感情を測る機能「ムードトラッキング」は進化し続けるウェアラブルの突破口になるか?

身に着けるコンピュータ、ウェアラブルデバイス。心拍測定や歩数をスマホと連動させて健康を管理するツールとして人気を博している。

そんなウェアラブルデバイスが新たな次元へと移行しつつある。新たな次元とは「ムードトラッキング」。ユーザーの感情を追跡する機能だ。

2020年8月25日にスマートウォッチの「Fitbit Sense」、27日にAmazonのフィットネスバンド「Halo」、31日に「Upmood」と、ムードトラッキング機能を搭載したウェアラブルが立て続けにリリースされた。

ストレスレベルを測るもの、音声で感情を分析するものなど、それぞれ独自の機能で心身の健康をサポートする。なぜ今なのか、どのようなテクノロジーを使っているのか、リリースされた3つのウェアラブルを例にとって探ってみる。

新型コロナウイルスによる健康管理への気づき

まず、なぜ今なのか? それは、新型コロナウイルスの感染拡大によって、人びとの関心が健康に大きく傾いていることに関係している。

新型コロナウイルスの病状に37.5度以上の発熱というものがある。人によって差はあるものの、37.5度は「ちょっと熱っぽい」程度で、それが逆に不安をあおる。さらに空港や店頭で体温を測る映像がTVで頻繁に映されて、体温測定がまるで日常の光景のようになっている。体調が悪いからではなく普段からの体調管理の手段として体温測定が考えられるようになっており、そんな変化が「体温トラッキング」機能を再認識させたのだろう。

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そして、ムードトラッキングできるウェアラブルは、精神保健プロフェッショナルからの期待が高まっている。

アメリカ合衆国保健福祉省によると、メンタルヘルス専門家はそもそも慢性的に人手不足だったところにパンデミックが起こり、うつ病、薬物乱用、ストレス障害、自殺などが急増。人手に加えて資金も不足しており、対応が追いついていないという(2020年5月4日付『ワシントンポスト』より)。

早期発見が何よりも重要なうつ病に対し、ウェアラブルでストレスを測って深刻な事態に陥る前に対処できるかもしれないこと、対面のカウンセリングに抵抗を感じる層や、助けをかりることに消極的な人々にリーチできるかもしれないことが、期待が寄せられている主な理由だ。

冷や汗を測ってストレス状態を知る

それでは、どのような機能でムードトラッキングするかを見てみよう。

スマートウォッチのFitbit Senseは、フィットネス機能のあるウェアラブルでお馴染みの心拍数計測機能のほか、EGC(心電図)、皮膚温センサーを搭載。ユニークなのは皮膚電気活動センサーで、手のひらにかく精神性発汗を計測してストレス状態を測れる点だ。

運動量、睡眠の記録も行い、それらのデータをアプリで連携させて、心と身体の両面をサポートする。有料のサブスクリプションサービスでは、メディテーションのガイドセッションとあわせたり、スコア別にストレスの対処をアドバイスしてくれる。

心拍数、睡眠、活動データによってスコアが算出され、日ごと、時間ごとで表示する。

バイオメトリックテクノロジで読み取るエモーション

今、自分がどんな気分なのかを示すリストバンドのUpmood。

PPG(光学式心拍)センサを使って手首の脈波から収集されたデータをアプリで分析、独自のアルゴリズムでCalm、Pleasant、Happy、Sad、Excitementなどの11種の感情を抽出し、アイコンで可視化する。

気分を振り返ることができるカレンダーやユーザーの感情や傾向を学習したAIによる音楽プレイリストの生成のほか、グループや恋人と気分を共有できる機能も搭載している。

香港発のUpmood。ストレスレベル、睡眠、カロリー消費、歩数などのトラッキング機能も持つ

声で心の声を聞く

AmazonのリストバンドHaloは、声に着目する。

リストバンドに内蔵された2つのマイクでユーザーの声を収集、しばらく学習させた後、声のピッチやテンポ、リズムなどで音声分析を行い、「Today you sounded(今日のあなたの声のトーン)」を4種類のグラフで表示。

さらに時系列でHappy、Worried、Boredなどのムードを振り返ることもできる。自分の声を客観視して他人にとって自分がどのように聞こえているかを理解し、円滑なコミュニケーションに役立てるというのが目的だ。

声のトーンを知ることで、プレゼンや交渉などのビジネスシーンでも活用できそうだ

IT企業が次に踏み込む市場はヘルスケア

ところで、この音声分析はHaloのひとつの機能でしかない。音声に加えて体脂肪率測定、運動や睡眠のスコア化の3つの機能でユーザーの健康を支援する。

つまりFitbit Senseと同様、心と身体をトータルにサポートするツールであり、スクリーンを排除して機能も健康に絞っていることからも、その本気度がうかがい知れる。

現在、FitbitはGoogleによる買収が進んでいる(2020年8月、欧州委員会がこの買収について独禁法関連調査を開始。結論は12月上旬に予定されている)。AmazonやGoogleの動きがなにを意味するのかというと、ITジャイアントらのヘルスケアへの本格参入だ。

ウェアラブルを含むフィットネストラッカーのグローバル市場は2016年で179億米ドル(約1.8兆円)規模だったが、2023年には621億米ドル(約6.5兆円)、2017年から2023年までの年平均成長率は19.6%と予想されている(『Allied Market Research』より)。

欧州委員会が調査に踏み切ったのも、そんな動きを察知し、Googleが膨大な個人の健康データをマーケティングに利用する疑いをもったからだ。Googleはデータを広告に利用することはないといっており、AmazonのHaloもデータはクラウドで処理された後、削除される仕組みになっているという。

フィットネスやムードトラッキング機能に惹かれてウェアラブルを装着するのはアーリーアダプター期で、スマートフォンやタブレット端末のように「あって当たり前」まで普及するかどうかは未知数だ。

ことムードトラッキングに関しては、複雑な感情を単純化することへの疑問視、感情をデバイスに委ねる抵抗感もあるだろう。そして、前述したように個人情報流出リスクの懸念も払しょくできない。スマートウォッチの先駆けAppleのApple Watchも、2020年第一四半期でスマートウォッチ市場の55%を占有しながらも販売が鈍化している(『Business Insider』より)。

予想される市場規模に対しては機能、デザイン性、実用性、技術の全てで、ウェアラブルはこれからだ。ムードトラッキングをはじめ「ウェアラブルならでは」の独自性が究められるか、そしてそのリスクを解消できるかが普及の鍵になるのではないだろうか。

文:水迫尚子
企画・編集:岡徳之(Livit

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