットン、モンタナ州のホワイトフィッシュなど、大都市からさほど遠くないが、自然が豊かな地域にも予約が相次いでいる。リモートワークが可能なら、緑の中のログハウスだって仕事場になり得るのだ。

会社勤めのサラリーマンのみならず、アメリカでは大学生たちも田舎に移り始めている『ニューヨークタイムズ』によると、ワシントンD.C.にあるジョージ・ワシントン大学2年生のYoni Altman-Snaferさんは、秋学期のすべてのクラスがオンラインになったことを知り、5人の友達とAirbnbで見つけたコロラド州の家を借りることにした。「多くの大学生は、もう両親と一緒に家にいたくないんです」(Altman-Snaferさん)。

ほかにもボストンのMIT(マサチューセッツ工科大学)やニューヨークのコロンビア大学の学生グループがハワイやオレゴンなどにそれぞれ大きな家を借りて、友達と共同生活をしている様子が伝えられている。

両親の家で自宅学習を強いられるのは嫌だし、かといって大学が閉鎖されているのに、都会の小さなドミトリーに高い家賃を払って住むのも魅力的でない。そんな彼らにとって、田舎の大きな家での共同生活は経済的でもあるし、失われたキャンパスライフの疑似体験にもなっているのだ。

新しい都市の役割は「出会い」と「遊び」

リモートワークの定着により、都市は新たな役割を担うことになるだろう(写真:Pinterest)

オフィスや大学の近所に住む必要がなくなった今、多くの人がより良い住環境を求めて郊外や田舎に家を求める中で、都市部はどうなっていくのだろうか?

「都心部も空になるわけではなく、新入社員や結婚相手を求める若い人たちを惹きつけるでしょう」と言うのは、ファンリューウェン教授。新入社員は仕事を身につけたり、会社のカルチャーを学ぶために頻繁に出社する可能性が高いし、パートナーを求めている若者には、やはり都市の雑多で活動的な環境のほうが適している。同教授によれば、外国からの移民も都会を好む。「都会には同郷が多く住むからです」。

『フィナンシャルタイムズ』のコラムニスト、シモン・クーパー氏も都市の役割は「働く場所」から「遊びの場所」に変わっていくとの考えを示している。使われなくなったオフィスの一部は若者向けの住宅やコミュニティスペースに転換される可能性が高く、需給の緩和から「ついに若者がアムステルダムに住めるようになる」と予想している。(『Eindhoven Dagblad』)。

都市部のオフィスはすでに「コミュニケーション」を意識した作りに進化しており、9月にオープンした保険会社「Achmea」の新オフィスは、デスクが少なめで共有スペースを多く取っている。同社HRディレクターのエリー・プロウマンさんは新オフィスのレイアウトについて、「出会いやクリエイティブプロセスを重視しています」と説明している。

ラボ・リサーチは、オランダの従業員の43%が今後完全に自宅勤務になると予想。また、Airbnbはパンデミックが収束した後も、リモートワークは長期にわたって続くとの見方を示している。リモートワークによる「自由な住所」は、今後ますます都市部の新たな役割を浮き上がらせることだろう。

文:山本直子
企画・編集:岡徳之(Livit

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